第4話:ガチャの神様(前編)

 愛を込めてこっそり枕元に置くのが、俺流プレゼントの渡し方だ!

 ……うん、ごめん。しつこい発言だった。


 えっと。

 息子はそこそこ大きな『アンデルセン』というギルドに所属していて、そのギルド本部の敷地内に、今リアルで住んでるマンションよりも豪華で立派な、メンバー専用のアパルトメントが建てられているらしいんだ。


 うむ、その豪華なアパルトメントの一室が、ゲーム内に於ける息子のマイルームになっているという事だ。


 ところが……カンストクラスのプレイヤーでさえ、ソロでは倒すのに手こずるような、凶悪なMOBが闊歩するフィールドのど真ん中に、息子が所属しているギルド本部が在るというのは冗談では無かった。


 俺はただ単に、ゲーム内のマイルームを父親に見られるのが嫌だから、二度も三度も「本当に行くの?」と、念を押すように確認してきたのだと勘違いをしていた。


 うむ……俺が立てていたプランとしては、事前にルートを確認しておいて、改めてクリスマスイブの深夜にユキのマイルームに忍び込む。

 そんで、ミニスカサンタのコスチュームを、譲渡アイテムのプレゼントボックスに入れて、ユキの枕元に置く……


 ……っていう、ほぼパーフェクトなプランだったんだけどな、そのマイルームの場所が問題だったって事だ。わはははは。


 そもそもレベル1で装備無しの俺なんかが歩けるフィールドでは無かった。MOBに攻撃されれば一撃で床ペロ確定なんだから。


 おっと、床ペロの意味が分からないとか言わないだろうな?

 いや待てよ、近年のゲーム用語は俺にも分からないから、床ペロという言葉が死語、というか、ユキの言うところの、古典用語になってる可能性もあるな。


 一応説明しておくか。


 HPが尽きて倒れ込んだ姿、要するにDEAD状態のプレイヤーが、床を舐めているように見えるので、そこから床ペロという言葉が生まれたわけだ。


 それとな。ネトゲの知識がある人には余計な事かもしれないが、ついでだからMOBの説明もしておく。

 カタカナで読んでしまうと『モブ』という、アニメ用語で『群衆』『その他大勢』『目立たない登場人物』などを指す訳だが、ゲーム用語におけるMOBは、ムービングオブジェクトといって、倒す対象となる動いている物体を指す。簡単に言えばモンスターの事だな。


 うむ。まぁ、相手が動きの遅い近距離攻撃タイプのMOBならば、運が良ければ猛ダッシュをかまして逃げる事は可能かも知れないだろう。

 だが、石や岩を投げてくる投擲とうてき系。

 或いは、炎や氷を吐いたり飛ばしたりしてくるような魔法系。

 更には、一気に距離を詰めてくる突進系など、これら中距離から遠距離攻撃を得意とするMOBに出会ってしまったら、今の俺では床ペロを避けられないだろう。


 ああ、今更だが悔やまれる。俺の馬鹿さ加減には自分でも呆れてしまう。


 先程も述べたように、フィールドに出る前、「本当に行くの?」と、ユキに念を押された訳だが、俺はユキのマイルームの事しか頭に無かったので、

「行きたい行きたい行きたい!」

 と、自分が滅茶苦茶可愛い金髪ロングのロリっ娘アバターなのをいいことに、ジタバタと駄々をこねてしまったのだ。


 うむ……父としてあるまじき行為だったと反省してる。恥ずかしい。


 ユキのメインジョブはアサシン系で、サブジョブはメイジ系だ。メイン、サブ共に火力職なので、回復や蘇生スキルを有していない。


 優しいユキの事だから、俺を助けられなかったと、心を痛めているに違いない。


 ――何て事だ! 俺の馬鹿!



 DEAD状態では視界は赤のモノトーンで、視点さえも動かせないようだ。

 音も遮断されるし口も動かせないので、当然だがトークも出来ない。


 地面に突っ伏して倒れていると思われる今の体勢からは、モノトーンの草陰しか見えていないので、ユキがどうなっているかは確認できないが、まあ、このゲームをやりこんでるらしいユキが、スライムごときに倒されるなんて事は無いだろう。


『[システム]間もなくポータル地点に転送されます』


 60秒経ったのか……


 フッ――と、視界が消え、宙に浮くような感覚。


 俺こういうの苦手。室内灯が切れた真っ暗なエレベーターとか絶対乗れないタイプだし、もしも乗ってたエレベーターが停電したら、気絶してしまう自信はあるからな。


 ……


 ……あれ? 長いんだが……復活って、こんなに時間掛かるのか?

 いくらなんでも長すぎるだろ。


 ……もしもーし。いや、声も出せないし体も動かせないから、システムの確認すらできないぞ。


 ……


 ……相変わらず真っ暗だ。何も反応が無い……。


 ――まさか、読み込み不良でクライアントが落ちてしまってるんじゃないだろうな。

 そうなると、PCかゲームランチャーを再起動させる必要が有る訳だが、この状態で再起動なんて出来ないだろ。


 八方塞がりとは正にこの事か……


 誰かー! 誰か運営の人―!

 俺に気付いて助けてくれ―!


 ……勿論、心の叫びに応答など無い。


 ちょっとまじ怖くて泣きそうなんだが……。やっぱこれってバグってんじゃないのか?

 転送を開始してから、かれこれ五分か六分は経過してるぞ……。


 ……もう泣く。絶対泣く。

『[システム]ポータル地点への転送が完了しました』


 ――ほっ。号泣寸前だった。


 胸を撫で下ろした直後、視界が明るくなり、同時に重力も伝わってきた。


 どうやら、ポータルが設置された円形広場のベンチで復活するようだ。


『[システム]登録ポータル地点で復活しました。累積経験値が0のため、ペナルティはありません』


 ……ふむ。


 仮に累積経験値が有ったとすれば、デスペナルティとして引かれていたという事だな。


 こういったレベルダウン系のデスペナはキツいな。それに、復活転送は真っ暗で怖いから、もう絶対死にたくない。


 死なないためにはどうするか……


 ――ああ――嘗てネトゲに明け暮れていた俺の答えは決まってる。


 ◆


 俺のネトゲ現役時代は……っていうか俺にとってのネトゲとは……。


 平和なロビーでセクシーなダンスを踊らせたまま放置して、ご飯食べてたり風呂入ってたり……。


 また、ギルドメンバーやフレンドから、ダンジョンの攻略に誘われれば、課金で集めた激レア装備と、課金限定の特殊効果オプションと、更に特殊バフや効果アップの付く課金アイテム……。


 要するに、課金に物を言わせた装備とオプションとアイテムで、VIPなネカマライフをエンジョイする主義だった訳だ。


 まぁ、価値観も含めてエンジョイの方法は人それぞれだと思う。


 当時の俺は、「お前は何の為にこのゲームをやってるんだ?」なんて聞かれても、胸を張って、「自キャラを愛でるためだ!」と、答えていた男だ。


 現在俺には高校生の息子がいるという事は、ネカマエンジョイライフは過去形な訳だが、結婚するまではドップリと浸っていたものだ。


 ……うむ。察しの通り、かつて俺はニートと呼ばれる人種だった。


 小学六年で不登校になり、部屋に引き籠もってネトゲばかりしていた。そう、まるで何かに取り憑かれたようにな。


 だが、母子家庭の小学生ニートに課金する余裕なんて無い。


 なので俺は、無課金でプレイせざるを得なかったのだが、ゲームが楽しくて仕方なかった当時は、それで良いと思っていた――


 ――夢はいつまでも続くものではない。

 いつの間にか俺は、ニートのまま二十歳を迎えていた。


 それまでの人生を振り返り、絶望の淵に沈む中。俺に転機が訪れた。

 そうだ。VIPなネトゲ生活への転機だ。


 ちょっと話は逸れるのだが、その転機とやらの話をしよう。


 ◇


 俺は二十歳を迎えた時に、初めてロト11イレブンなる宝くじを買った。

 そのロト11にはキャリーオーバーが発生していて、一等当選金額は、上限の三十億円になっていた。


 うむ、察しが良いな。そうだ、見事に一等が当たったのだ。


 俺はそれを湯水のごとくネトゲに注ぎ込んだ。勿論ガチャだ。

 コラボだといえばガチャ。季節イベントだといえばガチャ。そういったアップデートの度にガチャを回しまくっていた。

 毎回、相当な金額をガチャに注ぎ込んだ。


 ああ――


 使い切れないと思えるような額の資産を手に入れた訳だが、当時の俺はメンタルが壊れかけていたので、早々に人生を終わらせたいと思っていた。

 うむ……恥ずかしい話だが、自ら命を断とうと考えていたんだ。


 それと、唯一の家族だった母親も事故で他界しているので、資産を残すという選択は無かった。

 なのでアホみたいに課金ガチャに注ぎ込んでいたのだが、三十億という金額からすれば、ガチャ課金額など微々たるもので、それこそ焼け石に水だった。


 そこで俺は、一ヶ月ほど食い繋げるだけの僅かな金額を残し、残り全額を、FXと言われる『外国為替証拠金取引』の、デイトレードに注ぎ込んでみる事にしたんだよ。


 うん。例えばだ。世の中はガチャというギャンブル要素で満ちているのだと考えてみろ。

 言い換えるならば、ビッグバンさえもガチャの始まりだったのだと。


 ガチャにより様々な粒子が生まれ、重力というガチャによって粒子同士が引き合わされ、そのガチャで生まれた小惑星同士がぶつかり合い、ぶつかり合いというガチャの末に銀河が形成されたのだ。

 そして更なるガチャにより太陽という恒星が生まれ、地球という惑星も、月という衛星も、ガチャによって誕生したのだ。


 そう――気象現象や地球環境も含めた、自然というガチャの末に人類が誕生したというガチャ進化論で言えば、当然だが、ガチャの末に俺が生まれたのだとも言えるのだ。


 男女の出会いもガチャ。恋愛から性行為への可否もガチャ。受精伴う妊娠もガチャ。

 そう、幾千万、いやいや、億にものぼるガチャという試練を乗り越えた、ガチャエリート精子だけが、卵子という当たりに辿り着くのだ!


 と……まぁ、そこまでのガチャ脳になっていたのは事実だ。


 だが、ガチャの神様は俺には振り向かない。だってゲームのガチャ運悪いんだもの。

 でも、お陰で資産を使い切る事が出来る。これで何の心残りも無い。


 ……そう思っていたのだが、予想外の事態が起こる――

 ――ネトゲでのガチャ運は最悪なのに、リアルでのFXは大当たりしたのだ。


 そう、何故か分からんが、FXってなんぞ? って程のド素人なのにも関わらず、短期間で資産が五十億まで増えてしまったのだ。


 しょうがないなと思った俺は、増えた資産を元手に、再びFXのデイトレードに手を出した――

 ――あれ? どうなってんだ、今度は六十億まで増えてしまったぞ。

 レバレッジ? なにそれ。


 次こそ、次こそ大損こいてやる……










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