第22話 洞窟の中の戦い

「え、な、何⁉ 何これ⁉」


〝きゃあああ‼〟


「何ーーーーーー⁉」


 灯りが消え真っ暗闇になったうえに、自分のものではない悲鳴もすぐ近くで聴こえ、私はこれ以上ないくらいに驚いた。


根音ねおと舞理まり! わたしよ、わたし!〟


「いや私よとだけ言われても……あ、もしかして妖精さん⁉」


〝そうよ。まったく、あの神様ってば乱暴な真似をして……うう〟


 威勢よく(?)暗闇の中に登場した藤の妖精だったが、元気をなくしたように気弱な声を出した。


「どうかしたの?」


〝別に……昔食べられそうになったことを思い出しただけよ〟


「うわあ、それは大変。ところで、何で妖精さんがここに?」


〝さっき言ってたでしょ。あなたを危険な目に合わせるためよ。そうやってあなたの力を、あなた自身に気づかせるために。で、その補助役としてわたしが呼ばれたってわけ〟


「じゃあ、助けてくれるんだね。ありが——」


〝それはあなた次第よ〟


「……え? 何で?」


 補助役なのに?


〝いい? これはあなたの力を引き出すための、いわば試験なの。それなのにわたしばかり力を使っていたら意味ないでしょ? だから、わたしはあなたの指示がないと力を使えない。わかった?〟


「わかった、けど……そもそもどんな試験やるの?」


「簡単なことだ。ここから出るだけでよい」


「……! アマノ、さん?」


 アマノさんの声が聴こえたが、やはり暗闇の中だからか姿は見えない。


「おぬしはただ、この洞窟から出ればよいだけだ。脱出方法や場所は問わんが、魔法を使わねば不合格だ。ああ、魔法が使えないと案ずる必要はないぞ。特別に使いやすくしておいたでの。くく。期末試験の練習とでも思って、せいぜい頑張るがよい」


「期末試験も似たような内容なんですか?」


「おおっと、口が滑ったの。だがま、そうだの。似ていると言えば似ている。さあさあ、根音舞理や。試験はもう始まっておるぞ。ほれ、足元が冷たくなっているとは思わんか?」


「足……? あ!」


 気がつけば足元が濡れている。手で触ってみると、辺り一面水浸しになっていた。


「今はまだこの程度だが、いずれこの洞窟いっぱいに水が溜まることになる。それまでに脱出できねば……くく。後はわかるな? では、わしは先に出ておる」


 その声を最後に、アマノさんの気配が消えた。私は妖精と共に、いずれ水でいっぱいになる洞窟の中に取り残された。どこからかちょろちょろと水の流れる音がする。


「……早く出なきゃ」


 死ぬ。


「うっ……ぐぅ、あ……」


「うわああ⁉ 今度は何⁉」


 早くこの洞窟から出ねばと決意した途端、呻き声が聴こえてきた。暗闇のせいでか、普段よりも音に敏感になっている私はまた心臓をばくばくと鳴らした。


「はっ……ああ……い、や……う……ああああああ‼」


「ひゃわあああ⁉」


 呻き声を上げる何者かが私を襲ってきた。私はごつごつとした地面に倒され、何者かが覆い被さった。荒い息とさらさらとした何かが顔にかかる。


「なになになになになんなのいやあああ⁉」


〝お、落ち着きなさいよ! 目の前にあるものをよく見て!〟


「そんなことを言われても!」


 暗いし怖いし見えないし⁉


〝いいから! 目ぇかっぴらいて見るの!〟


「痛っ」


 目をかっぴらくどころか、何かが目に当たって私は逆にぎゅっと目を瞑った。


 次の瞬間。


「わ……」


 目を開けてみれば、暗闇の中にあるものが、見えた。


 淡い光で輪郭を縁取ったような、通常の視界ではありえない世界が、見える。


「何、これ……わわっ!」


 私に覆い被さる何者かが、顔面目がけて拳を振り下ろしてきた。見えるようになったから咄嗟に除けることができたものの、見えていなかったらと思うと鳥肌が立った。


(この人もしかして、彗さん⁉)


 長い髪を振り乱しているから顔が見えにくいが、巫女服を着ているから彗に違いない。


「彗さん⁉ どうしちゃったの⁉ ねえ⁉」


 彗は尚も私に攻撃を仕掛けてくる。自分が誰なのかも、私が誰なのかもわかっていないかのように取り乱している。先程飲んだ、盃に入っていた液体の影響か?


〝そうよ。その子は今、一時的に自分を見失っている状態。でもって攻撃性だけはやたら高まっているから、厄介よねぇ〟


「そんな……! ねえ妖精さん、どうすれば……うわっ……いいの⁉」


 私が妖精と会話する間も、彗は攻撃の手を止めない。幸か不幸か彗は出鱈目に拳を振り回しているだけだからなんとか避けることはできる。しかし私は依然として彗に組み敷かれたままだ。いつ当たるとも知れない。


〝あなたはどうしたいのぉ?〟


(んなこと悠長に聞いてる場合かよ!)


「うおおおおお!」


 のんびりとした妖精の口調にキレた私は、力を振り絞って彗を引き剥がし、暴れられないように今度は私が彗に跨った。


〝くすくす。やればできるじゃなぁい〟


「……うるさいなぁ。わざとでしょ、今の」


〝さあ、どうかしらぁ。くすくす。それで、次はどうするの?〟


「次……。彗さんを大人しくさせることって、できる?」


 立場を反転させたはいいが、未だに彗は暴れ、この状況から脱しようとしている。正直なところ、取り押さえているだけで精一杯だった。


〝あなたがそうしたいならすればいいわ。でも、その方法はあなたが考えてね。手伝いがほしいなら、わたしに何をしてほしいのか言ってくれれば手伝うわ〟


「……わかった。それじゃあ、縄を出して」


〝縄ぁ? このわたしに縄を出せってぇ? それよりももっといいものがあるでしょ〟


「えっ……? あ、蔓!」


〝はぁい、どうぞ〟


 まばたきもしない内に藤の蔓が現れた。


(よし。これで縛れば……)


 暴れる彗を止めることができる。そう思って私は蔓に手を伸ばした。すると……。


「うがあああああ!」


「ひゃわっ⁉」


 油断した隙をついて、彗が私を突き飛ばした。地面に強かに打ち付けられた私は、くらくらする頭で彗の姿を探した。追い打ちをかけられ気絶しようものなら、脱出の可能性がひとたまりもなくなってしまう。


〝舞理、あなた大丈夫? 気絶してる暇なんてないわよ〟


「わかっ……てる」


 私は必死に目を動かして、なんとか彗の姿を捉えることができた。彗は自分の身体を抱き締めるようにして、覚束ない足取りで歩き回っていた。その口からは、依然として呻き声が漏れている。


(さっきよりは落ち着いた……のかな?)


〝油断は禁物よぉ。あなたは知らないでしょうから特別に教えてあげるけど、その前にさっき出した蔓をしっかり持ってなさい〟


「……? うん」


 まだ頭がズキズキと痛むので、手探りで蔓を探す。踝よりも上がった水位の中でそれを探し当てた私は、さてこれで何ができるだろうかと考えながらゆっくりと立ち上がった。妖精がそうしていたように、私もこの蔓を自由自在に操れるのだろうか。


〝あなたならできるわ。だって、このわたしが力を貸してあげるんだから。自信を持ちなさい。あなたに必要なのは、自分をもっと信じる力よ。それと、奇跡もね。自分が起こす、魔法という名の奇跡を信じなさい〟


「奇跡……」


〝そう。魔法は奇跡なの。本来起こりえるはずもない奇跡。起きるはずがないと思っている人には使えない。だから、そうね。息を吸うのと同じくらい当たり前なものだと思っていれば、魔法は簡単に使えるようになるわ。……来るわよ〟


「来るって、何が……っ!」


 本能的に〝それ〟を避けると、後ろの方で何かが弾けた。ごろごろと岩が崩れる音がする。


「何、今の……」


 私は何が起きたのか確かめるために振り返ろうとしたが、妖精に待ったをかけられた。


〝よそ見している場合じゃないわよ。彗から目を離しちゃ駄目。ほら、また来るわ!〟


「っ⁉」


 彗が腕を振るうと、それに合わせて何かがこちら目掛けて飛んでくる。しゃがんで避けるとまた背後の壁で小爆発が起こる。その際冷たい何かが背中にかかった。


「これ……水?」


〝当たり。あなた知ってる? 龍って水の神様でもあるのよ。だからあの神様もそう。そして彗は、そんな神様の力を分け与えられた存在。つまり……〟


「水を操る魔法が得意ってわけね!」


 またしても弾丸のように飛んでくる水の塊を間一髪で避けた。水は高圧力で噴射すれば切断だってできてしまう代物だ。彗の操る水だって岩を砕いてしまうほどの威力を持っている。被弾だけは御免被りたい。


(……って、水に対して蔓でどう対抗しろと⁉)


 ぶつけた頭と視界は段々とはっきりしてきた。痛みが消えたわけではないが、うだうだ文句を言っている場合ではない。水かさは増している。彗は水の塊を放ってくる。岩壁に当たればごろごろと音を立てて崩れる。足元にも目の前にも、注意すべきものが沢山ある。この状況の中、蔓となけなしの魔法で対抗し、かつここから出なければならない。


 さあ、どうする。


(まずは、彗さんを捕まえる)


 腕の動きに合わせて水の塊が飛んでいるから、腕を押さえれば止まるのだろうか? わからないが、他の案を考えるよりはまず実行だ。


「妖精さん! どうすれば彗さんを捕まえられる⁉」


〝イメージするのよ。彗がその蔓に捕まっている姿を〟


「イメージ……」


 私は蔓を握りしめながら言われた通りにイメージした。一昨日の私のように、蔓にぐるぐる巻きにされた彗の姿を。


〝いいわぁ。さあ、そして信じなさい。今あなたが想像した姿を具現化させることができると!〟


「うん……! 彗さんを、捕まえて……‼」


 蔓がひとりでに動き出した。彗目掛けて一目散に腕を伸ばす。


「うぐっ⁉」


「よし!」


 蔓が彗を捉えた。腕を使えなくするように、肩からぐるぐると蔓が巻きつく。彗は脱出しようと藻掻いたが、無駄だと悟ったのか次第に大人しくなっていった。


「わ……私って、実は強い力を秘めて――」


〝気を抜いたらあの拘束すぐ緩むわよ〟


「ごめんなさい!」


「ぎゅむ……」


 気を引き締めたら彗が苦しそうな息を漏らした。


「うわあ何これ加減むっず……」


 彗を蔓でぐるぐる巻きにするけど、きつく締め上げすぎず、でも緩くもしないように……。どうしているのが正解なのか全くわからないので、とりあえず脳内で常に彗をどう縛っておくかを考えることにした。後で謝っておこう。


〝くすくす。その調子よぉ。今だけ特別に、わたしの力も使って彗を縛り上げておいてあげる。暴れられっぱなしは困るもの。さぁて、そろそろ出口に向かった方がいいんじゃなぁい? この子は止められても、水位が上がるのは止められないわよ〟


「うん、そうだね。……ねえ、彗さんは蔓を引っ張ればついてくる、かな……?」


〝あなたがそうイメージすれば、そうなるわぁ〟


「つまり、ぐるぐる巻きのまま、平行移動できると信じれば……」


〝引っ張る力だけで移動させることができるわ〟


「……なるほど」


 考えることが増えた。


 彗をぐるぐる巻きにして、でもきつすぎず、緩すぎず、引っ張るだけで平行移動。彗をぐるぐる巻きにして、でもきつすぎず、緩すぎず、引っ張るだけで平行移動……。脳内で呪詛のように何度も唱えながら出口へと歩いた。方向が合っているのか定かではないが、進むたびに水がじょぼじょぼと溢れる音が遠ざかっていくから、こっちで合っているはずだ。合っていてくれ。


「はぁ……はぁ……」


 今まで失敗続きとはいえ魔法を使ってはいたが、使い続けているとこんなにも疲れるとは思いもしなかった。これがゲームであれば、マジックポイントが毎秒消費されていることだろう。ヒットポイントまで削れているかもしれない。身体が重く感じるのは、膝上まで到達した水位のせいだけではないはずだ。


〝少し休憩したほうがいいんじゃない? このままじゃ身体が持たないわよ〟


「で、でも……そしたら、彗さんが……」


〝彗はもう大丈夫よ。少し前から気を失ったように大人しくなっているわ。あの子の中で、神様の力との折り合いをつけられたのね〟


 妖精の言う通り、確かに彗の呻き声はすっかり聴こえなくなっていた。様子を見るために近づいてみれば、規則的な呼吸音だけが聴こえてきた。眠っているのだろう。


〝少しの間だけ、わたしが彗の面倒を見ていてあげるから、あなたは休みなさい。どれだけ魔法を使い続ければ疲れるのか、どれだけ休めば魔力が回復するのかを知るのも大切なことよ〟


「うん……わかった。ありがとう」


 私は蔓から手を離し、その場にずるずると座り込んだ。身体の殆どが水に浸かったが、構うものか。


(いや、借り物だから構ったほうがいいかな……って、今更か)


 し~らないっ☆


 もう何もかもどうでもいい、とばかりに私は大きな溜息を吐いた。そうしてまた大きく息を吸う。それを何度か繰り返していく内に、疲労も幾ばくか和らいだ。頭もすっきりした気がする。


〝身体は休ませたままでいいけど、頭は働かせてもらうわよ。あなた、これからどうやってこの洞窟から抜け出す気?〟


「どうって……どうしよう」


 深呼吸を続けながら、妖精の問いについて考える。どうやってって、どうやって?


〝これはあなたの能力を、あなた自身に認識させるための試験よ。あの神様のことだから、その能力を使用しないと出られない仕組みになっていてもおかしくないわぁ〟


「まじかぁ……」


 こんな大変な目に遭ったのに、未だに私自身の能力というものが何なのかさっぱりわかっていない。せめてヒントくらい教えてくれてもいいのに、と心の中でアマノさんに悪態をついた。


〝……ヒントは、教えていないわけでもないわよ〟


「え……?」


 妖精が私の膝に乗り、小さな瞳で見上げてきた。


〝この試験中に限り、わたしはあなたの指示がないと動かない。つまり、指示があればその通りに動くってことね。さっき実践した通り、蔓もあなたの指示通りに動くわ。この二つは理解した?〟


「う、うん……」


〝彗の能力なんだけど、あの子が放った水の塊は、岩を砕いたわよね。あれ、出口を塞いでいる岩にも有効なんじゃないかしら〟


「え? うん、そうだね。でも、今は彗さんこんな状態だし……」


〝あなたの言うことを聞かせることができれば、どうかしらぁ?〟


「言うことを、聞かせる……?」


 私が眉根を寄せると、妖精はいたずらっぽく笑った。


〝操るのよ〟

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