第8話 さくら

「さくら先輩、聴きました? 新人君の話」


 OLの陣地である給湯室では、社員の噂話で持ち切りだ。

 入社して5年目の藍沢さくらは、女子社員の話を聴きながら、朝のお茶出しの準備をしていた。


「新人君って? 斎藤直樹君だっけ?」


 佐々木沙織は、入社2年目のネイルや金髪パーマの社内ではギャル噂マシンガンとされていた。

 さくらは、この子には余計なことは話せないと思っていた。


「そうなんですよ。斎藤ってやつ。仕事は、真面目にやるんですけど、雑談は一切無視の鉄壁なんです。素性が、謎ですよ。ランチの場所も不明で忍者みたいです」


「プライベートと仕事をきっちり分けてるんだね」


「面倒じゃないですか?」


「別にいいじゃない? 個人の自由でしょ」


 そう吐き捨てて、沙織が苦手とする斎藤にコーヒーの入ったマグカップをさくらは気にもせず運んだ。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 眼鏡をかけ直しながら話す。


「あの、藍沢さんはコーヒーお好きなんですか?」


 まさかの質問に体が硬直する。噂と違う。


「え、あ、うん。ブラックで飲むのが好きだね」

「そうなんですね。僕もブラック派です」


 頬を赤くしながら、話す姿になぜだかキュンとした。彼は誰なのかと見返した。

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