第15話 ここをキャンプ地とする

「おいマッキー、ダべるのはいいけどもう陽が暮れちまうぞ。」


西日に照らされていた大地に影が差すのを見て、ショートスピアを装備しているチャラそうな金髪の男が言う。

浩二と牧田達ハンターが交流している間に、元から低くなっていた太陽はさらに沈み、山際でキラキラと輝いている。


黒怪鳥ダークロウ、巨大なカラスが群れをなして山から飛び立ち、不気味な鳴き声を上げながら夕空に羽ばたく。

昼行性のモンスターは身を潜め、巣に戻り、活動を鈍化させる。

これからは、夜行性モンスター達の時間だ。


「ちっ、まずいな。目的のセーフティエリアまで距離がある。・・・夜間行軍するしかないか。」


ダンジョンの入り口を赤丸で記された地図とGPS端末を確認して、牧田はうなる。



「ここで野営すればいいんじゃないか?」


「何を言っているんだ?夜行性のモンスターがひしめくなか休めるわけないだろう?」


「それなら問題ないさ。」


バッグを下ろし、袋口を開けて浩二は何やら漁る。


(あったあった、こいつで弾くは結構久しぶりだな。)


ネックを掴んで手に取ったそれを引っ張り出す。



「ギター・・・?」



それは、所々に青白い金属の刻印の装飾が施された、古びたクラッシックギターだった。

放置されたスポーツカーのボンネットに腰掛け、弦に指を置く。


♬♪♫~~~~・・・・・・・



浩二が高校生の頃に流行っていたアニメソングのアレンジ版。

横から差す陽光の残滓の下、ソロギターの儚くとも美しい音色が響き渡る。


ギターに、ゆっくりと魔力が溜まる。


曲は、儚さをはらみながらも情熱的なクライマックスを迎え、余韻と共にアウトロへ向かう。


最後の一音が長く響きあった時、ゆっくりと吸われた膨大な魔力が何かに変質し、消え失せた。



「綺麗な音色ですね。情緒のあるいい曲です。」



目を閉じて静かに聞き入っていたシエスが、感心したように言う。

一方牧田達ハンターは急にギターを弾き始めた浩二の奇行にいぶかしがる。


「いや、上手いけども・・・。なんだ?」



どうやら、皆魔力探知はあまりうまくないようだ。

まあシエスは気づいたうえで、音楽として楽しんでくれたみたいだが。



「”魔除けの六弦琴 ギブオン”。ユニーク宝箱から見つけた魔法具でね。これで半日ぐらいは中型モンスターまでは近寄らないよ。ほら。」


「ひぃ!?」


足を怪我していた、魔法杖を持った女性の後ろ。

木のふりをしてじりじりと忍び寄ってきていたカーニヴォラストレントが、何かを嫌がるようにボコッと蠢く根を露わにして、にげていく。


「な、何だあれは・・・・」


「あ、あっぶねえ・・・・。」


「見たことないのか?気をつけなよ、あいつ向こうから近づいてくるぞ。」



辺りを見渡すと、それまで地中や樹上に潜んでいた小型モンスター達もあわてたように次々と走り去っていく。



「兎に角、これで半径100mぐらいは安全だよ。」


「べ、便利だな。そんな魔法具があるのか。」


「まあ、ユニークだしね。」



ダンジョンを探索していると見つけることができる、宝箱。

ゲームでもないのに何故そんなものがあるのか、本当のところはわからない。

俺は人をダンジョンに潜らせる餌だと思っているがね。


まあ何であるのかはともかく、そんな宝箱の中には当然ながら財宝が隠されているわけだ。

武具に魔法杖、魔法具やポーション、貴重な薬草や食材が入っていたこともあった。


そんなダンジョンの宝箱には種類がある。


一定の周期で独りでに内容物が復活し、数多あるパターンの中からランダムでアイテムを得られる普通の宝箱。

そして、一度開けたら復活しない、アイテム一つ一つに銘がついた完全オンリーワンのユニーク宝箱だ。


例えるなら、普通の宝箱から出るのが量産品、ユニーク宝箱のものは職人が一つ一つ作りあげた特異な品、といったところだろうか。

当然、ユニークの方が希少性が高く、アイテムの持つ性能も高いものが多い。


この”魔除けの六弦琴 ギブオン”もその中の一品だ。

発動させると、半日間、使用者が味方と認識している者以外には、この場所が凄ーく嫌な雰囲気であるとを認識させるらしい。


ダンジョンの中では効果が打ち消されるのか使えないが、地上を旅する時はかなり便利な代物だ。


最初から目的を持って接近してくる相手には用を成さないし、絶対に安心していいわけではないが。



「俺達はここで一泊するけど、牧田さんたちはどうする?」


「・・・ご相伴させて頂いてもよいだろうか?」


「どうぞどうぞ。」




_____


「美味しいですね。私の故郷にも似たようなひき肉料理がありました。」



マジックバッグの底に眠っていたありあわせの合いびき肉で手早く作ったハンバーグをナイフだけで上品に食べるという、よくわからない技術を披露しながらシエスが言う。

うーんそれにしても、普通に美味しいのだがやっぱり少し味付けが物足りないんだよな・・・・。

あのダンジョンで採取できる限りのものを使っているつもりなのだが、やはりちゃんとした調味料や食材が欲しいな。

特に米と魚介系。



食事は彼らも持ってきているらしく、俺達は少し離れて別々に食べている。

おそらく元は牧草地だったであろう、すっかりと暗くなった草原を、焚火の揺らめく炎が照らし、炎の明るく暖かい色の灯りが二人の長い影を草原に作り出す。



「へえ。そうなんだ。いつか違う世界の料理も食べてみたいな。」


「私も自炊はできますけど、人様に振舞えるほどでは無いですね。コージさんをみると自信失くしますよ。」


「小さい頃から親の料理手伝っていただけだよ。あとは元からキャンプ飯とか好きだったってのもあるかな?自分で酵母作ったりし始めたのは最近だけし。」


酵母から自分で作った、スキレットを使って焼いたパンを見る。

確保していたドライイーストが尽きたので最近は全部自分で酵母をつくっている。

本屋の跡を漁っているときに、『ゼロから始める自家製酵母』っていう本が出てきて試しにやり始めたんだよな。


人間やろうと思えばできるものだ。

まあ俺の場合スキルで下処理とかはある程度簡略できるのでズルをしているといえばそうなのだが。



因みにジェイドとヤーデ、駆け鳥達がどうしているかというと俺の横でハンバーグを貪り食っている。

お前たち草食じゃなかったんか・・・。

お陰で何回か追加で焼くことになった。

まあ、幸せそうな顔で食べてるし、いいか。


「それにしても、少しは話してみたらどうだ?悪い人たちじゃなさそうだぞ?」


「うーん・・・・・。」


悩まし気な顔で満点の星空を見上げるシエス。

まだ彼女は彼らと一度も言葉を交わしていない。

嫌というより、不安・・・といったところだろうか。

本人も人との関わりを求めていることに関しては肯定していたし。


彼女の過去については、まだ何も聞いていない。生半可に聞いていいことだとも思わない。

でも・・・思っていたよりも、傷は深そうだな。


俺とは普通に笑って話してくれるから、そこまでだとは思っていなかった。


彼らの前にいる時、彼女は明らかに警戒をしていた。

薄い笑みを取ってつけたような顔。

明らかに今目の前にいる彼女の様子とは、違った。


「逆に何で俺とは普通に話せるんだよ?いや、うれしいけども。」


「コージさんはあまり今まで見たことがないタイプの人だったので・・・。」


・・・遠まわしに変人って呼ばれているのか?


「あと、最初の出会いが強烈だったのと・・・なんでだろう、兎に角コージさんだったら普通に話せるんですよ。」


「うーん・・・、まあお前がそれでいいならいいんだが、チャレンジしてみてもいいと思うぞ?」


「うーん・・・そうは思ってるんですけど・・・・。」


これから本州に行けば多くの人と会うことになる。その前に慣れておくには絶好のチャンスなのだ。


それに、もし彼女が心配しているであろう事態になってもやろうと思えば。やりたくはないが。

・・・こんな思考ができてしまうぐらいには俺も染まっているんだろうな、この変わった世界に。


「・・・っと、丁度来たみたいだぞ。」


ライトを持った人影が近づいてくる。


「ごめんねー、今お邪魔して大丈夫かしら?」


近づいてきたのは、俺がポーションをぶっかけた、茶髪をボブカットにしている、魔法使いらしいローブを着て、魔法杖を持った女性だった。


「さっきはありがとうね。お陰で生き残れたわ。」


「いえいえ。こっちも断りもなしにポーション使って悪かったな。」


流れを変えるために勢いに任せてやってしまったが、今思えば中々に失礼な行為だったな・・・。

女性が苦笑いする。


「ま、まあほかの人にはやらないほうがいいかもしれないわね。私は本当に助かったけど・・・・。自己紹介していなかったわね。私、由仁火ミサトと言います。」


「ああ。さっきも言ったと思うが俺はコウジ。それでこっちは、」


「シエスといます。」



お、喋った。



「へえ、日本語上手ね。それにしても・・・はぁ。もう嫉妬もわかないぐらい綺麗ね。」



シエスの美貌を見て、遠い目で星空を眺める由仁火さん。

うん、それについてはマジで同意するわ。



「それにしても二人とも若いねー。アラサーにはまぶしく見えるよ。二人とも大学生ぐらい?」


「え?」



何言っているんだ?



「俺今年で30歳だけど。」


「え、噓でしょ。肌綺麗過ぎでしょ。おばさんを馬鹿にしている?」



いや、本当ですが。



「・・・マジなの?」


「マジだ。」


「・・・・っち。」


舌打ちされましても・・・。

元から童顔だから仕方がない。

とは言っても年相応には老けているはずなんだがな。


そういえば、じっくりと自分の顔を見たのは随分前だな。


「まあいいわ。シエスちゃんはどうなの?」



スッ

顔を背けるシエス。



「あっごめんなさい。女の子に歳を聞くのも失礼よね。それにしても美人だねー。」


「ありがとうございます。」



うん、話せそうだな。

まだ硬さはあるが、普通に話せている。

これは女性同士語り合ってもらったほうがいいかもしれない。

女性同士の会話をどう聞いていればいいのかわからん。

上手くいったら打ち解けれるだろう。



「俺はちょっと向こうと話してくるわ。」


「わかりました。」

「はーい。」


「おう。仲良くなー。」



ほんの十歩ほど歩き、三人のハンター達が囲う焚火の方へ移る。

俺はこっちで男同士話し合うと行こう。

何やら話し合っていたようだが、俺の気配に顔を向ける。



「こっちに来たのか。ミサトが迷惑かけなかったか?」


「大丈夫だよ、連れと仲良くしてる。」



椅子代わりに切り倒して持ってきたのだろう丸太の端に座り、輪に入る。



「そうか・・・・なあ。一度本州に来る気はないか?」



ん?元からそのつもりだが・・・。

ふと、牧田さんが持つ軍用といった趣のごつい通信機が目に入った。



「なるほど。上が連れて来いと言っている、と。」


「・・・ああ。流石にあんたほど強い人間が野放しになっているのは許容できないだとよ。・・・今ハンター業界はどこも人手が足らんし、そう悪くはされないと思・・・」


「ああ、大丈夫。元から一度本州には渡ろうと思っていたんだよ。色々と手に入れたいものもあるしね。法にも従うから。」



流石に俺にも日本国民の自覚はあるし。

自衛の為に必要になったら、わからないが。

実際襲われたことがあるんだよな・・・。

人との関わりは可能性をもたらすことがある一方、荒れた世の中で一番怖いのは人というのもまた事実。


俺の言葉を聞いて、マキタ達は安堵したように肩を落した。



「そうか、助かるよ・・・。まだ何とも言えないらしいが、今のところは、正当防衛としてこれまでの武器の所持は不問だそうだ。」


「それはありがたい。やっぱり俺もそういう登録とかしないといけないかな?」



資格の取得か・・・。

あまり時間を取られるのは嫌だな。



「これからもダンジョンに潜りたいなら、武器を持っていたいならそうなるな。」


「ノルマとかはあるのか?強制依頼とかは?」



俺のやりたいことを考えると、あまりにスケジュールを縛られるのは看過できないな。

そもそもそういったしがらみがなかったからこの生活を気に入っていたのも多分にある。


滅私奉公ができるほど出来た人間じゃないぞ、俺は。



「基本はない。年一回はカードを申請し直さなければならないし、勿論ルールはあるがな。」



ふむ、それぐらいならよし。

心配なのは、いつかダンジョンの向こう側に冒険に行った時、一年で帰ってこれるかだが、まあその時に考えよう。

気にしすぎてもしゃあない。



「ただ、迷宮氾濫が発生した時、またはその予兆が出たときは別だ。ダンジョン法に基づき、一時的に自衛隊の指揮下に入り、モンスター相手に戦うことになる。」



あー・・・・。

まあ、仕方がないか。

流石に人命を守る為だもんな。

話を聞く限り、国も余裕があるわけじゃないみたいだし猫の手も借りたいんだろう。

ノブレス・オブリージュ。力ある者の義務か。



「まあそれぐらいなら。可能な限りは手伝うよ。」



可能な限りは。

ダンジョンに潜っているときは・・・うん、仕方がない。



「ありがたい。強い奴がいれば俺たちも多少は楽ができる。」



やめろ。

そんなに期待がこもった目で俺達を見るな。



「明日すぐ動こうと思うんだが構わないか?」



問題ないが・・・シエスが起きてくるかだな。

まあ最悪、あのミサトっていう人に起こしに行ってもらおう。

・・・寝ている女性に近づいていいのかわからんし。



「おう。大丈夫だ。でもどうやって海峡を渡るんだ?船?」


「いや、地下から行く。」


「・・・・青函トンネルか。」



まだ機能していたのか。モンスターの侵入を防ぐために、爆破なりでもうふさいでしまっているのかと勝手に思っていた。



「ああ。北海道側の入り口はコンクリートで人一人通れる穴だけ残して塞いであるが、中は細々と整備されているから普通に使えるぞ。」


「なあ、それよりもさあ。聞かせてくれよ、どうやってこの禁足地で暮らしていたか。」



金髪のチャラそうな男が話しかけてくる。

こいつ、絶対陽キャやん。



「神崎、お前なあ・・・。」


「だって気になるじゃねーか。こんな魔境で二人っきり、しかも五年だぜ?普通の人間にはできねえよ。」


「個人的には強さの理由の方が気になるな。なぜあんな規格外の力を持っているのか。」



四角い眼鏡をした真面目そうな見た目の男性が便乗する。


まあ、特に隠すようなこともやってないし、シエスのこと以外だったら話してもいいか。



「おー、答えられる範囲だったらいいぞ。」


「お、やったー!あ、俺神崎トオルって名前です。」


「山田玲司と言います。」


「お、おお。よろしくな。」



そんなに期待されても面白い話しできねえぞ?



_____




「へえ。じゃあ皆さん幼馴染なんですね。」


「ええ、偶々全員魔力に覚醒してね。皆不況のせいで失業してたし、それだったらハンターになって一山当ててやろう!ってな感じでハンターになったんだあ。」



最初は緊張したけど話してみると意外と何とかなるものだ。

ミサトさんは、優しく少しふわっとしているけれど毒を吐くとこは吐いて、何だか私の姉さんを彷彿とさせるような人だった。

ああ、でもやっぱり怖いなあ。やっぱり裏切られるかもとという気持ちが残ってしまう。

私は微笑みを顔に貼り付け、会話を続ける。



「女性一人だと大変じゃないんですか?」


「うーん、酷いとこはひどいらしいけど、まあうちは付き合い長いからねえ。まあトイレとか困る時はあるけど皆そこらへんはわかってくれているし・・・。」


「へえ。」


「シエスちゃんはコージ君と二人っきりだよねえ?やっぱりそういう関係なの?」



?そういう関係とはどういう関係のことを指すのだろうか。



「そういう関係とは?」


「え、噓でしょ。違うの?あの距離感で。」


「そもそも私たちが会ったのは昨日ですよ?」


「え、そうなんだ。・・・その前はどうしていたの?一人で過ごしていたの?」



その前・・・。

脳裏に思い浮かぶは、灰色の日々。

その時間は最も長く、最も薄い情報量で。

その前は・・・・。





「・・・・?、シエスちゃん!?」


「ッ。」



つい、思い出してしまった。



「大丈夫?すごい怖い顔をしていたけど・・・。」


「いえ。大丈夫ですよ。少し昔の思い出に耽っていただけなので。」


「そ、そう。ごめんなさいね。」



静寂な時間が流れる。

・・・気まずい。

な、何か話題を・・・。



「・・・コージ君と一緒に居るのは楽しい?」


「え?」



暫くして、ミサトさんが口を開く。

言葉の意図が解らない。

楽しい、楽しいか・・・。

不思議と緊張せずに本性をさらけ出せてしまうように感じて・・・

話のテンポがかみ合い、話題もある程度似通っていて・・・

会話していると心が軽くなるような、そんな気がして・・・


彼との会話は、楽しい。

うん、きっと彼といるのは楽しいのだろう。



「はい。」


「そう。なら、彼との繋がりを大事にしなさいね。」


「?」


「ふふっ、彼と話しているあなたはとても楽しそうに見えたから。」



ミサトさんは笑って言った。





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投稿遅れてごめーーーん!

いつも読んでくれていてありがとぉーーーーーーーー!


キリがいいところまで書いたら長くなった・・・・。


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