第6話:VRMMORPG スパーク・オン・ファイア
始まりの町『バドポート』
それは、今現在息子とプレイしているネットゲーム、
フルダイブ式MMORPG『スパーク・オン・ファイア』において、冒険者が必ず最初に訪れる町だ。
決して小規模ではないが、設定的には西洋寄りの明治時代といったところだろうか。
だが、和洋折衷の街並みが独特の佇まいを醸し出し、どこか止めどないファンタジー感が溢れ出しているのは事実だ。
町の中央広場は円形で、石畳が敷き詰められており、中央部には青く光る魔法陣のような転送ポータルが設置されている。
俺がアカウント登録とキャラ作成を済ませ、フルダイブに必要な条件を満たしたのを確認したユキは、「中央広場で先に待ってるね」と、言った。
その言葉の直後、ニューロシンクギアによるリンクが開始され、明るくなった空間に、『ゲームスタート:Yキー』『キャンセル:Nキー』という文字が浮かんだ。
その瞬間、空中に半透明のキーボードが現れた。
さらに、シルクのような薄いグローブをまとった両手が浮かび上がり、まるで自分の神経と直結しているかのように感じられる。
試しにと、ぐう、ぱあ、ぐう、ぱあ、と動かしたした後、左右にも動かしてみたが、やはり自分の手を動かすのと全く同じ感覚で、指まで思い通りに動かせるようだ。
手首から先の部分だけ反映されてるという事だろう。
不思議な感覚だが、自在に動かせる事を確認した俺は、人差し指でYキーをタッチした。
その途端、「ようこそ」という音声と共に、オープニングムービーが開始されようとした――
俺は、広場で待ってるユキに一刻も早く会いたいので、すぐさまキーボードのエスケープキー(ESC)をタッチしてスキップした。
オープニングムービーをスキップしたかと思えば、今度はチュートリアルクエストが始まったので、それもESCでスキップした。
チュートリアルなんて面倒くさいだけ。
スマホ買い替えても、取説なんて読まない。
使ってるうちになんとかなるものだからな。みんなもそうだろ?
◇
そんで、さっさと広場に降り立った俺は、ユキのマイルームに行きたいと駄々をこねた訳だ……。
そんで、スライムにぶっ倒されて今に至る……と。
まぁ、デスペナルティが怖くて冒険者は務まらない。
レベル1だから、いくら死のうがこれ以上デスペナは課せられないのだよ。
うはははは……。
――いや待て。あんな真っ暗で何も無い空間に、五分以上閉じ込められるんだから、やっぱ絶対死にたくない。
さて、話を進めるぞ。
先程、俺を一撃で倒したレッドスライムは、すぐさまユキが倒してくれたらしい。
聞いた所によれば、スライムにも色々と種類があるようだ。
その中でも、レッドスライムというのは超激レアMOBで、遭遇する確率自体が相当に低いという。
だが遭遇すれば、ベテランプレイヤーでさえ先制攻撃を食らって即死してしまうらしい。
なぜならレッドスライムは、リンクすれば必ず先制攻撃を仕掛けてくる。しかもその初撃は必ずクリティカルになるそうだ。
ユキの場合は初撃が俺に行ったので、アサシン系スキルの
さすがは俺の自慢の息子。容赦なくレベル1のお父さんを肉の盾として使い、超激レアのレッドスライムを倒せたわけだ。
うむ、だがこれは仕方ない。むしろ正解だ。
俺を庇ってしまうと、初撃がユキに行ってた可能性があるからな。
ああ――お父さんはユキを守って死ねたのなら本望だぞ。うむ。
◇
ユキは個人トークで、レッドスライムとの戦闘や、俺が行こうとしていたギルド本部がいかに危険な場所に建てられているかを改めて説明してくれた。
そのうえで、
「[Fm:ユキ]どうしても行きたいならAクラスのカンストタンクがギルドメンバーに居るから、手伝ってもらうけど?」
だが俺は、さっきのスライムで充分に懲りているので、
「[To:ユキ]いや、今回は諦めるよ」
するとユキは、
「[Fm:ユキ]折角近くまで来てるから、僕はこのままギルド本部に寄ってみんなに挨拶してくるよ」
「[To:ユキ]俺のことは気にせずゆっくりしておいで」
これ以上ユキには迷惑を掛けたくないし、嫌われたくないからな。あとは自力でなんとかするしかない。
なので今、優先すべきはガチャなのだ。
このゲームでは、レベル関係無く装備できる武器や防具が多いと聞く。
勿論だが、そういったレア物は非常に高値で取り引きされているらしい。
リアルマネーでの外部売買は利用規約に触れるので、ゲーム内に於いてゲームマネーで取り引きせざるを得ない。
だが――。
ゲーム内のマーケットでガチャの当たり品を売れば、手っ取り早くゲームマネーが稼げる。
これは今も昔も変わっちゃいない。
……ところで、さっきから視界の中に、赤くて小さな光が点滅してるんだが、これは何かのお知らせなのだろうか。
然し、どうやって開くんだろ……。
試しにと、光っている場所を指先で触れてみる。
お? なんか反応した……成る程、光ってる場所を直接タップすればいいのか、これは便利だな。
『[システム]赤い宝箱を入手しました』
システムというのはオートの補助機能なんだろうけど、小さな赤い宝箱が、半透過で表示されたまま消えないので、指先でツンツンと突っついてみた。
『[システム]赤い宝箱の使用により、レッドクリスタルロッドSを入手しました』
――パッパララパッパッパーーン!
短いファンファーレのような音楽が鳴り響き、俺の頭上で色とりどりの紙吹雪が舞った。
『[お知らせテロップ]おめでとうございます! 冒険者のミリアさんが、レッドクリスタルロッドSを入手しました』
「――はぁ⁉」
ファンファーレに加えて、空中に紙吹雪とテロップだと? ……中々演出が凝ってるな。
それにしても、これは一体なんなんだ……
『[システム]レッドクリスタルロッドSを装備しますか?』
[YES] [NO]
「[Fm:ユキ]ミリア! Sロッドおめでとうっ!」
いきなりユキから個人トークが飛んできたので、ちょっとビクッとなった。
まぁ、まだこのテレパシーみたいな個人トークには不慣れだからな。
とりあえず、装備のほうはNOを選択した。
レベル1でも装備出来るようだが後回しだ。何よりユキが最優先だからな。
『[システム]レッドクリスタルロッドSはアイテムボックスに保管されました』
ふむ。触れなければ自動収納されるのか。
……えっと、近くに相手が居ない場合は、エアパネルを開いて相手を指定だっけか。
成る程、個人トークの候補欄にユキの名前が光ってるから、そこに指を持って行くだけで指定できるのか。このまま指先をトントンと……。
補助機能が優秀だから思ったより簡単だ。
「[To:ユキ]お、おめでとうって……なんでだ?」
「[Fm:ユキ]S というだけでレア中のレアなんだよ。それを引き当てるなんて、流石だね、ミリア」
レア中のレア? 激レアということか。しかし……
「[To:ユキ]なんで入手したのか分からないんだが……」
「[Fm:ユキ]さっき倒したレッドスライムからのドロップだよ?」
「[To:ユキ]え? 俺死んでただけなんだが……」
「[Fm:ユキ]ううん、ミリアはしっかりファーストアタックを入れてるよ」
……ファーストアタック? そんなの、入れた覚えは無いんだが……。
「[Fm:ユキ]ミリア、エアパネルで過去データを確認してみるといいよ? 二時間前までの行動ならデータが残ってるから」
行動データという事は、過去ログみたいなものか……。
「[To:ユキ]分かったユキ。確認してみるよ」
「[Fm:ユキ]うんうん、何にしてもおめでとう。じゃあ僕はギルド本部に到着したから個人トーク切るね?」
「[To:ユキ]ああ、よくわからんがありがとな」
「[Fm:ユキ]もっと女の子らしい喋り方をしようよミリア。折角かわいい女の子なんだからさ」
「[To:ユキ]い、いや、お前が相手だと、こっ恥ずかしいじゃねーか」
「[Fm:ユキ]ゲームはゲーム、リアルはリアルだよ? 折角だから楽しもうよミリア。じゃあ、また後でね」
「[To:ユキ]ああ……また後でな」
……まさか息子に言われるとはな。
嘗ては少女キャラになりきっていた俺がな。まあ、悪い気はしないが。
俺は早速、エアパネルからシステムを開く。
履歴は……と、これか。……ふぅむ、恐ろしく鮮明な映像データだな。
えっ……。
映像を再生するだけじゃなく、行動まで解析してくれるって凄くね?
技術の進歩って怖いわー……。
――ん?
……俺が立っている場所に、レッドスライムがポップした?
俺が踏んづけてる状態でポップしたので、リンクされる以前に勝手に1ダメージ与えていて、ファーストアタックは、ちゃっかり俺が取った形になっている。
解析された映像を見る限りは、確かにユキの言う通りで、ファーストアタックは俺が取っている。
何たる偶然のMOB湧き。こんなの、ラッキーどころの話じゃないだろ。
……でもまぁ、ユキも喜んでくれてるみたいだし、ここは素直にラッキーだったと感じておくべきだな。
最も、それ以上にラッキーだと思うのは、可愛い息子とゲームをするという夢が叶った事……しかも俺の事をミリアだなんて、なりきりプレイヤーだった俺にとっては……うっ、ぐすっ。
嬉しすぎて泣く。
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