第4話 第二実験室
彗にナイフを返した後、そのまま下山し学校へ戻った。足元が泥や雑草で汚れたジャージから制服に着替え、杖を作るために先生の後をついて連れていかれた先は第二実験室。……杖を作るのに実験室? 技術室とかそういうのではなく?
「おいーっす! ミナミいるかー?」
先生がドアを開け放ち声をかける。先生の後ろから中を覗いてみると、意外と中学の時に使っていた理科室っぽい雰囲気だった。魔法が存在すること以外は普通の学校と特に変わりはない辺り、若干拍子抜けする。突然破られた静寂に、教室内にいた数人の生徒がこちらを振り向く。その中には未琉もいた。
「ん? おお、エリクサーじゃねぇか!」
栗枝先生の声に反応して、どぎついパッションピンクの色した頭がひょっこりと一番奥の机の陰から現れた。この人が今朝先生が言っていた、
こちらまで歩いてきた薊成実先生ことミナミ先生。ピンク色の髪の毛を指先で弄びながら砕けた調子で栗枝先生に話しかける。
「お前んとこの新入生、結構優秀だな。既に二度も爆発を起こした」
それは優秀と言うのだろうか。未琉を盗み見ると、彼女はばつが悪そうに俯いた。
「んで、そいつは?」
ミナミ先生は顎で私を示した。何やら期待の籠った目で見られている。もしや私も爆発を起こす要員だと思われているのか。
「こいつの杖を作るために来たんだ。机借りるぞ」
「おっけー。好きな場所使って。足りない材料とか道具があったら、私に言ってくれれば調達してくるよ。あと、イモリの尻尾が逃げ回ってたら捕まえて。さっきの爆発で逃げちゃった」
「おう」
尻尾だけで逃げ回ることなんてあるのか? そんな疑問がよぎったが、ここは魔法の世界。そんなこともあるのだろう。
教室内に入り、空いている机の上に持ってきた藤の枝を載せる。机は全部で十二台。作業がしやすいように、幅が広く作られている。既にここにいた四人の生徒達は、皆思い思いの作業に没頭している。理科の実験で使うような道具を用いて何かの実験をしている者。いかにも、な見た目の鍋で何かをぐつぐつと煮ている者。机いっぱいに様々な材料を並べ、そのすみっこでその材料を細かく切り刻んでいる者。未琉はタブレット端末を睨みながら何かをすり鉢で潰している。
「みんな何をしているんですか?」
私は小声で先生に尋ねた。
「自分のやりたいこと、だ。Ⅱ科の生徒にはある程度の自主性が許可されている。その生徒の個性を伸ばすためにな。やりたいことをやって、その日の成果をレポートにまとめて提出すれば、一日分の授業を受けたことになる。お前にはまだ許可できんがな。さあ、まずは邪魔な部分を切り落とすとこから始めるか。後ろの棚に色んな道具が入ってるから、ハサミでもナイフでも、好きなもの持ってこい」
「はい」
手芸用の糸切りバサミから大きなノコギリまで、種々様々な切断用の道具がズラリと並んだ棚の中から、私は手頃なサイズの枝切りバサミと小刀を持ち出した。二種類あればどちらか一方は使いやすいと感じるはずだ。
机に戻り、一番太い枝から分かれた細い枝を切り落としていく。太さに合わせて道具を使い分ければ案外楽だった。
それから杖として使う枝を削っていく。完成図をイメージし、先生のアドバイスを受けながら少しずつ削る。明確に持ち手だとわかる部分がほしいので、その部分は削りすぎないように注意しながら削る。削る。削る。
集中しているとあっという間に時間が過ぎていき、気がつけば作業を始めてから一時間経っていた。ただの枝だったものが、それっぽい形に近づいてきている。
「いい具合にできてきたな。手や目が疲れてるだろうし、休憩したけりゃしてもいいぞ。ここではいつ休憩を取るかも自由だからな」
「あ、はい。では、お言葉に甘えて」
一度集中を切らせれば、先生の言う通り身体の疲れに気がついた。小刀を置いて、手をふらふらとさせる。
その時、視界の下のほうで何かが動いた。
「ん?」
「どうかしたか?」
「今、何かが……」
机の下に、何かいた気がする。しゃがんで覗き込んでみると、それがいた。
親指くらいの太さの、イモリの尻尾が。
「え……これ、まさか」
「ミナミ! いたぞ! イモリの尻尾だ!」
「何だと⁉ 捕まえろ!」
栗枝先生がそう叫ぶが早いか、尻尾は素早く回転しながら逃げ出し、今まで静かに自分の作業をしていた生徒達が一斉に捕獲に動き出した。
「え。え。何」
私だけが呆然としていると、一人の生徒が「捕まえました!」と勝ち鬨を上げる。
「でかしたぞ、榊!」
尻尾を捕まえた生徒がそれをミナミ先生に手渡す。ミナミ先生はこの場にいる全員に見せるように尻尾を掲げた。
「いいか諸君! 切り離されたイモリの尻尾は、このように素早く動き回り、そして隠密行動に長けている。だから……」
ミナミ先生はどこからともなく現れた釘をもう片方の手に持ち、鍋で何かを煮ていた生徒の前に立つ。
「切り離す前に、こうしておくこと」
ドスッと音を立てて、尻尾を机の上に釘付けにした。
「はい……。すみませんでした……」
鍋の生徒がしゅんと項垂れる。彼女の反省した様子を見て、ミナミ先生は他の生徒にも向けて言い放つ。
「お前らも材料の取り扱いには十分注意するんだぞ。学校が凶暴化したイモリの尻尾だらけになってからじゃ遅いんだ。わかったな?」
「「「『はい!』」」」
ミナミ先生の叱咤に元気よく返事をする、つい先程まで物静かにしていた生徒達。
「何……何なの……?」
私だけが何も理解できず、脳内を疑問符で埋めていた。
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