第2話:今の話をしようじゃないか
やぁ田中。
この前は、ライフポッドコンテナで鮮度抜群のバジルを送ってくれてありがとな。
配送料高かっただろ?
えっ、何? お礼なんかいいから、代わりにゲーマー時代の話を聞かせろだと?
馬鹿言ってんじゃねえよ。自分の黒歴史を語る奴がどこに居る。
そんな事より、随分と久し振りなんだから、現状をたっぷりと語ってやる。
ん? 息子の話に決まってんだろ。
ああ、ちっさい頃、お前にも懐いてた可愛い可愛い息子の話だ。
あいつも今年、高校生になったんだぜ?
どうだ、聞く気になっただろ。
お、黙って聞いてやるだって?
分かってるじゃないか――それでは語らせてもらう。
息子は中学二年まで、サンタクロースが架空の人物だという事に気付いていなかった。
ネットやテレビで、親が子供へ、或いは恋人にクリスマスプレゼントを渡すシーンなんてありふれてるし、クラスメイト同士でも、今年は
まぁ、大半の子供は小学校の高学年にもなれば、サンタの様々な矛盾点に気付くものだからな。
ところが、俺の息子はそうではなかった。
何故そうだと言い切れるのかって?
その根拠も語ってやるから、黙っててくれないかな。黙って聞いてやると言ったのはお前だろ、田中。
もう喋らないと約束するだと?
よしよし、続きといこうか。ここからは物語形式になるが、それでもいいか?
……うむ。
◇
息子が中学二年のある日。
「父さん。心が
ん? そんな事言ったっけか……
最近の記憶に無いという事は、随分前の話かも知れん。息子は妙に記憶力がいいからな。
昔の発言に対し、揚げ足でも取るつもりなのだろうか……。
いや、よく考えてみれば、もうすぐクリスマスだ。
今まで一度もプレゼントのリクエストをした事の無かった息子が、おねだりでもしてくるのだろうと思った俺は、そのいじらしさの余り、子供騙しな返答をした。
「……ま、まぁそうだな。心が穢れた奴の所にサンタは来ないな」
息子は咄嗟に口を尖らせた。
「じゃあ、今までサンタさんからプレゼントをもらった事が無くて、いつも親にプレゼントをもらってる僕の友達は、心が穢れているの?」
「……そ……それは……」
「友達はすごく良い奴なんだよ? それに、穢れているかどうかはサンタさんが判断するの? サンタさんがどこかで監視しているの? 全世界にどれだけ子供が居ると思ってるの? それって明らかにサンタさん個人の能力の
「……え、能力の範疇とか、何言って……」
「そうなると、みんなを監視できるように、スパイのような監視役を大勢雇ってるとしか考えられないんだけど、だとしたら、その国家予算に匹敵すると思える資金はどこから出ているの? それに、全世界の子供のプライバシーはどうなってるの?」
「いや……お前……まじ?」
◇
会話の続きは省略するが、本当に居ると思っていた事が伺える。
俺は息子の心を傷つけないよう、細心の注意を払いながら、ゆっくりとサンタについて説明をした。
そこまでして、息子はようやく、我が家のサンタの正体に気付いたようだ。
まぁ、息子はそれだけ純粋……要するにピュアだという事だろう……うむ。
そして俺は、息子が気付いてしまったにも関わらず、プレゼントは枕元に置いておくという主義を、未だ貫いている。
――勿論、息子が寝ている間にだ(これが原因だと気付いてない父親の図)。
サンタが実在していないと知ってしまったのなら、枕元に置くのではなく、直接渡した方がいいんじゃないかと思うだろう。もう高校生なんだしな。
――だがな!
そう~っと息子の部屋に忍び足で入って、枕元にプレゼントを置く時のドキドキ感が、そりゃあもう堪らんのだよ。寝顔も見られるしな。
うむ。いくつになっても息子は可愛いものなんだぞ。まぁ、うちの息子は特に可愛いので、たまに女装させてるのは内緒だが。
一昨年にプレゼントしたメイド服がイチオシなのだがな。それ以来、自ら進んで着るようになったので、去年のクリスマスにはセーラー服をプレゼントしてやった。
勿論大喜びしてすぐにお披露目してくれたんだが、これ以上は息子が何かに目覚めるかもしれないので、いくら可愛くても親としては自重しなければなるまい。残念ではあるが……。
さて、その話は一旦置いておくとして、今年もクリスマスが一週間後に迫っているので、何をプレゼントして欲しいのか、アプリの親子チャットを通して、息子に尋ねてみる事にした。
親子なんだし同居もしてるんだから、直接聞けばいいのではないかと思うだろう。
だがな、口で言われると興ざめしてしまうんだよ。
あっけないというか、ありがたみが薄れるというか……う~ん、ほら、なんとなく分かるだろ?
親しき仲にも礼儀あり。要するに恭しくってやつだ。
……いや、これまでのプレゼントがプレゼントだっただけに、恭しくまでは言い過ぎだったなスマン。
まぁあれだ。今までは俺が勝手に判断(妄想含む)して、可愛いプレゼント(女装コス)を用意していたのだが、息子も流石に高校生だし、ソンナモノ以外に欲しい物の一つや二つや三つくらいはあるだろう。
……お、早速息子から返信が来たようだ。
どれどれ……はぁ!?
――ミニスカサンタのコスチュームが欲しい……だ……と!?
息子の部屋の前で、わくわくしながら返信を待っていた俺は、読み終えるや否や目の前のドアをノックした。
間もなく開かれたドアから息子が顔を出したので、直接確認してみる。
なぜなら、女装するのはもうやめようと、昨日の夕食時に話し合ったばかりだからだ。
すると息子は、リアルではなくゲーム内で着るコスチュームなのだと言った。
ふぅむ……ゲームなら、人権さえ勝ち取っているネカマという人種が居る。まあ、かつて俺もそのネカマだったのだがな。自キャラ萌えの。
リアルではないのなら反対する事も出来ない。
俺だってネトゲ現役時代には、肌の露出度の高いコスチュームを自キャラに着せて、ロビーやダンジョンで「キャッキャウフフ」してたもんだからな。
それに、完全なるヒキコモリだった俺とは違い、息子はきちんと学校に通っているし成績も優秀なので、これっぽっちも文句は言えない。
――然し、そんな実体の無いデジタルデータなどでいいのだろうか。
俺は久しくネトゲをやっていないが、アバターに反映されるコスチュームというのは、デザイナーやプログラマーの腕前、或いはセンス如何で、コレジャナイ感満載のゴミになる可能性が高いんだぞ。
まぁ、これは俺が経験した話なのだが。
まず、フリルだらけのうえにヘソ出しで、和服とは言い難い『浴衣?』があった。
更に、パニエ無しなのに不自然に広がったミニスカートで、まんまパンティが見えちゃってる『メイド服?』もあった。
極めつけは、際どいハイレグTバックで、学校では着用禁止だろって思える『スク水?』だったな。
何のプレイだよ! ってなるわな。
こういった、本来の名称を完全に無視した、スケベな男性視点で作られたコスチュームが、語り尽くせないほどあった。
ああ、名称だけで散々騙されたという実経験が俺には有るんだからな。う~むむむ……
俺の呆れ顔に気付いたからだろうか。息子は自分の勉強机の前まで、俺の腕を引いて連れて来ると、机上の半分を占める程バカでかいパソコンの電源を入れたようだ。
これは量子CPU内蔵の最新型超ハイスペックパソコンだが、ちょっと簡単に説明する。
息子の学習机は割と大きめだが、机上の半分を量子パソコンが占拠してしている状態である。
だが、それだけの大きさがあるとはいえ、量子コンピュータが開発された当初の物に比べれば、遥かに小さくなっている。
まぁ、初期の量子コンピュータは、息子の部屋どころかリビングにだって収まらなかっただろう。
そんで、息子の量子パソコンは俺の妻が、いや、離婚してるから元妻なのだが、その元妻が、去年のクリスマスプレゼントとして買い与えた物だ。
息子へのクリスマスプレゼントがメイド服とかセーラー服だった俺とはえらい違う。
だがな――お蔭で息子がネトゲに目覚めてしまったようだ。リアルの物ではなく、デジタルデータのコスチュームを欲しがる程にな。
などと、考え込んでいた俺の肩を息子がぽんぽんと叩く。
「……ん、これは?」
息子に差し出された物は、どう見ても近未来的なヘルメットにしか見えないんだけど。
「ニューロシンクギアっていうんだよ」
……ふむむむ。
「名称は分かったけど、何でもう一個持ってるんだ?」
「だって父さん、僕にコスチュームをプレゼントしてくれるんでしょ?」
……むぅ。
ニューロシンクギアか……まあ、名称から大体の察しはつく。
仮想世界にフルダイブする為の機器と言うことだな。
要するにこれは、息子にプレゼントを渡すための『必須アイテム』という訳だ。
「こ、これを装着するとどうなる?」
「僕の願いが叶う」
何か意味深な返事だったが、息子の笑顔に抗える筈が無い。
だが……フルダイブプレイなんてやったことが無いから、
「ちょっと怖い」
おっと、父としての威厳を損ないそうな部分だけ声に出てしまった。いかんいかん。
「心配要らないよ。父さんのアカウント登録とキャラクターの作成が終わったら、僕もログインするからさ」
「お前はどこでログインするんだ?」
「このダイビングチェアだよ。リクライニングになってるから問題ないよ」
「一人じゃ怖……あ、セミダブルだからベッド広いし、い、一緒のベッドの方がいいんじゃないか?」
「うん分かった。父さんの横でログインするよ」
息子はそう言ってベッドの端に腰を下ろすと、俺を催促するかのようにベッドの真ん中をポンポンと叩いた。
「父さん、早くそれを装着してここで横になってよ」
こんなに嬉しそうな表情は久し振りに見た気がする……ここは息子に従ってベッドで横になるしか無さそうだ。
バイクで言うところの、オープンフェイス・ジェットタイプヘルメットのような形状で、近未来感を半端なく盛り込んだ『ニューロシンクギア』なる物を、スポンッと頭に被せ、ベッド中央でコロンッと横になった俺の顔を、息子が真上から覗き込んできた。
「うん、サイズはピッタリみたいだね。じゃあ父さん、スクリーンバイザーを降ろすね?」
俺が頷くと、「ピピッ」と、小さな電子音が鳴った。
すると、ニューロシンクギアに内蔵されているらしいスクリーンバイザーが下りてきて、鼻から上の部分を完全に覆った。
真っ暗で何も見えないので、目隠しをされているようだ。
「父さん。初めてのニューロシンクだから、ちょっとだけ痛いかも知れないけど、最初だけだから我慢してね?」
色々と想像してしまいそうな言葉に、何故か鼓動が高鳴ってくる。
これから一体、どんなプレイが始まるんだ……お父さんなんだかドキドキすりゅ!
◆ ◆
「ナニコレスゴイッ!」
俺はフィールドに出るなり思わず大声を上げた。
「父さん、一般トークで大声出さない方がいいよ。他の人が吃驚しちゃってるから」
「……す、すまん。つい興奮してしまって……」
うむむ。確かに付近を往来してるプレイヤーが、何事かとこちらに顔を向けている。
声そのものが辺りに響くって事は、空気という概念まで有るって事だろ。
これまじリアルと変わらん――俺も吃驚だよ!
ふぅ……これがフルダイブというものか。
春のようにぽかぽかとする陽気に加え、そこら辺の野花をふわふわと揺らしているそよ風さえも、それはそれは心地よく肌を撫でてくる。
深呼吸をしてみると、心なしか空気さえ美味いと感じる程だ。
街の喧騒どこへやら。
ああ――この景色、この日差し、このそよ風、この大自然!
重力に加えて風や気温まで感じられるのは、凄いとしか言いようがない。
解像度やフレームレートが云々言ってた時代にしかネトゲをやっていない俺からしてみれば、正にここは異世界そのもの。
そうだ、まるで俺は転生者、いや、この場合は転移者か。
まぁ兎に角……これは……素晴らし過ぎるではないか!
――あぁ、夢のようだ。
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