第3話 杖の材料探しに山登り

 魔女らしくフード付きのマントを羽織った制服姿から一変して、私は体操服に着替えていた。学校自体がファンタジーなくせして、一丁前に何の変哲もない学校指定の体操服が存在することに何となく腹が立つ。制服は可愛いのに何でジャージは芋くさいんだ。


 初めからラフな格好をしていた栗枝先生の後をついて、学校の裏手にある山道を進んでいく。どうやらこの山も学校の敷地らしい。魔法道具や魔法薬を作るのに必要な材料はここで調達するそうな。


「この山から材料を調達する時は、まず神社に行って挨拶する。この山を管理してるのはそこの神社の奴らだからな。勝手に盗ると祟りが起きる」


「ひぇ……。気をつけます」


 山を登ること約十五分。朱色に塗られた鳥居が見えてきた。


「着いたぞ。ここが龍神たつかみ神社だ」


「ん? たつかみ、って……」


「あら、ごきげんよう」


 巫女装束に身を包み、竹箒で落ち葉を集めている可憐な少女に声をかけられた。この人はどう見ても……。


「龍神……彗さん、だよね。おはようございます」


「おっす」


 何故か学校には来ずに巫女さんの仕事(?)をしているクラスメイトに、私は会釈をし、先生は軽く手を上げて挨拶した。


「栗枝先生も舞理さんも、おはようございます。退学にならないように神頼みにでも来たんですか? 残念ながら、うちの神様はそこまで優しくありませんよ」


 さらりと毒を吐く彗。先生は「それくらいわかってる」と返し、用件を述べる。


「今日はこいつの杖を作るための材料を探しに来たんだ」


「あら、そうでしたか。では、こちらに来てください」


 彗が社務所のほうへと歩き出したので、私達もそれに続く。聞くなら今しかない、と感じ、答えは予想できているが私は彗に質問した。


「彗さんは、ここの神社の人なの?」


 ちら、と彗がこちらを振り向き、こくんと頷いた。


「ここの神主の娘です。将来的には私が継ぐ予定なので、こうして手伝いをしています。学校側もそれは承知しているので、試験に合格さえすれば、あとは授業を欠席しようが特に咎められる謂れはありません。……ああ、靴を脱いで上がってくださいね」


 何故学校に来ないのかという疑問まで見透かされた私は少々後ろめたさを感じつつ、言われた通りに靴を脱いで社務所の中に入る。


 廊下を進み小部屋に通される。和室だからか、綺麗に磨き上げられた座卓が一卓と座布団が四枚あるのみで、椅子は無い。私と先生が座布団に座ると、彗は少々お待ちくださいと言ってどこかへ去っていった。


「驚いたか? あいつがここにいて」


 胡坐をかいた先生がくつろいだ様子で訊いてきた。


「はい。昨日の自己紹介の時点から只者ではなさそうだと思っていましたが、巫女さんだったんですね。……あ、もしかして、火野屋ひのやあめさんも同じような理由で」


「いや、あいつはサボりだろ」


「……そうですか」


 うん、まあ、ですよね。


「お待たせしました」


 そうこうしている内に彗が戻ってきた。「こちらをどうぞ」と言って手に持った何かを私に渡してくる。翡翠のように淡く緑色に輝くそれは、手のひらに収まるくらいの小さなナイフだった。


「山に生えている木の枝を切り落としたり、草花を採取したりする際にこれをお使いください。これを使えば植物が溜め込んだ魔力の減少を最小限に抑えられます」


「ありがとう」


 受け取ったナイフをしげしげと眺めまわす。照明の光が当たってキラキラと輝く姿は、芸術品として鑑賞するのも悪くないと思わせられる。植物の魔力がどうとか言っていたし、これも魔法道具の一種なのだろう。


「ねぇ彗さん、これって鉱石ナイフとかいうやつ?」


「いえ、これの材料は龍の鱗です」


「……え。龍?」


 そういう伝承のあるナイフってこと?


 私が疑うような眼差しを向けていると、彗は口元を袖で隠しながら小さく笑った。


「ふふ。本物の龍の鱗ですよ。舞理さんは一般社会から来られたのでご存じないのでしょうが、龍や鬼や天狗や、その他妖怪だとか妖精だとか言われているもの達は実在します。そのナイフは、この神社で祀られている龍の鱗から作られたものです。大切にしてくださいね」


「は……はい」


 こちらを見つめる彗の瞳が怪しく光ったような気がする。これ以上は軽率に疑問を口走らないようにしよう。


「どれでもお好きなものを採取してくださって結構ですが、乱獲はしないようにお願いします。成長途中のものも避けてください。約束を破った場合、祟ります」


「うぃっす……」


 魔法がノンフィクションなのだから、罰当たりなことをしたら本当に祟られるのかもしれない。約束事は絶対に守ろう。


 その他いくつかの注意事項を聞き、私と先生は彗に見送られながら社務所を後にした。本殿にお参りをして境内の外に出たところで、ようやく材料探しが始まった。


「ここから先はお前の感性に任せる。綺麗な花を咲かせた植物だとか、目に留まった鳥の羽だとか、何でもいいからピンと来るものを見つけるんだ。そしたらそれを取る前に私に知らせてくれ。杖の材料として使えるかどうか判断する」


「わかりました、けど……何でもいいんですか? 例えば、その辺にある落ち葉でも?」


「その落ち葉に対してお前の心が何か動いたのならいいが、何の感慨も抱かずに踏みつけるだけのものを使ったところで、良い道具は作れない。いいか。何かピンと来た……自分の心が揺れ動いたっていうのが大切なんだ。つまりは直感だな。直感は意外と馬鹿にできない。自分の直感が〝これがいい〟と告げたってことは、相性が良いってことだ。そういうものを使えば、良い道具が作れる」


「……わかりました」


 なるほど、直感か。直感は馬鹿にできない、というのは同意だ。良いことに対してもだが、悪いことに対しても直感は働く。なんとなく嫌だな、と思ったものを避けたことで危険を回避できた経験は何度かある。魔法に関しては初心者だからどんな材料がいいのかは見当もつかないが、直感に従って集めればいいのなら話は簡単だ。先生が好きなだけ歩き回っていいぞと言うので、私は意気揚々と探索を始めた。


 辺りを見回せば様々なものが目に入る。下を見れば可愛らしい小さな花を咲かせた野草。上を見上げれば今が見頃の桜。どこからか鳥の鳴き声も聴こえてくるし、蝶々が目の前を横切ることもある。綺麗な光景ではあるが、ピンと来るかどうかと言うと、いまいちピンと来ない。私は暫くの間、ただただこの光景を眺めながら歩き進んでいた。先生は黙って後ろをついてくる。


「杖っていうと、やっぱり片手で持って振れるような短い杖を使うんですか? それとも長い杖ですか?」


 ピンと来ないのは使用する杖のイメージがピンと来ていないからだろうかと思い、先生に尋ねてみた。すると先生は困ったように唸り声を上げた。


「ううん……。なんつーか、人によりけり、なんだよな。魔法の杖ってのは、補助的な役割を担っているんだ。魔法を使いやすくするための、な。狙いを定めたり、魔力を集めたり、魔法陣を描いたり。身一つでやるよりも、杖を用いることでより精度が上がるように自己暗示をかけている、と言ってもいい」


「自己暗示……」


 そんな発想をしたことがなく、私は先生の言葉をオウム返しして呟いた。


「だから、杖の長さや形状は、自分が使いやすいと思うものでいいんだ。このほうがテンション上がるっていうなら、ニチアサの女児向けアニメみたいなピンク色の杖でもいい。実際、うちの生徒でもそういう杖を使ってる奴はいる」


 いるんだ。


「あと、いわゆる〝杖〟の形状をしている必要もない。薬袋の奴、タブレット端末で会話してるだろ?」


「はい。……え。もしかして、あれが〝杖〟……?」


「ああ、そうだ。私が他人にペラペラ喋るようなことじゃないから詳しいことは言わないが、あいつにとっての魔法の杖は、あのタブレット端末だ」


「本当になんでもアリなんですね……」


「だな。でも、お前がいきなりタブレット端末を魔法の杖として使用するのはおすすめしない。使うとしても、基礎を学んでからだ」


「わかりました。それじゃあ……短い杖を、作ってみようと思います。木製の、しなやかで、振りやすい杖を」


「そうか。んじゃあまずは、その杖にぴったりの木を探してみろ」


「はい!」


 今の会話のお陰で、ぼんやりとだが自分の杖のイメージが湧いてきた。映画を見たり、テーマパークで売られている杖を見たりしている時に沸き起こった〝自分だけの、オリジナルの杖が欲しい〟という気持ち。その時のことを思い出しながら考える。杖の長さ、形状、素材、しなやかさ。持ち手の部分に、派手ではないが装飾があって、ちょっと上品に見えるものがいい。


 ふと景色が変わり、足を止める。少し開けた場所の真ん中に、一本の木が伸びている。まだ見頃を迎えていないからわかりにくいが、これは恐らく藤の木だろう。


(これだ……)


 たまたま景色が変わり足を止めただけだが、なんとなくそれがきっかけなのだと感じた。他のものは歩きながら見ていた。でもこれは立ち止まって見た。その違いが、ピンと来るか来ないかの違いなのかもしれない。


「これにします」


「これは藤か? 魔除けの意味もあったりするが、まぁお前が良いと感じたなら大丈夫だろう。よし。それじゃあさっき龍神から貰ったナイフを使って、ある程度太さのある枝を切れ。蔓を編んで杖を作るって言うなら話は別だが、そうじゃないなら細すぎるのはおすすめしない」


「わかりました」


 私は杖として加工できそうな、つまり削る余裕のある枝を見つけてナイフで切り……いや、傷をつけ、ナイフをギコギコとノコギリのように動かし、この小さなナイフで太さのある枝を切るのは不向きではないかと考えながらも腕を動かし続け、やっとのことで切り離すことに成功した。


「できました!」


 切り取った枝を持って先生の元に戻る。部分的に切り取ったものであっても、そこからまた枝分かれしていたり、葉が茂っていたりして、意外と大荷物だ。今更ながら枝を取ってもよかったのだろうかと不安になる。


「こんなガッツリと切っちゃって大丈夫でしょうか……」


「許可は取ってあるから大丈夫だ。心配すんな。んで、他にも何か持ち帰りたいものはあるか? 何もなければナイフを返しに神社に戻るぞ」


「他って言うと……例えば、どんなものを使ったりするんですか?」


「そうだな……。こだわりのある奴なら、似たような意味の花言葉のついた花を集めて、それを煮出した汁の中に杖を入れて満月の晩に漬けこんだりする」


「お漬物扱いですか……」


 杖作り、奥が深いのか、ただその人が変わっているだけなのか……。


「でもお前はまだ初心者だからな。それだけでも十分だ」


「なら、これだけにします」


 私達は来た道を戻り、神社に向かう。彗から聞いた注意事項の中に「戻ってきたらまずは本殿に挨拶してください」というものがあったので、言われた通りに本殿で藤の枝を切ったことを報告してから彗の姿を探した。彼女は先程とは別の場所を掃除していた。


「お帰りなさい。あら、藤を選ばれましたか……」


「あ、駄目……だった?」


 なんとなく彗の表情が陰った気がして、やはり不味かったのだろうかと不安になる。


「いえ、別に……。ただ、あの藤がちょっと曰くつきなだけで……」


「い、曰く……?」


「初耳だな」


 多少はこの山のことに詳しそうな先生も、意外そうに声を上げる。


「なんと申しますか、その、個人的なことですので、お気になさらず」


 うふふ、と作り笑いを浮かべる彗。個人的なことなら、これ以上は追及しないほうがいいだろう。小さい頃にあの藤の木に登って降りられなくなったとか、そういうちょっとした恥ずかしい話かもしれない。

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