伝説になってる自覚がない? 初めてのフルダイブプレイで燥ぐ元廃人ゲーマーの可愛いお父さんの色んな伝説
よこ幅
第1話:無敗のプレイヤー
『ミリア・ルクスフロー』
これは十七年前に引退した、ある伝説のプレイヤーが使っていたキャラクターネームだ。
現役時代を知る者がその名を聞けば、誰もが「唯一無二の存在」と答えるだろう。
◇
――今から三十年前。フルダイブ技術が未だ完成していなかった二〇六九年――
『世界最高のグラフィック! 世界最高のアクション! 世界最高のキャラクリエイト! ――今こそ、世界最高のストーリーへ旅立とう!』
こんな大胆なキャッチフレーズを掲げ、正式サービスを開始したMMORPGがあった。
その名も『SPARKS・ONLINE』、通称「スパークス」だ。
主だった特徴は二つある。
最初に挙げるのは、著名な脚本家が手掛けた壮大なストーリーと、技術の粋を結集させたグラフィックが魅力のロールプレイング要素。
次に挙げるのは、最新AIをフル活用し、人体の動きを極限まで突き詰めた、高いアクション性を誇る、一対一、多対多の格闘要素だ。
どちらも巷に溢れている要素だと思われるが、この中でも特に、1対1の対戦コンテンツ、『バトルアリーナ』は、プレイヤーたちを熱狂させた。
プレイヤーたちが熱狂するのは、それ相応の理由があった。
運営元である「エイツプレイス」は、スパークスのサービス開始に先駆けて、最新のプログラム特化AIを導入。
誤認識のない『チートツール完全検知・即BANプログラム』を、独自に開発した。
他社と一線を画す、この機能の実装により、公平性を徹底して守ることを約束していたのだ。
この公正な環境は、長年チーターに悩まされていたプロゲーマーを惹きつけ、スパークスは瞬く間に人気を博す。
正式サービス開始から半年足らずで、同時接続数世界一を記録した。
運営会社であるエイツプレイスの経営陣も、スパークスに費やした莫大な開発費と制作費は、三年以内に回収できると踏んでいた。
だが、三年目のある日。運営を揺るがす事態が起きる――。
大人気コンテンツ『バトルアリーナ』で、深刻な問題が発生したのだ。
バトルアリーナは、ランキングトップのプロゲーマーでさえ、勝率は90~92パーセントだ。
だが、300戦、全勝という、チートツール使用を疑いようのない、無敗のプレイヤーが現れたのだ。
自社開発の完全検知プログラムが破られた可能性がある――。
実況ライヴ配信をメインに活動する人気ゲーマーたちにとって、不正行為を行うチーターは最大の敵だ。彼らはチーターに対して過敏に反応し、ゲームの公正さが疑われると、たちまち視聴者と共に運営を非難する。
エイツプレイスは、この事態がインフルエンサーや一般プレイヤーの大量流出に繋がることを恐れ、問題の「無敗のプレイヤー」の調査を急いだ。
しかし、サーバーのモニタリングでは、不正行為を示す信号パターンは発見されなかった。
不明の事態に焦る開発部のチーフは、アカウント情報と回線データを精査するようスタッフに指示を出す。
アカウント情報:
キャラクターネーム:ミリア
アカウントID:ルクスフロー
登録日:2069/09/10(サービス開始3日後)
アカウントID登録者:
氏名:七浜 奈和(問題の無敗プレイヤー)
フリガナ:ナナハマ ナオ
性別:男性
生年月日:2060/09/10(登録時は小学3年生?)
累計課金額:0円
クレジット登録:有り
クレジット登録者:七浜 旭(登録者の親と思われる)
フリガナ:ナナハマ アサヒ
さらに、法的に許される範囲内で回線情報も調査された。
OS:Wonders17 Home Edition
CPU:Intol Core Ultimate mobile
GPU:Mvadia 22070ti mobile
使用回線:docokoko 光
回線契約者:七浜 しおり(登録者の親族?)
回線プラン:1TB ホームタイプ
これ以上の調査は法に触れるため断念せざるを得なかった。しかし、現時点でも不正行為の証拠は何一つ発見されていない。
視点を変え、データセンターに蓄積されているログ歴を辿る。
その結果、アカウント登録をした当日にキャラクリエイトをしているが、それ以降は約二年と三ヶ月に渡り、ログインをしていない期間が有ると判明した。
だがこれもゲームプレイと何の関係もない。依然として不正行為に繋がる問題は見当たらない。
問題となっているプレイヤーが使用しているのは、ハイエンドモデルのゲーミングノートパソコン。高額ではあるが、大手通販サイトでも販売されている。
ネット環境は一般的に普及している超速光回線の1テラバイトプラン。
使用機器がハイエンドなゲーミングノートという事を考えれば、ストリーマー並みの快適さを備えているが、最新のAIで解析しても、「不正行為を示す痕跡は無し」と出る。
そこでチーフは、問題のプレイヤーのゲーム内カメラ映像を大型モニターに映し出し、スタッフらと共に、自分の目でも確認することにした。
このプレイヤーが使用しているゲームキャラクターの容姿は、制服を着ている女子高校生。
キャラクリエイトで作っているようだが、その動きは人間によるものとは到底思えなかった。
試合開始直後の間合いの取り方から、ステップの使い方、攻撃のタイミング、ガードのタイミング、パリィの見極め。
そして、予測していたかのように繰り出されるカウンターアタック。
全ての動きが、対戦相手の攻撃状況に応じた最善手を選び続けている。それはどんな対戦相手であろうと変わることがない。
だが、映像データをAI解析しても、不正行為を否定している。
更に信じられない事に、ゲームパッドなどのコントローラーは使用しておらず、ゲーミングノート付属のキーボードのみで操作をしているという結果も出た。
半世紀前のネットゲームならいざ知らず、スパークスで推奨している、複雑な操作を直感的に行える、フィンガーフィット式のゲームコントローラーさえ使用していないのだ。
問題のプレイヤーの生年月日を見る限り、現時点で小学六年生。
AI解析で結果は出ていても、納得のいかないチーフは、解析データを元に、キーボード操作の手の動きを、映像生成AIで再現するようスタッフに指示を出した。
間もなく、高解像度の立体映像で再現された両手。
手の大きさこそ小学生ではあるが、そのキーボード捌きに、開発部のスタッフ一同は目を丸くした。
時には両手が重なり、離れ、それぞれの指がキーボードの上を飛ぶように走る。
超絶技巧といえるキーボード捌き。速度だけでなく正確さまで備えているその様子は、どこか現実離れしていた。
本当にこれを小学生がやっているのか……。
手の動きを再現していた試合が終わると、問題のプレイヤーは次のエントリーを待っているようだ。
そこで、二週間に一度の割合で、ランダムにランキング上位者に発生する『最強設定AI操作キャラとの対戦』を発生させ、ぶつけてみる事にした。
バトルアリーナはポイント制だ。先に100ポイントを取れば勝利が確定する。
これまでにプレイヤーがAIから取れたポイントは、8が最高記録だ。
ところが、AIが繰り出す全ての攻撃にカウンターを合わせられ、0対100で倒されてしまった。
「……AI超えの天才少年か……まいったな」
チーフはそう呟いた後、大型モニターで対戦映像を幾度も確認しているスタッフ一同に声を掛ける。
「不正行為は無かったと結論づける。皆も昼食休憩に入ってくれ。私は社食で昼食休憩を取った後、ディレクターへ報告に向かう」
◇
軽い昼食を早々と済ませたチーフは、推理小説の続きを読むため、バッグからタブレットを取り出そうとしたが、すぐに手を止めた。
チーフは顎に手をやり、知り得た個人データから推理を始める。
アカウント登録者の七浜奈和は、登録当時は小学三年。
クレジット登録者の七浜旭は恐らく父親。
それと光回線契約者の七浜しおりは母親。
これを当てはめて推理すると……
9歳の奈和が父親の旭に頼み、アカウントを作成。
ところが、スパークスの推奨年齢は15歳以上だし、キャラクリエイトは9歳の小学生には難しいから、その時点で奈和は投げてしまった。
そして、奈和が放棄したアカウントで、旭が女子高生キャラ作り上げた。
そこから二年と三ヶ月の空白期間。
小学六年になった奈和が見つけて再開……?
……或いは母親のしおりが女子高生時代を思い出して作っていた?
――いやいや、いくら推理が好きとはいえ、これは家族のプライバシーに関わる。
他人の家に土足で上がるような推理はもう止めよう。
◇
昼食休憩を終えたチーフは、報告を待つゲームディレクターの元へ出向き、不正行為は無かったと、タブレットでプレイヤーの両手の動きを再現した映像を見せながら説明した。
そのうえで、このプレイヤーは見守る方向で、他のプレイヤーへの対策を新たに練る必要があると提言する。
だが、営業本部長兼ゲームディレクターは違った。彼はこの天才少年を、企画の中心に据えてみてはどうかと言い出したのだ。
彼の頭には、リスクよりも成功のビジョンしか浮かんでいなかったのだ。
チーフは大急ぎで開発室に戻ると、スタッフらを集めてそれぞれの意見を聞いた。
『プレイヤーの信頼を損なうリスクが大きすぎる』
『この少年の自由を奪うことは倫理的に許されない』
28人のスタッフ全員から、このような意見しか出なかった。
やはり皆も、ディレクターの意見は間違っていると感じているようだ。
誇らしい気持ちになったチーフは、スタッフらと共に新たな企画書を作成し、スタッフ全員を引き連れ、ディレクターの部屋へ出向いた。
「新たなシステムを取り入れる企画を練ったので、この少年の自由を奪う事だけはしないで欲しい!」
「我々のゲームは、プレイヤーの自由と楽しみを約束するものだったはずです!」
開発部一丸となってそう訴えた。
だが、営業本部長でもあるゲームディレクターは、意に介さない様子だった。
チーフ含め、開発部スタッフ一同の不安は的中する――。
「我々の最優先事項は数字で結果を出すことだ!」人道に反するとも思える上司の言葉。
だが「無敗のプレイヤー」が現れてからの売り上げの落ち込みは激しい。
開発部の願い虚しく。『ゲーム運営事業部』のスタッフは、直属の上司であるゲームディレクターの提案を了承するしかなかったのだ。
AIの解析結果と、手の動きを再現した立体映像の「静止画」を、証拠画像として数枚貼り付け、「チート検知ツールは正常だった。このプレイヤーが凄すぎるだけ」と、公式SNSで公表した。
公開から数時間でSNSは炎上した。
『他のプレイヤーが努力を怠っている』とする肯定派と、
『他のプレイヤーと分けるべき』という批判派が激しく対立した。
この大炎上こそ、営業本部長兼ゲームディレクターの狙いだ――。
『無敗の王者、ミリア・ルクスフローに挑戦しよう!』
そう名付けた企画を、興味を引き付けてから強行する布石だったのだ。
保護者に何の通知もなく、開発部の提案も無視され、プレスリリースで公にされたこの企画は――
――エイツプレイスという運営会社が、倒産の危機にまで追い込まれるきっかけとなる。
◇ ◇
……裏でそんなドラマが繰り広げられていたとはつゆ知らず。
当の本人である七浜奈和は、現在は一児の父となっており、ネトゲからも足を洗っている。
そして、自分が伝説だという自覚は全く無い。
では、その伝説を綴るとしよう。
――彼自身の言葉で。
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