第17話 神様

 その後、私達は未琉とあめと合流し、社務所でおやつをいただいた。お抹茶の苦味とお饅頭の甘味のバランスが最高で、疲れた心身の隅々にまでエネルギーが行き渡るのを感じる。


 身体を動かした後の女子高生達におやつを与えれば、そこに会話の花が咲くのは必定と言えよう。未琉が私に『蔓をあんなに沢山採ってきて、籠でも作る気?』と訊いてきたのを発端に、私達はそれぞれ何をしていたのかを話題に上げた。私はもちろん、妖精を幻覚や幻聴の類いだと勘違いした部分は省いて先程起きたことを説明した。


『魔法を使っても失敗することを敢えて戦闘に生かす、というのは機転が利いてる。なかなか冴えてる』


「えへへ。ありがとう、未琉。褒められると嬉し——」


『でもちゃんと呪文を唱えた通りの魔法が使えるようになるのが望ましい。いちいち失敗例を覚えておかないといけないのは、脳のリソースの無駄遣い』


「う……頑張ります」


 しっかりと釘を刺された。


 未琉は調合に使えそうな植物を沢山収穫できた、とご満悦の様子。小さな口いっぱいにお饅頭をつめながら、意気揚々とタブレット端末に指を走らせる。


『ここは珍しい植物や、魔力を沢山吸収した植物が多い。元々の魔力量が多ければ、同じレシピで魔法薬を調合しても完成度は桁違い。調合するのが楽しみ』


「お褒めいただき光栄です」


 自分の家の土地だからか、彗も得意気な顔をした。自生している植物の話だから、懇切丁寧に世話をしているわけでもなかろうに。


「舞理さん、何か失礼なことをおっしゃいましたか?」


「いいえ何も喋ってはいませんが⁉」


「そう。喋っては、ね」


 何やら圧の強い笑みが彗から向けられてきた。不必要に妙な考えを起こすだけでも命取りになりそうだ。


 未琉と彗の二人が植物談議に花を——話の内容は茎や根っこ、種などが花よりも多かった——咲かせていると、突然あめが「あ!」と声を上げた。


「そういえば、お前がどっか行ってから変なおっさんが出てきたぜ。掃除頑張って偉いな~つって飴貰った。あれお前の親父さんか?」


「は……? 待ってください。あなたはわたくしがあの場を離れた後も、本殿にいましたか?」


「おう。だって勝手にどっか行くなっつったのお前じゃねぇか」


「でしたら、その方は着物を着ていらっしゃいましたか?」


「ああ、着物だったな。男の着物姿ってあんまり見ねーけど、案外かっこいいもんだな!」


 あめが質問に答えるたびに、彗が眉間に皺を寄せていく。父親が自分の同級生に飴をあげた、なんて話は確かにちょっと恥ずかしいかもしれない。だがそれにしても彗の様子はただ恥ずかしがっているだけにも見えない。むしろ、怒っているような……。


「……発言を、撤回してください」


「はあ?」


「変なおっさん、という発言を、撤回してください。もし本人が聞いていたら——」


「聞いておったぞ~!」


 ずぱんっ! と勢いよく襖が開かれ、龍の姿が描かれた派手な着物を着た男性が現れた。白髪、というよりも銀髪といった方がよさそうな長髪が派手さを倍増させている。襖が開かれた時の大きな音にも、衣服や髪の派手さにも驚いたが、何よりも驚いたのは他でもない。


 頭から生えている、二本の角だ。


「皆の衆、今日はご苦労であったな~。だがおっさんとは酷いのぉ。わしの威厳が廃れる……しくしく……」


 謎の男性はいじけたように嘘泣きを始めた。なんなんだ、このおじさん……いや、お兄さん……? 髪色のせいか、それともやたらと圧倒される雰囲気のせいか、どうも年齢が判断しにくい。


「あ、おっさん。さっきは飴ありがとな。美味しかったぜ」


「そうかそうか。それはよかった。だがなぁ、今しがたおっさん呼びはやめてほしいと遠回しに言ったばかりなんだなぁ。いやしかし、これは名乗っていないわしのせいでもある」


 謎の男性は、今度は快活な笑い声を上げた。視界の端で彗が頭を抱えている。本人が言う前に何となく正体がわかった私は、心の中で彗に慰めの言葉を送った。


 ひとしきり笑い終わった男性が、咳払いを一つしてにこやかに挨拶をした。


「わしはこの神社で祀られている神、アマノオオタツカミである。気軽にアマノさんとでも呼ぶがいい」


 あめが飲みかけたお抹茶を勢いよく吹き出した。

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