第26話 新たな杖で特訓開始!

 とは言えこの日は杖作りに専念した。蔓をそのまま持ち歩いて魔法を使うのは私のテンションが上がらない。栗枝先生からは「いっそのこと鞭にしたらどうだ?」と言われ、何故か妖精まで現れて〝あらぁ。いいじゃない、鞭。あなたがこれで作った鞭で彗をしばいているところを見てみたいわぁ。くすくす〟なんて恐ろしいことを言ってきたが、丁重にお断りした。彗が無言の圧力をかけてきたので、何が何でも断らざるをえなかった。いや、別に鞭を振るいたいわけでもないからそれでいいのだが。


 藤の蔓で作った魔法の杖は、結局のところ、ガンダルフが使っているような肩くらいまでの長さのある杖になった。短くて片手で扱えるような杖が欲しかったのだが、妖精曰く〝このくらいの長さの方が、あなたの魔法とも相性がいいわぁ〟だそう。これに関しては、私よりも私の扱う魔法に詳しそうな妖精の言葉を素直に聞くほかなかった。


 翌日から暫くの間、午前中は蔑むような目付きの彗と共に魔法の練習をし、午後からは未琉に魔法薬作りの手解きを受ける日々が続いた。何だかんだ言いつつも、彗は私の魔法を上達させようと指導してくれる。お陰でお手製の杖の扱い方にも段々慣れてきた。また、魔法で何かを操ろうとするごとに、妖精の言っていた意味もわかってきた。この杖、蔓が勝手に伸びるのだ。しかも場合によっては枝分かれもする。重いものや、一度に複数のものを操ろうと思うと、私自身が操られないようにするために踏ん張る必要が出てくる。そんな時に杖が短かったら、すぐに手からすっぽ抜けてしまうだろう。


 あめは相変わらず体育の授業の時にしか姿を現さなかった。五月も下旬になればそこそこ体力のついてきた未琉も地獄の鬼ごっこに参加するようになり、逃げる私達にも魔法の使用が許可された。そうは言われても私は何に対してどう魔法を使えばいいのかわからず、杖を抱えたまま逃げ回るだけだった。しかし、彗と未琉は違った。爆発を起こしながら追いかけてくるあめを足止めしたり、反対にこちらから攻撃を仕掛けたりしていた。


「水壁!」


「わぷっ⁉」


 彗があめに向けて腕を振るうと、あめの目の前に水でできた壁が現れた。あめは止まることができず、突然現れた壁に真正面から突っ込んだ。その一瞬で壁は消えたが、ずぶ濡れになったあめは咳き込みながら悪態をついた。


「ああ、クソッ。鼻ん中に水が入ったじゃねぇか!」


「それが嫌なら避ければよかったではありませんか」


「目の前にあんなの出したのどこのどいつだよ!」


 腹いせとばかりにあめは彗の周囲で爆発を起こした。もうもうと土煙が立ち込める中、私は彗の安否を心配した。流石にこれは無傷では済まないだろう。だがしかし、煙が晴れるとそこには無傷の彗と、濡れた地面が現れた。


 爆発が起きた場所よりも自分に近い位置に水壁を作り、爆発の影響を最小限に抑えたのだ。


(す……凄い。こんなこともできるんだ)


 彗が乱れた髪を整えながら、ゾッとするような笑みを浮かべた。


「ほら、あなたのその馬鹿の一つ覚えみたいな爆発だって、すぐに避けられるんですから。わたくしの水壁だって避けられるはずですよ」


「なぁにが馬鹿だよチクショウ! 今のは怪我しねぇように手加減しただけだばぁか!」


「子供か……」


 あまりに幼稚なあめの言い訳に、私は思わずツッコミを入れていた。


 体力面で劣る未琉は時折爆発に巻き込まれそうになっていたが、その度に手に持つタブレット端末を掲げて爆風を防いでいた。防弾仕様なのかと思いきや、瞬時に魔法を展開させて盾の役割を担わせているらしい。他にもあめに追いつかれそうになると、謎の薬品をぶちまけてあめを滑らせたりしていた。


「うへぇ、何だこれ。ぬるぬるするぅ」


 盛大に滑って転んだあめが、身体中についた謎の薬品を払い落そうとしながら言った。


『それは魔法薬の材料となる虫を捕まえるためのもの。足を取られたが最後、そこから逃げ出せなくなる』


「え、今あたしのこと虫扱いした?」


 あめがジト目で未琉を見ると、未琉は素知らぬ顔でまた走り始めた。完全無視である。


「おい舞理ぃ! お前は何もせずに走ってるだけかよぉ! あの時の威勢はどうしたぁ!」


 他二人が魔法を駆使する中、私だけただ走っているだけなのであめから催促がきた。あれだけ攻撃を喰らっているというのに、全然平気でそんなことを言ってくるだなんてどれだけ身体が頑丈なんだ。


「だって、どうすればいいのか全然わかんなひゃわあ⁉」


 真横で爆発が起きた。驚いた私は躓いて転びそうになりながらも、杖で支えることでなんとか持ちこたえた。


「お前のその杖はただの飾りか⁉ 何のためにそれ作ったんだよ! 魔法を使うためじゃねぇのかよ! だったら使ってみろよ!」


「っ……」


 あめの言葉がぐさりと突き刺さった。そうだ。この杖は魔法を使うために作ったんだ。それなのにただ持っているだけでどうする。


 私は立ち止まり、杖を握りしめて、こちらに向かってくるあめと向き合った。あめはそんな私を見てニヤリと笑った。


「やっとやる気になったか。さあ、来い!」


 私は咄嗟に浮かんだイメージを具現化させるべく、杖を地面に勢いよく叩きつけながら叫んだ。


「捕らえろ!」


 杖が地中に蔓を伸ばした。下へ引っ張られる感覚がする。そして——。


「おわっ⁉」


 地上に出た蔓があめの足を絡めとり、あめはその場に倒れた。


「で、できた……! って、あ、あめ! 大丈夫⁉」


 自分が思い描いたように魔法を使えたことの嬉しさと、そのせいであめを転ばせてしまった罪悪感が同時に襲ってきた。私はあめの無事を確かめるために駆け寄ろうとしたが、杖がびくともしない。


「あ、あたしは大丈夫……だ。それよか、やればできるじゃねぇか」


 うつ伏せに倒れたあめが、自分の無事と私の魔法の成功をたたえるように親指を立てた。


「やりましたね、舞理さん。このわたくしが毎日のように指導した甲斐がありました」


『舞理はやればできる子。偉い』


 少し離れた場所にいた彗と未琉もやってきて、私の成功を褒めてくれた。だが。


「なぁ舞理ぃ。足のこれ、いつまでこのままにしとく気だ?」


「魔法を使うたびにいちいち立ち止まっていては、すぐ標的にされてしまいますよ」


『発動及び解除に時間のかかる魔法の場合、解除するまでの間に攻撃される可能性が高い。瞬発的に発動できる魔法を習得すべき』


 しっかりと駄目な点を指摘するのも忘れてはいなかった。

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