第20話 洞窟の奥へ
時は過ぎ、龍神神社の儀式の日がやってきた。
朝の六時には神社にいるよう言われた私は、早起きして眠い目を擦りながら山道を登った。念のためだと言って栗枝先生が付き添い、面白そうだからと未琉と天も勝手についてきた。入学式の日はこの先上手くやっていけるか自信がなかったが、一ヶ月も経ってみれば、意外と仲の良いクラスになっている気がする。
神社に到着すると、鳥居の下では彗に似た女の人が私達を待ち構えていた。母親だという彼女は、彗は準備で手が離せないから、と私を迎えに来てくれたそう。ただ他に三人もついてくるとは思っておらず、若干迷惑そうな眼差しを向けていた。なるほど彗のあの性格は母親譲りか。
連れの三人とは強制的に離れ離れになり、社務所内の一室に通された私は巫女服に着替えさせられた。テキパキと着付けから化粧までやってのける彗の母親の手際の良さは、まさに職人技だった。
その後は本殿に連れていかれると思ったのだが、私の前を歩く彗の母親は本殿を素通りし、更に奥へと進んでいった。一体この神社の奥に何があるのかとあれこれ考えながら後をついていく。青々とした葉が茂る雑木林を通り、神隠しにでも遭いそうだとぼんやり思っていると、雑木林を抜けたところで大きな洞窟を見つけた。
「この奥にお入りください」
洞窟の前で立ち止まり、彗の母親がそう言った。この奥に、彗とアマノさんが待っているのだろう。
(暗いな……)
奥を覗いても、真っ暗で先が見えない。ちょっと怖い。
「あの、一人で、ですか? 懐中電灯とかありませんか?」
「懐中電灯? そんなものなくても魔法を使えば……ああ。あなたは魔法が使えないんでしたね」
彗の母親はそう言うと、着物の袖で口元を隠しながら静かに笑った。物凄く馬鹿にされている。
「まっすぐ進めばいいだけですので、壁に手を添えながら進めばよろしいでしょう」
(そうじゃなくて、暗いの怖いんだよなぁ……)
しかしここでまた何か言っても馬鹿にされるだけだろう。私は仕方なく「わかりました」と頷いて洞窟の中に入った。
とりあえず言われた通りに、壁伝いに歩く。十メートル程歩いたところで、「ごきげんよう」という声が聴こえると共に入口でがたがたと音が鳴った。
「えっ⁉」
思わず振り返ると、入口が岩で塞がれていくのが見えた。だがそれも一瞬だけのこと。すぐに入口が完全に塞がれ、洞窟内は真っ暗になった。
「嘘でしょ……」
これで奥に進んでも誰も待っていなかったら、完全に死を覚悟することになるだろう。私は恐怖で身を竦ませた。暗い。怖い。冷たい。寂しい。それでも奥に彗とアマノさんがいると信じて、私は手探りで奥に進んだ。
真っ暗闇の中を一人で進んでいるからか、時間の感覚がわからなくなる。どのくらい進んだのかもわからない。一秒が一分くらいに感じられるし、一メートル進んだだけだとしても十メートルは進んだような心持ちだ。とにかくそのくらい不安な気持ちでいっぱいだった。山の中だし、もし熊でも隠れていたらどうしようという心配もある。
暫くの間、聴こえてくるものは自分の呼吸と、バクバク鳴っている心臓の音と、足音くらいだった。だから不意にぴちゃんと水の跳ねるような音が聴こえてきた時には、私もびっくりして跳ね上がった。
「わひぃっ⁉」
「……やっと来ましたか、舞理さん」
「この声……彗さん?」
暗闇の奥から、彗の声が聴こえてきた。よかった。ちゃんとここにいたんだ。
「ええ。わたくしです」
その時ふっと小さな灯りが見えた。小さくとも今の私には眩しくて目を細めたが、段々と慣れてくると、その灯りの傍に彗の姿も見えた。私は安堵してそこまで歩いてゆく。
「随分遅かったですね」
「ご、ごめん……。だって、暗くって……」
「暗くとも魔法を使えば……ああ、そうでしたね。……では、まさか、この暗闇の中を明かりも無しに進んできたのですか?」
「うん」
「……よく頑張りましたね」
小さな灯りに照らされた彗の顔は、どこか感心しているようにも見えた。もしかして、褒められた?
「わたくしも、暗闇は苦手です」
「うむうむ。おぬしは今回もわしと手を繋いでここまで来たからの」
「あ……アマノさん」
暗闇の中から、雅やかな格好をしたアマノさんが現れた。一昨日の派手さとは違う上品な姿に、私は思わず見とれてしまった。
「くく。若い
「馬鹿なことを言わないでください。舌を切りますよ」
「おお、今日も彗がわしに厳しい」
彗の言葉にしくしくと嘘泣きをするアマノさん。二人のやり取りを見ていたら、先程までの恐怖心がだいぶ薄らいできた。
「さて、茶番はここまでとして、早速始めるかの。いつもはわしと彗の二人だけだからテキトーに始めてテキトーに終わらせるが、今回は根音舞理、おぬしもいるからの。簡単に説明だけでもしておこう」
まあ座れ、とアマノさんが言うので、私達は灯りの周りに座った。今気がついたが、この灯りは蝋燭や懐中電灯でも何でもなく、魔法で生み出された光の玉だった。これを生み出すことができれば、暗闇の中でも怖がることなく進むことができるのか。
(でもさっきアマノさんが手を繋いで来たって言ってたな)
「……何故にやけながらこちらを見るのですか」
「え? べ、別ににやけてなんかないよ」
「いいえ、にやけていました」
「なるほどのぉ。彗もモテるようになったか……」
「しみじみと変なことを言わないでください!」
ほら、早く説明を始めてください、と彗がせかし、アマノさんはそんな彗をなだめながら説明を始めた。
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