第11話 旅は道連れ②
「あ~!アイツです、アイツですよ!」
道路から川辺に降り、水を飲んでいる二羽の横からゆっくり近づく。
・・・逃げない。
こちらを揃ってジロリと一瞥して、何も無かったようにそのまま水を飲みはじめた。
・・・野生の警戒心はどうした?
手前の1羽まであと5メートルほど、ワンチャンこのまま乗れるんじゃないか?
シエスと浩二は目を合わせて頷き、そ~っと二羽に近づく。
ススス。
トット。
ススス。
トット。
・・・・・ススス。
トット。
二人が一歩近づく。二羽は一歩離れる。
二人が一歩近づく。二羽は一歩離れる。
・・・・・一歩近づく。一歩離れる。
手前の一羽がこちらへ首を向けたと思うと、目を細め、「グウェ!」と鳴いた。
「コージさん、私たちおちょくられています!」
「ああ。鳥の表情はわからないはずなのに何故か、馬鹿にされているのがわかる。」
俺達が魔力を隠しているのもあるだろうが、中々図太い神経してやがる。
いや、それとも絶対に逃げきれるという自信があるのか?
揶揄うという行為を出来ていということは相応に知能もありそうだ。
・・・・シエスが言っていた、おとなしい性格というのは余り感じないが。
「グウェッ」 「グウェッ」
「ぁあ? 鳥肉になりますか?」
「シエスさんタンマ!?こういうのはだね・・・」
えーと、確かバッグの中にあったはず・・・。
背負っていたマジックバックを下ろし、中を漁る。
「おし、あったあった。迷宮林檎。」
ダンジョンで採取した、食べると一時的にスタミナが上昇する栄養満点
のリンゴを、嘴で食べやすいようにナイフでカットする。
駆け鳥がじっと見ているのがわかる。
「ほーれ、中層でしか採れない美味しいリンゴだぞ〜。」
切ったリンゴを突き出すと、さっきまでの態度が嘘のように何食わぬ顔で擦り寄ってきた。
そのまま2羽は競い合うようにリンゴを食べ始めあっという間に飲み込む。
『もっと』
そんな目で見てきたので望み通り切ってあげる。
シエスが草食だと言っていたからこれにしたが、どうやらお気に召したようだ。
・・・ヘタの数が30を超えると、ようやく満足したのか、警戒心の欠片もない姿で俺の足元にちょこんと座った。(いや、デカいけど)
「よし、餌付け作戦成功!」
何でそんなにリンゴを持っていたのかって?俺が好きだからだよ。
酒ほどではないが、果実の中でなら一番好きだ。
きれいさっぱりバッグから消え去ったけど。
首元を撫でてやると喉をゴロゴロと鳴らした。
猫かな?
毛色はカワセミ、鳴き声はアヒル、喉声はネコ。
渋滞気味だぞ。
「すごい・・・完璧に懐いてる・・・・。」
「こいつ賢いな。駆け鳥ってのは皆んなこうなのか?」
リンゴを食べさせている時に思い出した。
コイツの本当の名前、つまりダンジョンの鑑定機で見た時にわかる名前は、トリウマトドス。
確か、帯広ダンジョンの浅層で狩ったことがある。
ダンジョン内の個体だったから、おとなしい性格の要素を見てないため、見るまでわからなかった。
でもダンジョンに支配されたモンスターも、ある程度はもとの知能の高さが滲み出るものなのだが、コイツらのような賢さは特に印象が無い。
「・・・確かに、ちょっと物分かりが良すぎますね。こっちの行動の意図を理解しているみたいですし、特に調教もなしに初めてでここまでコミュニケーションが出来るのはあまり聞いたことがないですね。それに青色の毛の駆け鳥なんて珍しいです。」
「・・・・まあそう言う個体なのかも知れないな。」
人間にだって俺には理解出来ない程賢い奴もいれば、度し難くバカな奴もいる。
駆け鳥界でも似たようなものなんだろう。知らんけど。
首元を撫でてやると、トリウマトドスは気持ちよさそうな顔をして「グッ」と鳴いた。
「さて、本題だ。
コイツに乗れると思うか?」
「うーん、この駆け鳥は賢そうなのでワンチャンってところでしょうか?普通だったら生れてすぐ人の指示を聞けるように調教師が訓練を始めないと乗鳥用には難しいですが・・・。」
「そうか・・・。なあお前ら、俺たちを運んでくれるか?」
「「ガーグウェ?グェッグウェー!」」
鳥語わかんない・・・・。
まあでも今の様子を見れば、対価として餌を与え続ければ付いてきてくれる気もする。
リンゴは無くなったが、他にも果物は沢山持っている。
「あー、でも鞍も何も無いんですよね・・・・。しがみついていける、かな?」
「普通にずり落ちるか、俺たちが力を入れたせいで駆け鳥が苦しがる結末しか見えないんだが・・・・。
そこは大丈夫だ。鞍の大体の形は覚えているか?」
「へ?え、ええ。昔は普通に乗ってましたし、少々古い型かもしれませんけど一応は・・・・。」
「これに描いてくれ。」
浩二はマジックバッグから取り出した、ちょっと日焼けたスケッチブックと鉛筆をシエスに手渡す。
「何ですか?この棒は?」
・・・ああ、鉛筆のようながまだ無いのか。
確か地球で鉛筆がまともに使われるようになったのは16世紀の後半ぐらいからで、それ以前の筆記用具は羽ペンが主流だったはず。
向こうの世界の技術発展がどのように進行しているのかはわからないが、シエスの反応を見るに鉛筆はまだ普及していないようだ。
「インクを付けずに書ける筆記用具だ。そのまま紙に描いてみてくれ。」
「ふむ、どれどれ・・・・おお、これは凄い!羽ペンで書くよりもずっと楽ですね。」
そう言ってスケッチブックに絵を描き始めるシエス。
意外、と言っては失礼だが。数分後、見せてもらった絵は、今日を鉛筆を握った者とは思えぬほど綺麗に描けていた。
写実的な画風と三面図も相まって、設計書を見ている気持ちになる。
乗馬なんてやったことがないから詳しい形なんて知らないし、そもそも鳥用の鞍なんて見たこともなかったが、こうして見ると結構パーツ数は少ない。
「ありがとう。これだったらすぐ作れそうだ。」
今ある素材だと・・・・三角獣の革があったな。
折角なめしたは良いが、後でもっといい素材が手に入ったので余っていた。とは言え、普通の座るだけだし
マジックバッグから黒柿色の革を取り出す。
これだけあれば、二羽分作る量は十分ありそうだ。
シエスが描いた絵を見ながら各パーツの大体の形とそれぞれの相対的な大きさを、描かれていないところは想像を交えて、隣のページに描く。
地面にシートを敷き、その上で作業を始める。
こうしないと作って置いておいた部品が何処にあるかわかりづらいからだ。
相も変わらず、すぐ傍でくつろいでいるトリウマトドスを観察してパーツの大体のサイズをイメージ。
よし、やるか。
シート上に広げた革に手を置き、魔力を注ぎ込む。
(『形成』)
脳内で、作りたいものの形を、強く、強くイメージする。
一枚のいびつで大きな革が、青白い輝きの中で独りでに半分に割れ、割れた片方が形を変えて馬鞍におけるあおり革を形成する。
一度トリウマトドスの背にあてて、このサイズでいいか確認する。
うん、こんなもんでいいだろう。
余った半分の革で同じパーツをもう一組作り、同じように騎座や膝当て、背に固定するためのベルト、鐙革などのパーツを作っていく。
最後に、それらを固定するための金具や鐙を無駄に余っているアダマンタイトで作り、組み立てる。
「便利ですね。それがコージさんのスキルですか?」
「ああ。直接戦闘には使えないけど、これがあるから一人で生きてこれたと言っても過言じゃないな。」
スキル【錬金術】。
初めてダンジョンに入った時に使えるようになった、俺が持つ唯一のスキル。
能力は、己の魔力を通して触れた物質を望んだ形に工作し、対価として変形させた物質の素材レベルに応じた魔力を消費する。
戦闘には向かないし、ネットで見た魔法系のスキルに比べたら些か地味だが、俺にとってはこれ以上ない程使えるスキルだ。
このスキルのお陰で、俺は武器や防具などの装備や生活道具などをダンジョンで得た資源から自分で作り、文明が絶えたとも言えるこの危険な土地で、ある程度は人間らしい生活をしてこれたのである。
因みに「錬金術」という名前から、あの片腕の錬金術師のように地形を操作して戦えないかやってみたことがある。
結論、そんなことするより魔力を込めた武器で直接殴った方が効率が良かった。
勿論人体を錬成したり賢者の石を作ったりする事も出来ない。
「望んだ形に工作する」と言っても、この世の摂理に反した物を作ることは出来ないし、本人が強くイメージして発動する必要があるため、作るものの構造を理解出来ていないと作れない。
もしかしたらダンジョンの宝箱から得ることができるポーションや魔法具なども作ることが出来るのかもしれないが、その作り方を俺は知らないのでそういうのも無理だ。
・・・錬金術師というよりちょっと仕事の早い道具職人だな。
作業しながらそう考えていると、二つの鞍が完成した。
馬と鳥では体の構造がかなり異なり、鞍もそれに準じた形になるが、パーツの構成的にはそこまで変わらない。
「ちょっと立ってもらっていいか?」
「グウェ!」
身振り手振りしながら言うと手前の一羽がすっと立った。
・・・やっぱりコイツ賢くね?
すれて痛くならないように毛布を背に敷いてから鞍をのせる。
託革と腹帯の金具を繋ぎ、ズレないようにしっかりベルトを締める。
「痛くないか?」
「グウェ!グウェ!」
鳥語わかんない・・・・。
なんか言っているが、きついのか大丈夫なのか全くわからん。
まあ嫌がっている感じはしない。多分。
「シエス。これで大丈夫か?」
「うーん?どれどれ・・・。うん、ズレなさそうですし大丈夫だと思います。」
慣れた手つきでもう一羽に鞍を付けていたシエスが言う。
本場の吸血鬼が言うならまあ大丈夫だろう。
頭絡を付けて準備完了。
見ればシエスの方も準備完了していた。
「そう言えば名前とか付けてないな。」
「いりますかね?そこまで長いこと一緒にいることもないですよね?」
「ずっと駆け鳥駆け鳥言うのも味気なくないか?」
モンスターの中では小柄な方だが、それでもミニカーほどはある。
どの方法で渡るかは現地を見てからだが、向こうの情勢もわからぬまま本州に連れていくことは無理だろう。
だが、短期間とはいえ行動を共にする仲間なのだから、せっかくだったら名前を付けたい。
「私はネーミングセンスが壊滅的なので、コージさんに任せますよ。」
うーん、どうしようか・・・。
駆け鳥、トリウマトドス・・・。
うん?トリウマ?
・・・カ〇とク〇。
いや、ちょっとまずいか・・・。
二羽のカワセミのような美しい青緑の構造色の羽が浩二の視界の端に映った。
翡翠色・・・。
「よしっ、君の名前はジェイド。君の名前はヤーデだ。」
「「グウェ!」」
こうして見ると結構可愛いな。
「餌付けしてからの変わり身・・・・。」
それはそう。
「まあ、これで速く進めるな。」
よいしょ、と。
片方の鐙に足を乗せ、反対の足でジェイドの背中を跨ぐようにまわし、ジェイドに乗った。
シエスも慣れた手つきでヤードに乗る。
「おしっ、それじゃあ出発!ハイヤー!」
どこぞの西部劇で見たように馬の腹をかかとで蹴る。
あ、やべ。強くしすぎた。
「グウェェ!?」
「うおっ!?」
魔力のせいで強化された身体能力を持つ俺に突然腹を蹴られ、驚いたジェイドは混乱のままに走り出し、
そのまま川へと突っ込んだ。
「ぷっ、何やっているんですか・・・。」
うん、いきなり乗りこなすのはそりゃ無理だわ。
びしょ濡れになった服を絞りながら浩二は反省した。
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