第5話 初めての杖

 その後も都度手を休めつつ杖作りに没頭した。模様を入れようとして失敗したりもしたが、ただの枝だったものが昼前には杖らしい姿に変化していた。


「初めてにしては上出来じゃねぇか!」


 私が作った杖を栗枝先生がしげしげと眺めていると、教室内にいた他の生徒達やミナミ先生も作業の手を止め集まってきた。彼女達が何を作っているのかはさっぱりわからないが、それでも何かを作る者としては他者の制作物も気になるのだろう。興味津々に杖を見ている。


「よく聞けお前ら。この根音ねおと舞理まりは、一般社会からこの学校に来た魔法初心者だ。杖を作るのも今日が初めてだ」


 栗枝先生が聴衆に向けて言うと、皆が拍手をした。何だか気恥ずかしい。


「根音。あそこに石膏のナポレオン像があるだろ」


 先生が教室の片隅を指差す。そこには先生の言う通り、美術室にありそうな石膏でできた胸像がある。でも何でナポレオン?


「あれに向けて杖を振ってみろ」


「え? でも、私……」


「大丈夫だ。あの山に生えている植物には全て魔力が宿っている。だからこの杖にも魔力が宿っている。ここは魔法が当たり前に存在する場所だ。杖を一振りするだけで、物を浮かせたり、色を変えたり、形を変えたりすることができる。ほら、言っただろ。杖を振るだけでそういうことができる、と自己暗示をかけるんだ」


「……はい」


 先生から杖を受け取り、私は「魔法が使える。杖を振れば魔法が使える」と頭の中で何度も念じた。


 周りの生徒達が固唾を呑んで見守る中、私はナポレオン像に杖を向けた。


(ビューン、ヒョイ……)


「ウィンガーディアム・レ——」


 ゴギャンッ‼


「ビ……」


 ナポレオン像が派手な音を立てて粉々に砕けた。


「…………」


 思考が停止し、私は暫し唖然とした。砕けたナポレオン像の中からころころと転がり落ちる黒色のビー玉を視界の端に捕らえながら、私はとんでもないことをしでかしてしまったのではなかろうかと肝を冷やした。


「初爆破?」


「だよね? 初心者って言ってたし、初爆破だよねこの子」


 生徒達の囁き声が耳を通り抜ける。


「初爆破おめでとう」


『この爆破は、あなたにとっては偉大な一歩。恥ずべきことではない』


「……」


 私は今、褒められてるの? それとも慰められてるの?


「ああ、これは慣習みたいなもんだから、気にすんな。しっかし、いい爆破っぷりだったな~! 初めてでこんな派手な爆破する奴はなかなかいねぇぞ。自信持て!」


 バシン、とミナミ先生が私の背中を叩いた。いや、これで自信持てとか言われても。


「え、あの……これって、成功なんですか? それとも……」


「どっちかっつーと失敗だな」


 ズゴンッ‼


 私と椅子が派手な音を立ててひっくり返った。


「おいおい、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……って、ああああああああああああああ!」


 起き上がろうとしてふと手元をみて、それに気がついた。


 杖が、焦げてる!


「そ、そんなぁ……せっかく作ったのに……」


「あ~あ。こりゃ作り直しだな」


 隣で栗枝先生も残念そうな声を上げた。


「原因を探れば失敗した理由もわかるだろうが……流石に今のお前に説明しても理解が追いつかねぇか。原因は私が探るから、その杖は預かっておくぞ。んで、午後からはどうしたい? 余った枝や蔓を使ってまた杖を作るか、それとも新たな材料を集めに再度山に登るか、学校の保管庫にある杖を使って魔法の練習でもするか……」


 先生が指折り数えながらあれこれと案を出す。しかし私としては、作った杖でも既存の杖でも、振ればまた何かを木っ端微塵にしてしまうのではないかという不安があった。


「あの~、別に私は座学でも構わないんですが……」


「はあ⁉ お前座学がやりたいとか正気か⁉」


 何故か先生が驚愕の表情を浮かべた。


「おいおい。お前、根音っつったか? エリクサーに座学しろとは……ククッ」


 ミナミ先生も何故かくつくつと笑い声を出す。


「わ、私、何か変なこと言いましたか……?」


 私が当惑していると、ミナミ先生が忍び笑いをしながら教えてくれた。


「いやぁ、私とエリクサーも元々この学校の生徒で、お前と同じⅡ科B組だったんだがな……フッ。こいつ、座学の時だけいつもサボってやがったんだよ。つまんねーからって」


「おい! 今その話しなくてもいいだろ!」


 羞恥心からなのか、栗枝先生は顔を赤くしながら抗議した。


「座学の時だけサボって何やってるか気になった私は、ある時座学が始まる前に教室を抜け出したこいつの後を追ったんだ。んで、追いかけた先で、何やってたと思う? こいつ……ヒヒッ……この実験室で、片っ端から物を壊してたんだぜ!」


「だから! いいだろその話は!」


 ケラケラとおかしそうに笑うミナミ先生に、顔を真っ赤にしながら怒る栗枝先生。私含め、他の生徒達も呆気にとられたようにその様子を見ていた。


「でもいいじゃねぇか。お前のその行動がなければ、今でもⅡ科の生徒は大人しく授業を受けさせられる羽目になってたんだろうからよ。お前ら感謝するんだぞ~。偉大なる栗枝恵里久先生のお陰で、Ⅱ科の生徒の自主性を重んじ、個性を伸ばそうって教育方針になったんだからな~」


 あははと笑い、栗枝先生をバシバシと叩くミナミ先生。栗枝先生のことはただ謎に小さい先生としか思っていなかったし、私には実感が湧かないが、何やら凄い業績を残していたのか。他の生徒達もこの話は初耳だったらしく、感嘆の声を上げていた。


 と、そこでタイミングよくチャイムが鳴った。


「ほら、飯の時間だぞ! 混む前にさっさと学食行ってこい!」


 ここぞとばかりに栗枝先生が声を荒げて私達を追い出そうとする。生徒達は何やら先生に訊きたいことがある様子だが、ミナミ先生も早く学食へ行くよう促してきたので、私達は渋々実験室を後にした。

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