第24話 苺パフェ

『人を操る魔法?』


「うん。私が特化してる魔法って、そうみたいなの」


 翌日、私は外出許可を得て未琉とあめと共に街へ赴き、念願の苺パフェに舌鼓を打っていた。彗も誘ったが、やることがあるから、と断られた。


 入学してから学外に出るのは初めてなので驚いたが、学校の近くなだけあって街中魔法使いだらけだ。街道には魔法道具各種を販売するお店や、杖の専門店、『掘り出し物あります』と看板に書かれた中古の魔導書専門店なんかも建ち並んでいる。


 唇の端についたクリームを舐めとりながら、あめが何かに気づいたような声を上げた。


「つまり、マリオネットってわけだ。舞理だけに」


「う……。それ言われるとちょっと恥ずかしいからやめて」


 昨夜寝る前にそれに気がついてしまったせいで、なかなか寝付けなかったのだ。


『でも、能力が名前に引っ張られることもままある。あめは典型例』


「うちは代々火の魔法に特化した魔法使いばかり生まれてるからな。そういう血筋だから火野屋なんて苗字をつけたのか、火野屋なんて苗字だから火の魔法に特化したのかは知らねぇけど」


「へぇ。何かの魔法に特化してるのって、突然そうなった訳じゃなくて、血筋が関係することもあるんだ」


『そう。むしろ血筋によることが多い。だから舞理は特殊。魔法使いの血筋ですらないのに特化型の魔法使い』


 未琉が不思議そうに頭を傾げながら端末に打ち込んだ。


「もしかしたらあれじゃね? ご先祖様を辿っていくと、どこかにそういう魔法使いがいたとか」


「そういうこともあるの?」


『魔法界を出て一般社会で暮らすようになる魔法使いも昔からいる。だから何十年も経った後に、魔法使い適正のある子孫が生まれることもある。遺伝子の顕性と潜性みたいなものだと思えばいい』


「なるほど」


『でも、だからと言って魔法使いの祖先を探そうとするのは難しい。時代にもよるけど、出ていった魔法使いの記録は消されている可能性が高い』


「ああ、村八分的な……」


 魔法使いといえども、その辺りは普通の人間と何ら変わらないのだろう。


「ま、理由はどうあれ、お前はマリオネットの魔法に特化してるっつーことだから……あたしに向けて使うなよ」


『私も嫌』


「うん……私も、あんまり人に向けて使いたくはないから、そこは安心してもいいよ」


 二人からあからさまな嫌悪の感情を向けられ、私は曖昧な笑みで答えた。


 それからは学校のことや一般社会と魔法界の違いなんかを話しながらパフェを食べた。落語を知っているか聞いてみたら、あめは知らないと言って首を振り、未琉は少しだけなら知ってると答えた。しかし何を知っているのかを聞いてみれば、知らない噺ばかりが上がった。逆に私の知っている落語を教えると未琉は首を傾げたので、どうも話がかみ合わなかった。まさかこんなところにも違いがあるとは。


 パフェを食べ終えてからは商店街を散策した。どこを見ても物珍しいものばかりで、私は少し歩いては立ち止まっていた。そのため仕舞いにはあめに腕を引っ張られながら歩く羽目になった。


「旅行先で土産物探してるんじゃねぇんだから、いちいち立ち止まんな」


「うう……ごめん」


『目移りする気持ちはわかるけど、全部の店を周っていたらいくらお金があっても足りない。仕送り沢山貰ってるなら別だけど』


「うぐっ……」


 全然貰ってない……。


「バイトできるわけでもねぇし、学校で使うようなものは購買で買った方が安いぞ。ここで何か金使うなら、さっきみたいにパフェ食うとか、服買うとか、その程度にしといた方がいいぜ」


『学校なら大抵の設備は揃ってるから、魔法道具を買うなら拘りたい場合のみって先輩が言ってた。それに今の舞理が魔法道具を買っても宝の持ち腐れ』


 本日二本目の矢が刺さった。


「だ、だよね……。あ、さっきあめがバイトできないって言ってたけど、うちの学校ってバイト禁止なんだっけ?」


「ん? あー……どうだっけ? てか、バイト禁止じゃなかったとしても……」


『許可を取ればバイトはできるけど、舞理は十中十どこも雇ってくれない』


「え⁉ 何で⁉」


『魔法が使えないから』


「そう、それ。あたしもそれ思った」


「うぐううううう……」


 三本目。




 結局商店街ではお菓子を買い食いしただけで、他には何も買わなかった。書店で未琉が難解そうな魔法薬の専門書を物欲しそうに見つめていたが、他の本とは桁が違ったので私とあめの二人で引っ張って諦めさせた。いつも冷静に文章を入力している未琉だが、この時ばかりは打ち間違いを犯すほどに憤っていた。


 夕食代がもったいない、という意見で一致したため日が暮れる前に帰路についた。寮に戻ってみると、今朝よりも人が増えていて少々賑わっていた。明日から学校が再開するため、帰省組が続々と戻ってきているのだ。寮内のあちらこちらで生徒達が土産話に花を咲かせている。ゆっくりしていたら食堂が混み合うかもしれない。私達は早めに食事をとることにした。


「あ~あ。まぁた明日から学校始まんのか」


 生姜焼きを頬張りながら、あめが不満を露わに言った。


「そんなこと言ってるけど、どうせ体育の授業にしか出ないんでしょ?」


「だから困ってんだよ。サボってるのがⅠ科の先生にバレるとすげぇ怒られる」


『怒られるのが嫌ならサボらなきゃいい』


 同感である。


「この際だから聞くんだけど、何であめは体育以外サボってるの? てかサボって何してるの?」


 私が呈した疑問に、横で未琉もうんうんと頷いた。当の本人は困ったように頭を掻く。


「別に……何でもいいだろ。つーかⅡ科の生徒にはジシュセーが認められてんだろ? だったら出席するもしないも自由じゃねぇか。そういうお前らは何やってんだよ」


 理由を話したくないのか、有耶無耶にして反対に私達に話を振ってきた。


『私はいつも実験してる。たまに舞理に魔法薬の作り方も教えてる。魔法が碌に使えなくても、魔法薬は作れるから』


「うっ……。で、でも昨日のでもう魔法使えるようになったし……」


「でも普通の魔法は使えねぇんだろ?」


「そ、その通りです……」


 私が縮こまると、あめが顔を顰めた。


「まともに魔法も使えねぇのに、よく投げ出さねぇな」


「だって、ずっと魔法使いに憧れてたし、せっかくのチャンスをふいにしたくないもん。そりゃあ全然できないのは悔しいし、昨日も……まぁ、辛い思いはしたけど、でも……諦めたく、ないから」


 私の脳裏に、昨日の彗の姿が蘇った。中途半端は嫌いだと言った、彗の姿が。私も、中途半端に終わらせたくない。


「ふぅん」


『舞理は諦めずに挑戦しているから、いつか必ず努力が芽吹く時が来る』


「……ありがと」


 突然未琉から労いの言葉をかけられ、私は暫し呆然とした。そんな私達の様子を見て、あめが気に入らないとでも言わんばかりに鼻を鳴らした。


「努力したってどうにもならない部分もあるだろ」


「それは……やってみないとわかんないじゃん」


「じゃあお前は得意分野を無視して、苦手を克服しようとでも言う気か? 時間の無駄だぞ、それ」


『それは一理ある。昨日の一件で得意な魔法が判明したなら、明日からは得意分野を伸ばすことに専念することも視野に入れてもいいかもしれない』


「言われてみれば、そうかもしれないけど……でも、魔法が魔法だしなぁ」


「諦めろ。変えられるもんじゃねぇんだから」


 あめの厳しい一言に、未琉もこくりと頷いた。

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