第6話 初めての学食、初めての友達
初めての学食は、先程実験室にいた四人と共にとることとなった。寮の食堂では一人でもそもそと食べていたから、複数人で食卓を囲むのは久し振りだった。今朝教室にいた時点では未琉からは嫌悪感むき出しの感情をぶつけられていた気がするが、実験室で私が爆発を起こしたことで仲間認定したのか、態度は幾分和らいでいた。他三人はⅡ科の先輩であり、この学校での生活や今まで行った実験のことなんかを教えてくれた。私には話の半分も理解できなかったが、それでもこれから来るであろう魔法が使える未来をぼんやりと想像することはできた。
食事が済んでもまだ座ったまま駄弁っているのだろうと思ったが、案外そうでもなかった。たぶんそういうタイプの人達ではないのだ。他の生徒の邪魔になるから、と五人全員が食べ終わると早々に席を立ち、食器を返却し食堂を出た。食堂の外には生徒が数人並んでいたし、思い返せば全校生徒の半分程度しか入らなさそうな広さだった。これは栗枝先生とミナミ先生が早く学食へ行けと言うのも頷ける。遅れてしまったら食事にありつけるまでの時間も伸びてしまう。
先輩方は午後の授業が始まるまで各々の教室に戻ったり、図書室に行ったりすると言うので、食堂を出たところで別れた。すると必然的に私と未琉の二人だけが残された。
(どうしよう……。二人だけだとまだちょっと気まずいな)
横目で未琉を見ると、私の視線に気がついたのか、彼女も上目遣いでこちらを見てきた。
『私達も教室に戻る?』
「え? あ、うん。そうだね」
まさか未琉の方からそんな風に話しかけてくるとは思わず、私は少し拍子抜けした。とは言え無駄なやり取りが嫌いなのだろう。それ以上は何も言わずにさっさと歩き出してしまった。私はその背を急いで追いかける。
私なら絶対に道に迷う自信のある教室までの道のりを、未琉は一度も間違えずに辿り着いた。校内の地図が既に頭の中に入っているのか。彼女が先導してくれたことに感謝しながら私は教室に入った。
教室に戻ってきたはいいが、やることがない。小説は生憎寮の部屋に置いてきてしまった。授業の予習のために教科書を読む、なんてことをしても意味がない。他のクラスはどうなのか知らないが、少なくともこのクラスは週に一度の体育の授業以外、決まった時間割が存在しない。おまけに私は魔法に関する知識がないのだから、教科書を開いたって小学生が高校生の教科書を読むようなものだ。
暇つぶしの最終手段は未琉との会話だが……彼女は現在自分の席に座ってタブレット端末を忙しなく操作している。話しかけても許される雰囲気ではない。さて、どうしたものか……。
『——だったよね』
「……え? ごめん、何?」
唐突な問いに、ぼんやりしていたせいで最初の方を聞き逃した私は素っ気ない態度を取ってしまった。しかし未琉は気にした様子もなくもう一度言う。
『藤、だったよね。あなたが杖の材料にしていた木の枝』
「ああ、うん。藤だよ」
『なら、きっと時期が悪い』
「……時期? もしかして、開花のこと?」
『そう』
未琉は手元の端末を見ながら無機質な音声を出し続ける。
『藤の花が咲くのは四月下旬から五月上旬。植物は開花の時期に上質な魔力を溜め込む。開花している時に切り取った枝を使えば、もっといい杖ができるはず』
「……そういうものなの?」
『そう』
「……」
待てどもそれ以上の音声は聞こえてこなかった。これで会話終了なのか、それとも私の番なのか。
「えーっと、その……教えてくれて、ありがとう」
『別に。個人的に気になっただけだから』
未琉は端末から顔を上げて、私の顔を覗き込んだ。
『今朝、失礼な態度を取ったことは謝罪する。ごめん』
ぺこり、と頭を下げた。謝罪されるとは微塵も想像していなかった私は暫し呆気にとられた。奇怪な人ばかりだと思っていたが、悪いことをしたら謝罪をする、という常識的な部分も備わっていたのか。いや、私のこの考えもなかなかに失礼だけど。
「別に、謝罪なんていいよ。みんなからすれば私は邪魔な存在なんだろうなっていうのは、なんとなくわかるし。私だって逆の立場だったら同じように思ってたはずだもん」
私がそう言うと、未琉はふるふると首を横に振った。
『実験室でのあなたを見て、小さい頃の自分を思い出した。私も初めて杖を作った時は、失敗した。でも、諦めずに何度も挑戦した。そのおかげで今ではこんなのも作れるようになった』
未琉は手に持ったタブレット端末を自慢気に掲げた。自作だったのか、それ。
『普通の人なら、何度も失敗したら諦める。でも、この学校のⅡ科B組に入れられた生徒は変人ばかりだと聞く』
変人ばかりだというのはなんとなく察しがついていたが、やっぱりそうなのか。
『だから、あなたも変人』
そうなりますよね。
『変人は、普通の人なら諦めることも、諦めずに挑戦し続ける人が多い。つまり、あなたもきっとそう。あなたは諦めずに杖作りに挑戦し続けて、あなたにぴったりの杖を作り上げることができると、期待している。たとえそれが、杖の形をしていなくとも』
「えっと……ありがとう」
今のは褒められた、と受け取ってもいい……のか? それともプレッシャーをかけられているのか。
私が困惑していると、先程まで無表情だった未琉が、小さな唇の端をこれまた小さく持ち上げる。
『あなたとは、良い研究者と被験者の関係になれそう』
私は急に頭痛がしたような気がしてこめかみを押さえた。今未琉が言った関係性は私の聞き間違いか? 私と出会ってから初めて見せた笑顔で言うことがそれか?
「それは、良い友達になれそう、って意味で……いいかな?」
曖昧な笑みを浮かべながら未琉に問うと、彼女は眉根を寄せた。
『私は今まで魔法使いの家庭で生まれ育った人としか交流したことがない。一般社会から来た人とこうして会話するのは初めて。あなたは貴重な存在。貴重な実験体』
「ああ、うん。わかった。でも、その……仲良くしてくれる、って思っても、いいよね?」
そう訊くと、未琉は考えるように俯いた。真剣に悩むようなことではない気がするが、彼女が変人ばかりだと言っていたように、彼女自身も今まさにその変人っぷりを発揮しているのだ。私の〝常識〟で物事を考えてはいけない。そしてやっぱり私の思考回路が失礼極まりない。
答えが出たのか、未琉がゆっくりと頷いた。そしてこちらを真っ直ぐ見つめる。
『被験者の良好な状態を観察するには、仲良くすることも大切。よろしく、舞理』
「……! うん! よろしくね、未琉ちゃん」
『〝ちゃん〟はいらない』
「あ……じゃあ、未琉。よろしく」
『うん』
こうしてこの学校に来て初めての友達ができた。
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