第13話 神社の清掃

 未琉、あめ、栗枝先生の三人は本殿周辺の草むしり。竹箒を押し付けられた私は、彗と共に参道の落ち葉を集めることとなった。巫女装束に身を包み竹箒をしずしずと動かす彗の姿は、とても神聖なものとして私の目に映った。失敗ばかりで落ち込み気味の私の心が段々と癒されていく。


「……舞理さん。わたくしばかり見ていないで、手を動かしてください」


「あ、ごめん」


 注意を受け、私も慌てて箒を動かした。神聖な空気をその身に纏う彗と、何の変哲もないTシャツとジーパン姿の私。嗚呼、同い年だというのに、生まれ育った環境の違いとは現状にこうも差をつけるものなのか。


(うう……また自信なくなってきたな)


 憧れていた魔法の世界。これがフィクションであれば実は私の両親は魔法使いだったとか、秘めた力を持っているだとか、ひょんなことから最強の力を手に入れるだとか、そういった展開があるのだろう。しかし現実は全くもってそうではない。両親は普通の会社員だし、秘めた力は……まだわかんないけど、最強の力を手に入れるなんてことはありえなさそう。憧れは現実から壁を百枚隔てたところで燦然と輝くだけで、私に何一つ力も奇跡も与えてくれやしない。


 暫くは遠くから聴こえてくる鳥の声やあめの喚き声をBGMに落ち葉を集めていた。一見するとそんなに落ち葉は無いように感じるが、一度集め出すとこんもりと山ができるほどになった。


「ねえ、彗さんっていつもこういうことしてるの?」


 集めた落ち葉をゴミ袋に入れながら、私は彗に訊いた。


「ええ。今日は落ち葉を集めよう、今日は本殿の雑巾がけをしよう、といった具合に、日毎に一つだけやることを決めて行っています」


「へえ。偉いね」


「偉いだなんて、とんでもございません。やらなくてはならないから、仕方なくやっているだけです。舞理さんだって、ゴミ屋敷には住みたくないでしょう?」


「ああ……うん」


 私は軽率に偉いだなんて言ったことを後悔した。ゴミや埃や、その隙間に潜んでいる虫と共に暮らすのは誰だって御免被る。実家にいた頃はせいぜいが自分の使った食器を洗うだとか、自分の部屋をちょこっと掃除する程度だった。それでも綺麗な環境で過ごせていたのは、母親があらゆる家事を行っていたからである。やらなければ、生活ができないから。


(彗さんはこれを毎日……たぶんもっと小さい頃からやってたんだろうな……)


 改めて育ちの違いを感じ、自分が情けなくなってきた。親におんぶにだっこでのうのうと暮らし、それでいて家出をするようにこっちへ来たのだ。とんだ親不孝者である。


「……何か、勘違いされているかもしれませんが」


「?」


 落ち葉をゴミ袋に入れ終えると、彗が目を据わらせて言った。


「今はあなたに合わせて魔法を使わずに掃除をしているだけで、一人であれば魔法でさっさと終わらせます」


「……そう、なんだ」


(これも生まれの違いってやつかぁ……)


 言われてみれば、魔法が使えるのに一切魔法を使わずに掃除するなんて非効率なことしないよなぁ……。


「あ、でも私が初めてここに来た時は、手を動かして掃除してたよね?」


「初めて……ああ、入学式の翌日の。確かにわたくしは魔法でさっさと終わらせると言いましたが、まだまだ修行中の身。神社はこのように敷地が広いので、魔法を使っても終わるまでに時間がかかります。ですから魔法で掃除をしながら、自分でも掃除をしているのです。今のところその方法が一番効率的なんですよ。……非常に面倒ですが」


 そう言って彗は口を尖らせた。なんとなく、彼女は愚痴を言わなさそうだと思っていた。しかし実際に目の前にいる彼女は、不服そうに「非常に面倒」だと言った。それがなんとなく、面白かった。


「……何故そこで笑うんですか」


「え? あ、ごめん。笑うつもりじゃなかったんだけど……何て言うか、彗さんも人間なんだな、って思って」


「わたくしを何だと思っていたんですか」


 これもまた不満げに言う。ああ、勝手に神聖視していたけれど、彼女も案外普通の女子高生なのだ。


「フィクションにしかいなさそうな巫女さん」


 正直に答えたら箒で小突かれた。

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