第14話 藤の妖精

 昼食の支度ができたところで、境内の掃除は終了となった。いっぱいになったゴミ袋をゴミ捨て場に置き、私達は手水舎で手を洗ってから社務所に入った。……手水舎って普通に手を洗うために使ってもいいんだ?


 通された部屋には既に御膳が並んでいた。精進料理でも出されるのかと思ったが、普通に肉や魚も並んでいる。あれは仏教の方だったっけ。


 ご飯はお櫃から各自好きなだけ盛り付けていい、とのことだったので、私は気持ち多めによそった。軽い山登りに掃き掃除をしてお腹がぺこぺこだったのだ。あめは今朝食べていたご飯の倍の量をお茶碗に盛っていた。あれだけ食べて、よく太らないものである。反対に未琉はお茶碗の半分程度しかよそっていなかった。これはこれで足りるのか心配になる。


 みんなで「いただきます」をして食事が始まった。最近は寮や学校の食堂で自分が食べたいと思うものを食べていたから、こうしてみんなで同じ料理を食べるのは久し振りだった。家での食事や小中学校の給食の時間を彷彿とさせ、懐かしい気分になる。


 食事中は意外にも穏やかな空気が漂っていた。一番うるさいあめが食べることに集中していたからだろう。代わりに栗枝先生が各人に「学校生活には慣れたか?」「これから挑戦してみたいことはあるか?」といった具合に話題を振っていた。見た目は子供だが、先生なだけあってクラス全員のことを気にかけているようだ。


 全員が食べ終わり一息つくと、ようやく当初の予定の話になった。つまり、杖や実験の材料探しのことである。正直なところ、彗がその話を切り出すまで忘れかけていた。


 初めてここへ来たときと同じように彗から龍の鱗でできたナイフを受け取り、念のためと再度注意事項を聞いた。材料を欲しているのは私と未琉だけなので、あめはまた掃除に駆り出された。何でも近々儀式が行われるらしく、その前に境内を綺麗にさせるために掃除要員を欲していたのだそう。嫌がるあめを「おやつも出しますから」と食べ物で釣って彗は本殿へと向かった。おやつが出るならやってやるか、と見事に釣られているあたり、あめは案外チョロいのかもしれない。


 私、未琉、先生の三人での材料探しが始まった。とは言え私の欲しいものは決まっているので、私は一人で藤の木のある場所まで行き、未琉と先生の二人は散策しながらの材料探しとなった。


 約一ヶ月前の記憶を頼りに藤までの道のりを歩む。似たような景色が続くので、こっちで合っていただろうかと途中不安に駆られた。しかしふとした瞬間に薄紫色の塊が目に飛び込んできたので、ほっと胸をなでおろした。藤の花が咲いている。


 丁度見頃を迎えている藤の花は、風に吹かれてさらさらと揺れていた。その堂々たる佇まいは、まるで私を待ち受けていたかのようにも感じられた。


(きれい……)


 この藤の木は、まるでそこだけが別世界であるような、一種の異様さも持ち合わせていた。魔法の世界に身を置き早一ヶ月。未だに魔法は上手く使えていないが、それでも魔力とでも呼ぶような、不思議な何かが宿っているものは何となく感じられるようになってきた。この木もそれを宿している。この場にある、他の何よりも、強く。


 私は吸い寄せられるように木に近づいた。ねじれた幹にそっと手を添えると、くすぐったそうに幹が身をよじらせた。


「……ん?」


 目の錯覚か?


 目を瞑って三秒数え、また目を開く。もう一度幹を触ってみたが、今度は動かなかった。やはり見間違いだったか。


〝見間違いじゃないわぁ……くすくす〟


「えっ⁉ ……え、何」


 どこからか声がしたような気がして辺りをきょろきょろと見回したが、人の姿は見当たらない。


〝くすくす……。この近くにあなた以外の人間はいないわよぉ〟


「何⁉ 誰⁉」


 幽霊⁉ 怖いよお‼


〝幽霊じゃないわよ失礼ね!〟


「ごめんなさい!」


 謎の声に叱られて反射的に謝ってしまった。一体何なんだこの声は。


(え、もしかして私何か飲んじゃいけないお薬飲んじゃって幻聴が聴こえるようになっちゃった……?)


〝まったく。少しは落ち着きなさいな〟


「あたっ」


 突風が吹いたわけでもないのに藤の花が私にデコピンしてきた。……いや、違う。これは、藤の花の妖精だ。


〝くすくす。初めまして、根音舞理〟


「え? えっと……はじ、め……まして?」


 私の目の前に現れたのは、手のひらサイズの妖精としか形容できない存在だった。藤の花の帽子を被り、藤の花を模したようなドレスを身に纏っている。先にこの姿を見ていれば可愛らしいと思ったろうが、神経を逆なでするような声を先に聴いてしまったがために危険性を感じる。


〝くすくす。だいせいかぁい! わたしはこの藤の木の妖精。名前は……まぁ、好きに呼べばいいわぁ〟


 くすくすと笑いながら、妖精は私の周りを飛び回る。妖精が右へ左へと飛ぶのに合わせて私も首を動かしていたが、面倒になってきたのですぐにやめた。


〝あらざんねぇん。あなたがそうやってちょこまか動く姿が面白いのに〟


「いや、あの……」


 どちらかというと、妖精の方がちょこまか動いているような……。


(いやいや待て待て。そもそもこれは現実か? 妖精だってファンタジー側の存在だけど、この一ヶ月間一度も見なかったじゃん。しかもこの妖精、何故か私の心を読んでいるような気がするし……。もしやこれは……幻覚⁉)


 やっぱり変な薬飲んじゃった⁉


「いたっ」


 またデコピンを喰らった。


〝今あなたが見て、聴いているものは、ちゃあんと現実よ。変な薬なんか飲んでいないわぁ。それはわたしが保証する〟


「はぁ……。えと、あの、私は、あれ? 待って。本当にこれ妖精……? 私の何かの反応が陽性とかじゃなくて、マジマジのマジで妖精が見えて、会話……?」


 本当にこれが現実? 妖精とのファーストコンタクトがこんな現実? え? もうちょっとこう、何か、ドラマチックな感じではなく? せめて私服じゃなくて制服着てる時に


〝一旦頭を冷やして落ち着きなさいな〟


「いたたっ」


 二度あることは、三度ある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る