第18話 アマノさん

「やべぇ……あたし、神様にタメ口きいちまったぜ……」


 流石に不味いことをした自覚しかないのか、顔面蒼白にしながらあめは口元を拭った。そんなあめの様子を見て、アマノさんはまた高笑いをする。


「あ~っはっはっは! おぬしは元気があっていいのう! くく。飴が美味かったのであればもっとくれてやろう。ほれほれ、たんとやるから争うでないぞ~」


「あだっ」


「いたたっ」


「うっ……」


 比喩でも何でもなく飴の雨が降ってきた。咄嗟に反応できなかった私、あめ、未琉の三人は、頭や背中に霰のように降る飴の攻撃を受けた。栗枝先生はうんざりした顔をしながら魔法で飴の猛攻を受け流している。あの顔は恐らく、アマノさんのことをよく知っている顔だ。


 彗のいるところにだけ飴が降っていないのは、そこだけ降らせていないのか、彗が魔法でかわしているのか。理由はともかく、無事な彗が耐えかねたようにアマノさんに立ち向かった。


「もう……やめてください! この恥知らず!」


「あふっ!」


(うわぁ……痛そう……)


 彗がアマノさんの股間に勢いよく膝を打ち込んだ。すると同時に飴の雨は止み、痛みに打ち震えるのは私達ではなくアマノさんの番となった。


「す、彗や……。前にも言ったであろう。いくら神といえども、人の姿をしていれば急所は人と同じだと……」


 股間を押さえながら床に蹲り、みっともない声を出すアマノさん。しかし当の彗はどこ吹く風と知らん顔をしている。


「ぐすん……彗の反抗期がまだ終わっていない……」


 たぶんそれまだ続きますよ。


 アマノさんをガン無視した彗は、こちらを向いて謝罪をした。


「みなさま、うちの神様がご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。本人には後ほどよぉく言って聞かせますので、ここはどうぞ矛を収めてくださいますようお願い申し上げます」


 笑顔の裏に巨大な怒りの感情を滲ませながら、深々と頭を下げる彗。飴を降らせただけでここまでするのは大袈裟すぎる気がするが、同級生の前で身内(?)の恥を晒してしまったと考えれば納得もいく。私はフォローを入れるように彗をなだめた。


「大丈夫だよ彗さん。飴はちょっと痛かったけど、怪我したわけでもないし」


「怪我をしなかったから大丈夫、という話ではございません、舞理さん。いいですか。このお方は、人々から崇められる存在です。それなのに、あろうことか、無意味に人に危害を加えるなど、あってはならないことなのです。そのようなことは、他者がおっさん呼びするよりも、遥かに威厳が廃れる行為だとは思いませんか」


「う、うん……そうだね……」


 彗は喋っている間に、足元にいるアマノさんを何度も何度も踏みつけていた。そのたびにアマノさんは何度も何度も呻き声を出していた。しかも何故か嬉しそうに。見聞きしてはいけない何かを目撃してしまった私は、適当な返事をしてから未琉に助けを求めた。


「日本の魔法界では神様を足蹴にするのってよくあることなの?」


『よくないこと』


「……だよね」


 未琉も非常に困惑した顔をしていたので、それ以上の質問は控えた。


「な、なあ……おっさん呼びしたことは謝るし、飴もこんなに貰えてラッキーだな~って思ってるからよ、その……そこまでしなくてもいいんじゃねぇのか?」


 流石のあめもうろたえて、遠回しに彗の行動に待ったをかけた。すると彗はやっと足の動きを止めたが、その足はアマノさんの脇腹を踏んづけたままである。私は恍惚とした笑みを浮かべるアマノさんをなるべく視界に入れないようにした。威厳って、なんだろうな。


あめさん、見ず知らずの男性から貰った食べ物を無暗に口に含むのはおすすめしませんよ。もしかしたら毒が入っているかもしれません。後ほど浄化の魔法をかけてさしあげますね。それから、今降ってきた飴は全て回収します」


「ええ? でもそれはもったいねぇ……いや、そうだな。何入ってるかわかんねぇもんな」


 有無を言わさぬ彗の笑顔に気圧されてあめはぶんぶんと頭を縦に振り、代わりに先生に助けを求めた。


「なぁ先生。生徒の非行を止めるのが先生の役割ってもんじゃねぇのか?」


「あー、すまねぇな。今日は教師業休みなんだよ」


 先生は目を逸らしながら適当な返事をした。この事態に関わりたくないという強い意志を感じる。


「だが、このままじゃ埒が明かねぇからしかたねぇ。龍神たつかみ


「はい。なんでしょうか、栗枝先生」


「そういうことするなら、首輪と鎖があったほうが様になるぜ」


 私と未琉とあめがずっこけた。

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