第5話:ガチャの神様(後編)

 ――FXのデイトレードを始めてから数日後。


 ……どうやっても増えるだけなんだが……どうなってんの?

 大損こくなら、高くなってるタイミングで買って、下がったタイミングで売るだけだろ。


 ……え? 何か間違ってるのか俺。

 もう一度だ。よし、今めっちゃ米ドルが高いから買うか。おっと、カップ麺が伸びてしまう。

 食べながらなので、適当にポチポチっと……


 ……モグモグゴックン。

 ……ふぅ、食べた食べた。よし売ろう。

 ポチッ。

 ――なっ!? 増えてる……だ……と……


 もう一回、もう一回だ!

 あ、ユーロが上がってる……買い、買い、買いだ。

 ……ん、俺ちょっと汗臭いかな。シャワー浴びてこよう……


 ……ふぅ~、さっぱりした。よし売ろう。

 ポチッ。


 ◇


 デイトレードを始めてから、延べ二週間ほどで、資産が二百億になってしまったんだが、ドユ事?


 そこで俺は、FXだけではなく、株式にまで視野を広げ、デイトレードが可能な金融商品に手を出し始めた。


 ――ところが、どれも大当たりだ。


 早期に決着をつける事を考えていた俺は、デイトレードにこだわっていたのだが、ここまで来ると、デイトレードという枠を取っ払う必要があると考えるようになった。

 だが、中期や長期の金融商品は流石に遠慮したい。そこまで生き存えたくはないからな。

 そして俺は、短期であれば何でも構わないと、様々なファンドにまで手を広げた。


 ◇


 気が付けば、俺の資産は僅か半年で数千億に膨れ上がっていた。

 勿論、税金分を差し引いた金額でだ。


 増えるペースを考えると、あと半年もあれば、余裕で兆を超えそうだ。

 世界の長者番付に載りそうで怖い。一体どうなってんだ俺のリアルラックは……。


 ――これは、ギャンブルのような金融商品には手を出さないで、ゲームの課金だけで資産を使い果たせという事なのか?


 慌てて金融商品に手を出すのを止めたのだが、時すでに遅し。

 それまでに保有していた株は高騰、ファンドも絶好調な業績を上げているので、それら価値が爆上がりした金融商品の配当や利息収入が、課金ガチャ代という支出を、想像を絶するほど上回る始末で手に負えない。



 そこから俺は更に、ゲームのガチャ課金に突っ走る訳だが、個人でどれだけガチャっても、減るどころか、えらい勢いで増えていく資産。


 加えてガチャ品の処理という、新たな問題も浮上してきた。

 ガチャで出たアイテムはレア品も含め、プレイヤーズマーケットで投げ売りしていたが、量が量なので、ギルドメンバーやフレンドにも、片っ端から配っていった。


 ゲームのフレンド登録は三百名までという制限があったが、俺のフレンド枠の空き待ち予約は、最早当たり前になっていた。

 ギルドメンバーも上限一杯の二百人で、こちらも空き待ち状態だ。


 なにしろ確率的に四から五万円分ガチャって、一個出るか出ないかという当たり品を、俺はアプデ当日に、ミニ丈の巫女服を着て、ばら撒いてる女子高生キャラだったのだからな。まあ、ネカマだが。


 だが、所詮は個人。ガチャに集中すればばら撒きが追い付かず、ばら撒きに集中すれば、ガチャの効率が落ちる。

 かといって、配り切れないガチャ品をそのまま削除するのは、出されたご飯に手を付けないで捨てるようなものだから、良心の呵責に堪えない。


 然し、良い方法を思いついた。


 俺がやっているゲームの運営会社は、拝金主義として酷評される事が多かったのだが、その理由の一つとして、個人のアカウント数に制限を設けていないというのがあった。

 要するに、サブアカウントを幾つ作っても、利用規約に触れないという事だ。


 そこに目を付けた俺は、サブアカウントを五十人分作り、百八十人のアルバイトを雇ってローテーションを組み、24時間体制でガチャりまくる班と、同じく24時間体制でばら撒く班に振り分けた。


 勿論、現金が絡むので、バイトの審査は厳しくしていた。

 二十歳を越えているのは絶対条件だが、国内の受験難易度の高い順トップ6の大学に、在学中の者(学力を満たしていないスポーツ特待生は不可)という条件も付けていた。

 仕事内容が馬鹿げてるし条件も厳しいので、頭の良い大学生からの応募なんてそうそう来ないと思っていたのだが、ネットで募集を開始してから半日で定員に達した。


 ……現在の我が国には、苦学生が多いという事だろうか。


 バイト報酬は歩合制だが、在宅作業のうえ、もれなくハイスペック・ハイエンドモデルのゲーミングパソコンを無償で借与。パソコンに掛かる電気代や、壊れた場合の修理代もこちら持ち。

 更にガチャ1回ならびに、ばら撒き1品あたりの作業単価を高額にしていたので、それらが功を奏したのだろう。


 休み休み一時間ガチャを回したとすれば、三万くらい稼げる計算だ。時間が取れる休日なら昼寝休憩を取ったとしても三十万以上は稼げる。

 勿論、ガチャとばら撒きでは効率に差があるので、ばら撒きでも時間あたり換算で同程度に稼げるよう単価調整をしている。


 これで奨学金もさっさと返済できるだろう。良かったな、苦学生諸君。


 まぁ、バイトへの高額報酬は抜きにして、ガチャ代だけでも1日で億を超えていたが、そんな事はお構いなし。

 そう。まるで、生産が追いつかない程の大ヒット商品を作っている工場の、生産ラインのようなフル稼働ガチャだ。


 最初は順調に稼働していると思われたが、ばら撒き拠点となるギルドが1つしかないので、ばら撒き効率が悪いと気付いた。

 そこで俺は、更にサブアカウントとバイトを大増員し、ゲーム内に8つあるエリアの主要タウンに、それぞれ二箇所ずつ、計十六のばら撒きギルドを立ち上げさせた。

 この時点のバイト総人数、四百五十名。

 

 ここまでして、ようやく支出が収入に追い付いた。

 因みに、追いついた時点の俺の資産は、一兆二千億円。


 ――これからが本番だ!


 と、意気込み始めたある日。

 ゲームの運営会社から、メインアカウントで登録しているメアド宛にメールが届いた。


 これは……恐らく警告メールだろう。


 まぁ、課金品をタダでばら撒いているのなら、皆、課金するのは馬鹿馬鹿しいと思うようになる。

 運営にとっては驚異だろう。俺が「こんなクソゲーやーめた」なんて言おうものなら、その時点で『サービス終了待ったなし』なのだからな。

 運営的には収益は変わらない、いや、むしろ爆増しているだろうが、今やその収益の殆どを担っているのが俺なのだ。


 だがまぁ、問題はそこでは無く、次のような理由だと思う。


 ガチャで出た品々は、俺がマスターを務めるギルドへと一旦送られてくる。

 それを、バイトに作らせた複数のばら撒きギルドに分配し、バイト以外のギルドメンバーどころか、ギルドハウスに訪れたプレイヤーにさえ無料で配っている。


 運営から見た俺は、ゲーム内アイテムやゲームマネーを、リアルのネットオークション等で売りさばいてリアルマネーを稼ぐRMT、いわゆるリアルマネートレードという利用規約違反行為を行っている業者・・だと思われても不思議では無いという訳だ。


 確かに運営は俺の真意など分かるまい。

 一兆二千億円にものぼる資産を、ガチャ課金だけで使おうとしてるなど、思いも寄らないだろう。


 なので、無料で配っていると見せかけて、裏でリアルマネーを徴収しているに違いない。などと勘違いをしている可能性が高い。

 この『エイツプレイス』というゲーム運営会社から届いたのは、恐らくRMT行為に対する警告メールで間違いないだろう。


 だが、そのうち俺がとんでもないお得意様だと気付くだろうから、ここは敢えて無視しておこう。と、思ったが、届いたメールの題名に目が留まった。


『ミリア・ルクスフロー様。いつも大変お世話になっております。』


 うーん……警告なら俺の本名を書くはずだけど、何でゲームキャラ名を書いてるんだろうか。それに、警告っぽい題名でも無いな。


 ……まぁ、こいつらもバカではないし、俺なんかよりネットの知識は深いだろう。

 という事は、俺がバイトを雇ってまでもガチャを回しているのような存在だという事を、既に理解しているのだと思われる。


 ふっ……今更すり寄って来やがったか。だが、これは相当焦っている様子だな。


 ああ、わかっている。こいつらは数ヶ月前から、当たり品をばら撒く俺と、関連する全てのアカウントの当たり確率を、あからさまに下げて来やがった。


 ――だが甘い!


 消費者センターに当たり確率を改ざんしているデータを送り付けてやっても良かったんだが、そんな生ぬるい方法は俺の選択肢には無い!

 そんな事したら、これまでの課金額が額なだけに行政まで出てきちゃって、運営がサービス終了に追い込まれちゃうだろ!


 例え、どれだけ当たり確率を下げられたとしても、それをばら撒ける程ガチャを回し続けられる資金が俺には有る!

 それと、総勢四百五十名に上る、ガチャバイト戦士もな!


 ――サ終なんてさせるものか。この運営が阿漕だろうが何だろうが、ガチャの売り上げで大企業番付に名を連ねるようになろうが、知ったこっちゃない!

 俺はとことんガチャを回し続けてやる。否が応でも一兆二千億の資産が尽きるまではな!


 ――運営め。ラッキーだったと諦めろ!


 さあ、本文にはどんな反省の文字が書かれているのか……取り敢えず読んでやろうじゃないか。


 内容如何ではもっとバイトを増やしてガチャをぶん回し、僅かに残っているガチャ依存症のプレイヤーをも、俺のばら撒き依存症に改心させてやる。


 などと考えながら、俺はメールの本文を開いた覚えが有る。


 えーっと、ずいぶん昔の事なので、大体でしか覚えてないが、確か内容はこんな感じだったな。


『当ゲームへの特別のご愛顧の感謝といたしまして、ミリア様専用のコスチュームを作らせて頂こうかと思っております。

 当社のコスチュームデザイナーが腕によりをかけてデザインいたします。

 勿論ガチャには織り交ぜず、当社からミリア様への特別なプレゼントとしまして、ゲーム内で唯一ミリア様だけのオリジナルコスチュームという事を前提に作らせて頂きたいのですが――』


 ――とかなんとかだった。


 勿論だが断った。何故なら俺はガチャで引くのが好きだからだ。それこそ余計なお世話だ。


『お断りします。』と、返信をしてから間もなく、今度は俺のビジュアライザー式のスマホが鳴った。知らない番号が表示されていたのだが、察しはついていたので、ホログラム機能を切った上で、音声応答してみる事にした。


 ――泣きそうな女性の声だった。


「み、ミリア様……私、ミリア様から専用コスチュームの確約を頂けないと……こ、困るんです。お願いします! 是非……是非――」


 最後の方は声が震えていた。通話越しではあるが、若い女性が嗚咽を堪えながら訴えかけている。


 ちょっと心が動かされてしまったのもある。


 然し、既に俺のキャラをベースに、何種類かのコスチュームを、専属のデザイナーに描いてもらっているので、実際に見て頂いて、意見を伺いたいとも言ってきた。


 恐らくだがこの女性は辛い立場にいる。俺に断られれば、或いは俺の機嫌を損ねてしまったら、この女性に責任を擦り付けたりするでも居るのだろう。


 俺は、嗚咽混じりに説明する彼女を、できるだけ宥めるような口調で承諾をした。


 そして後日。承諾通りその女性と会った。

 彼女は、悲壮感漂うというか、少し可愛そうなくらい必死な様子だったんだ。


 人身御供といったところか……クソ上司、許すまじ!


 うん。儚い感じの綺麗な人だった。


 それ以降、俺達はよく会うようになったんだよ。決して一方的では無くお互いにだ。



 そう――それは出会い、或いは運命のガチャだったのかも知れない。


 ――そして俺達は結婚する事になる。






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