第21話 儀式

「説明と言っても、大したものではない。おぬしらはほとんどそこに座っておるだけだからの。座って、盃の中のものを飲み干すだけだ。ああ、でも舞理にまで同じことをさせるのはいかんのだったか」


「どうしてですか?」


 アマノさんは困ったように唸ってから、話を続けた。


「一昨日、彗がこの儀式について何と言っていたか、覚えておるか?」


「確か……アマノさんの魔力をこの身に宿すんでしたっけ」


「ああ、その通り。〝龍神彗〟という存在は特別製だから心配は無いのだが、おぬしは普通の人間だ。わしの魔力をほんの少し移しただけでも、おぬしにとっては絶大な魔力量を突然宿すことになりかねん」


「そうなると、どうなるんですか?」


「最悪死ぬ」


 一瞬息が止まった。そんな私の反応を見たアマノさんが、喉の奥でくつくつと笑った。


「まあ、これは最悪の場合の話だ。良い方向に転がれば、出鱈目な魔法しか使えないというおぬしでも、ちゃんと呪文を唱えた通りの魔法が使えるようになるであろう。……だが、それではつまらん。大いにつまらん。そう思わぬか?」


「え……? いえ、それでいいと思いますけど……ねえ、彗さん」


 なんとなくアマノさんの様子が怖くて、隣の彗に助けを求めた。彗はまっすぐアマノさんを見つめながら言う。


「そうですね。わたくしが調べていたのは、舞理さんを普通の魔法使いにするためではありませんから」


「えーっと……どういうこと?」


 ゆっくりとこちらを向いた彗が、私の瞳を捉えた。


「あなたは恐らく、普通の魔法を使うのが不向きなタイプです。一点特化型、とでも言いましょうか。何かしらの特異な能力に秀でている……であろうタイプです」


「あー、前にも先生に特化型の問題児だって言われたよ」


「そうでしたか。それなら話が早くて助かります。今回あなたを呼んだのは、その特化した能力を引き出すためです。しかしそれは引き出そうと思って簡単に出せるものではありませんので、経験者であるうちの神様に協力していただこう、というわけです」


「うむ。いやはや、歳を取りすぎると昔のことをさっぱり忘れてしまうからいかんの。実はわし、遠いむか~しにも、おぬしのような人間に秘められた力を引き出したことがあるそうなんだ。だから物は試しだ。おぬしの力も引き出してしんぜよう」


「はあ……。ありがとうございます」


 突然そんなことを言われても、全く実感がないせいで気の抜けた返事になってしまった。


「だが、先程も言ったようにおぬしはそこに座っておるだけでよい。おぬしの力を引き出すのはわしの仕事だからの。まあ、まずは彗からいくか」


「はい。かしこまりました」


「かしこまらずともよいと言っておろうに」


 綺麗なお辞儀をする彗に対しそう言い残し、アマノさんは暗闇へと消えた。静かになった洞窟内に、また水の跳ねる音が響いた。


 光の中に戻ってきたアマノさんの手には、古びた盃が乗っていた。中に入っている液体は、灯りに反射して赤黒い光を放っている。何が入っているのだろう。


 盃を受け取った彗は、その液体を静かに口に含んだ。一口飲む毎に、喉が小さく上下する。その様子をアマノさんは微笑をたたえながら見守っていた。最後の一口を飲み干すと彗が咳き込んだ。


「けほっ……。いつものことですが、大変不味いですね。……うっ」


「だ、大丈夫⁉」


 彗が胸を押さえながら苦しみ出した。私はせめて背中をさするくらいはしたいと思ったのだが、アマノさんがそれを制した。


「案ずるでない。こやつの中で、わしの力が暴れておるだけだ。そしてその力を制してこそ、こやつはより強い力を得ることができる。そういうものなのだ、〝龍神彗〟は。……さて、次はおぬしの番だの」


 アマノさんが私に近づき、顎を掴んできた。薄緑の瞳が私の奥底を覗いてくる。私は反射的に身体を強張らせた。


「くく。怖がる必要はないぞ。怯える乙女の姿もいものだが、怖がられるのは本意でない。……ふむ。ほう。なるほど」


 私の何を探っているのか知らないが、アマノさんは一人で納得したような声を出す。


「あやつがおぬしをあの学校に入れたのも納得だの。うむ。わかったぞ、おぬしの力」


「それって、どんな力なんですか?」


 私は恐る恐る尋ねたが、アマノさんは笑うだけで何も教えてはくれなかった。


「教えてやってもよいのだが、簡単に教えてしまうのもつまらん。楽しみは後に取っておく趣味での。くく。わしの楽しみのために、おぬしには少し……危機に陥ってもらおう」


「……は?」


 突然辺りが真っ暗になった。

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