第15話 VS藤の妖精
「つまり、あなたはこの藤の木の妖精で、実在する存在で、私の幻覚ではない、と」
〝そう言ったでしょ〟
何故か、妖精の目の前で正座をさせられている私。これまた何故か、藤の蔓で身体を縛られている。物理的なキツさは無いものの、この不可思議な状況に精神的なキツさがある。
「で、その妖精さんが私に何の用でしょうか」
〝くすくす。決まっているでしょう〟
わからないから訊いているんですが。
〝あなたはわたしが欲しいのよね? だから、あなたに会いに来たの〟
「……いや、私が欲しいのは妖精さんではなく木の枝で」
〝木はわたし。わたしは木。この木の枝葉に至るまで、わたしの一部なの。……くすくす。痛かったわぁ。あなたが枝をがりがりと傷つけるものだから〟
「う……」
木の枝を切り落とすことに罪悪感がこれっぽっちもなかったわけではない。木の妖精を名乗るものから非難めいたことを言われると、ぐりぐりと傷が深掘りされる。
〝くすくす。だからねぇ、あなたがこの木の枝で杖を作るのはいいんだけど……その前に。あなたを試したいの〟
「……っ⁉」
妖精が嗤うと、蔓の締めつけが強くなった。ぎりぎりと身体に食い込んでくる。
「え、な、何……痛っ……」
〝あなたはどこまで耐えられるかしらぁ。いい? 魔法の世界に身を置くっていうのはね、こういうことなの。突然誰かから、人ではない何かから魔法の攻撃を喰らう。そんな時に頼れるのは自分の繰り出す魔法。周りに味方がいれば助けてくれるかもしれないけど……。でも、今はあなた一人よね? さあ、あなたならどうする?〟
妖精がそう言っている間にも、蔓の力はどんどん強くなっていく。痛い。痛みで思考がまともに働かない。
「だ、誰……か……もごっ」
〝あらぁ。口まで縛られちゃった〟
猿ぐつわでも噛ませるように蔓が口を塞ぐ。花が口の中に入ってくる。藤の花を口に含んでも大丈夫なものなのか考える余裕がない。
(痛い痛い痛い痛い痛い怖い痛い痛い怖い誰か助けて怖い痛い怖い怖い痛い嫌だ怖い痛い)
喋ることはできない。助けは呼べない。一人でどうにかしなきゃ。でもどうやって。魔法は使えない。呪文を唱えても失敗するだけ……。
(いや、違う。失敗だろうが、何かしらの変化は生じる——!)
私は今までに先生から教わった呪文と、その呪文を唱えた時に何が起きたかを必死で思い出した。今の状態を改善できそうな変化をもたらす魔法は何だったか。呪文を正確に口に出せないことはどうでもいい。初めて魔法を教えてもらった時、先生は杖を使用することと同様に、呪文を唱えることも一種の暗示だと言っていた。つまり、絶対に必要というわけではない。魔法を使うのだ、という意志こそが最も大切——!
「
変身術を使う、という強い意志を持って叫んだら、途端に泥に変わった花が喉の奥へと流れ込んできた。何度か咳き込んでもまだ口の中にざらざらとした感覚が残っていたが、これでなんとか口は自由になった。身体の拘束は解けていないが、まずは一歩前進だ。
〝へえ……。なんにもできない、ってわけじゃないのねぇ。なら、これはどうかしら〟
「うわあっ⁉」
今度は急に身体が持ち上げられた。と思ったら地面にぶつかりそうになるギリギリまで急降下。そしてまた急上昇。その繰り返しで怖いやらキモチワルイやら。
〝くすくす。さあ、どうするのぉ?〟
そんな妖精の声も耳を素通りしていくくらいには吐きそうという気持ちが勝っていた。
(も、もう……むり……)
「おえぇ……」
〝きゃああああ⁉ ちょっと⁉ わたしに吐かないでよね⁉〟
私が嘔吐しかけると急に蔓の動きが止まり、それがきっかけとなって胃の中のものを全て吐き出した。
〝吐かないでって言ったのに‼〟
「うえぇ……じゃあ、こんな、おぇ……動き……」
うう……色んなものがくらくらぐらぐらゆらゆらする……キモチワルイ……。
〝くっ……これじゃあわたしが悪いみたいじゃない〟
ことの九割くらいはそうとしか思えませんが?
〝まあいいわ。仕切り直しといきましょう〟
またふわりと身体が持ち上げられた。今度はゆっくりとだが、途中で止まり、私は宙吊りの状態になった。高さは……だいたい建物一階分、といったところか。ここで魔法を使って拘束を解いたとしても、そのまま落ちてしまえば傷を負うことは確定だ。
〝そうね。その通りよ。くすくす。さぁて、あなたは無事に地上に降りられるかしら〟
妖精が私の眼前で底意地悪そうに嗤う。何か言い返してやりたいが、言い返せるだけの気力がなかった。助けを呼ぶために叫ぶのも難しそうだ。
(拘束はさっきよりはキツくない。今は少し休んで、もうちょっと元気が出てきたら助けを呼ぶ? でも、そもそも姿が見当たらないから、叫んでも聴こえないかも……)
全身揺さぶられて疲弊したためか、思考もだいぶ後ろ向きになってしまった。とは言え休息は欲しい。ついでに水も欲しい。口内がだいぶ気持ち悪い状態だから口をゆすぎたい。
(そうだ。火を出そうとしたら水が出たから、火を出してみよう)
「火よ」
目の前に出現した水がたちまち地面に落ちた。
〝……今のは何がしたかったの? いや、あなたの心は読めるから水を出そうと思った理由はわかるんだけど、飲めもしない場所に出して何がしたかったの?〟
完全に無駄で終わった私の行動に、妖精も可哀想な人を見る目で問いかけてきた。
「……座標まで、考えていませんでした」
今度は上を向いて火を出す呪文を唱えたら、顔面に大量の水を浴びる結果となった。口の中にも多少は入ったが、咽るだけでゆすげなかった。
「…………はあ」
もう何もかも面倒だ。何もする気が起きない。
〝ちょっと、元気出しなさいよ。張り合いがなくなっちゃうじゃない〟
「そっちが勝手に張り合ってるだけじゃん……はあ」
風が涼しいな~。
〝ああもう……あなたねぇ、それでいいの? これじゃあいつまで経っても——〟
「いつまで経っても、あなたは相変わらずですね」
「え……?」
突然背後から声がした。少ない気力を振り絞って首だけそちらに回すと、視界の端になんとか彗の姿を捉えることができた。えーっと、ここ、空中なんですが?
〝あらぁ、彗じゃなぁい。くすくす。珍しくわたしに頼みごとをするかと思ったら、これまた珍しく他人の心配までしているのね〟
「あなたには関係のないことです。舞理さん、大丈夫ですか」
「いえ、全然」
「でしょうね。すぐに先生も来ますのでそれまで拘束はこのままにしますが、一旦地面に降ろします」
「え、あの、できれば拘束も解いて……」
「長時間圧迫されていたのでなければ心配する必要もないでしょうが、圧迫された状態でいると血液に悪影響が起こり、その血液が全身に流れると最悪死にますよ」
「ごめんなさいこのままで大丈夫です」
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