第2話 二分の一の出席率
翌朝のホームルームが始まる前に教室にいたのは、私と
「早くも学級崩壊ってやつか」
よっこらせ、と教卓に腰掛け、愉快そうに嗤いながら短い脚をふらふらと揺らす栗枝先生。その様は学級崩壊を引き起こした児童にしか見えない。
『うるさい馬鹿がいないほうが快適。魔法が使えない馬鹿もいないほうがマシだけど』
「うっ……」
前方から静かに合成音声で罵倒された。それに対しても先生は特に咎めることもせずケラケラと笑う。
「確かに、あいつがいると授業なんて一ミクロンも進まなさそうだもんな~。あひゃひゃ。ああでも、〝退学〟のこと忘れるなよ。こいつも魔法が使えるようにならなきゃ、期末試験は不合格決定だ。各自一回は魔法を使うことが条件だからな」
先生の言葉に反応し、未琉が僅かに首を捻りこちらを見る。重そうな黒い前髪の下から覗く瞳には、侮蔑の色が滲んでいた。
『不合格になったらあなたを真っ先に解剖する』
「ひぇ……」
何で私命の危機に陥っているの?
「まあまあ、そう脅してやるな。こいつも、この学校の敷地に入れたってことは、魔法の才能が少なからずあるはずだ。しかも学園長のお墨付きでⅡ科B組に入れられたってことは、厄介な魔法が使えるんだろうよ」
『全然そうは見えない』
「それは完全同意だな」
まだ何もしていないのに、いや、むしろ何もしていないからなのか、クラスメイトからも担任からも馬鹿にされた。流石に泣きたくなる。
「
それでも一応気に掛けてくれてはいるのか、先生が私に話題を振ってきた。急に当てられた私は一瞬答えに詰まったが、口を開けば勝手に言葉が溢れ出てきた。
「わ、私は、魔法が使えるようになるんでしょうか。ずっと、小さい頃から、魔法使いになるのを夢見てきましたが、まさか本当に魔法が存在するなんて、この学校に足を踏み入れるまで知りもしませんでした。もちろん魔法の使い方も全然知りません。ここにいるみんなは当たり前のように魔法が使えるんでしょうけど、私は何をどうすればいいのか……杖を使うのかも、呪文を唱えるのかも、それとも全然違う方法なのか……」
「おーおー、ストップ、ストップ」
とめどなく喋っていると先生から待ったがかかった。
「そこまで思い詰めているとは思わなかったぜ。まあでも、お前にこの世界に関する知識が全くないことはよくわかった。お前はまず基礎的な知識から学ぶ必要があるな。とは言え七月上旬に行われる期末試験までに実践的な魔法が使えるようにならなきゃ意味がない。この私が教鞭をとっているというのに不合格者を出すだなんて、私の沽券にかかわる。というわけで」
先生は軽々しく教卓の上に飛び乗り、見下すように私を指差した。
「普通なら小中学校の九年間で学ぶことを、お前には二ヶ月で学んでもらう」
「ええっ⁉ えっと、あの、三ヶ月ではないんですか⁉」
流石にそれは無理がありすぎるし試験が七月にあるなら六月までの三ヶ月間をたっぷり使えばいいんじゃないんですか⁉ ねえ⁉
「はあ? 三ヶ月かけて中学卒業レベルになったところで、高校一年生一学期の期末試験合格レベルにはならないだろ。残りの一ヶ月を使ってそのレベルまで上げるんだよ」
「あ……はい……」
確かに、ここが普通の高校だったとしても、今いきなり期末試験を受けたところでチンプンカンプンなのは火を見るよりも明らかだ。
『質問。小学生レベルの授業に私も参加しなければいけないの? 時間の無駄すぎる』
未琉が当然の疑問を呈した。彼女の馬鹿にするような言葉がぐさりと私の心臓を突き刺す。しかし私だって高校生にもなって小学校の授業をもう一度受けろなんて言われたら嫌になるだろうから、その気持ちもわかる。
「ああ、お前は確か魔法薬の調合が得意なんだったか。必要な時に呼ぶから、あとは第二実験室で好きなだけ魔法薬の調合してていいぞ。場所はその中に入ってるから大丈夫だよな? 第二実験室の担当は
『了解』
短い返事を終えると、未琉はすぐさま少ない荷物を纏めて教室を出ていった。必然的に教室内には私と栗枝先生の二人きりになる。なんとなく居心地が悪い。何故
私が悶々と考えていると、先生はついさっきまで未琉が座っていた椅子に座り、こちらを向いた。間近で見てもやはり小学生にしか見えない。先生は私の机に肘を置いて頬杖をつくと、私を見上げながらこう言った。
「何がしたい?」
何が、と言われても。
「設備だけは充実してるからな、この学校。必要な道具も大体揃ってる。お前が杖を振って呪文を唱えたい、と言うのであれば、杖を作るところから始めることもできる」
「杖って……自分で作るものなんですか?」
疑問を素直に口にすると、先生はニヤリと笑った。
「オリバンダーみたいな杖職人が作った杖を使うものだと思ったか? 確かにこの世界にもそうした職人はいる。だが、言っただろ? 設備は充実してる。必要な道具も大体揃ってる。生徒の中には魔法道具の職人を目指している奴もいるから、その為の設備も先生もこの学校には存在する。それに、誰かが作ったものよりも、自分で作ったもののほうが手に馴染むし、愛着も湧くもんだ」
「なるほど」
「作ってみたいか?」
「はい! ……あ、でも、私でも作れるんでしょうか。職人を目指しているわけでもありませんし……」
先生の誘いに即答してしまったが、すぐに思いとどまった。魔法の使い方も何も知らないずぶの素人が作ったところで、その杖が杖として機能するのか甚だ怪しい。
「心配すんな。小学校の工作の授業でみんな一度は作ってる。ま、小学生の作るものだから、簡単な魔法しか出せないおもちゃみたいなもんだがな。でもお前は高校生だ。小学生よりは器用に作れるだろ。素材だって良いのが揃ってる。それに、ただ座って先生の話を聞いてるだけの授業ってクソつまんねーだろ? 手を動かして、実際に魔法の世界のものに触れながら覚えていくほうが早く身につく。ってことで、山登りすっぞ」
「……は?」
山登り? 今のこの流れで?
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