第9話 始まり
「ふわぁ〜。」
包まっていた寝袋から這い出て欠伸をし、止めていたボタンを外し、テントの外へ出る。
夏も終わりの季節なため、空気が冷えており、凛とした朝の空気が心地よい。
見ると東の空が白み始めており、鳥の鳴き声が聞こえる。
「5時半・・・・シエスはまだ起きて無いか。」
少し離れた木々の間に張られた小さなタープの下、木の幹にもたれかかり動かない毛布で包まった吸血鬼をチラリと見る。
「近づくと起きるだろうし、使った分の弾でも補充しとくか。」
マジックバックからミスリル鉱石を取り出し、机の上に並べる。
ダンジョンには、時折こういった鉱物が人知れず生成される空間があり、深層部、つまりより入り口から奥にある場所ほど素材として性能の良いものの鉱床があることが多い。
ミスリルはそこそこ潜らないと手に入らない鉱石で重いが、硬さ、魔力親和力において格別の性能を持つ金属だ。
とはいえ鉱石なのでこのままでは不純物が多すぎて使えない。
ミスリル鉱石を手に取り、手から魔力を注ぎ込む。
(『精製』)
混ざり合った不純物を取り除き、鉱石を純インゴットへ。
手を触れ鉱石と魔力で繋がった状態で頭の中でイメージする。
鉱石が青白く輝きを放ち、光りが収まるとそこには不純物の屑石と、綺麗な金属光沢を放つ白銀のインゴット。
鉱石から一気に弾頭を作ってしまうこともできなくはないが、集中力がいるのでつかれるし精度も粗く、なんらかんらで工程を分けたほうが効率的である。
それに己の命を預ける武器に手は抜きたくない。
(『形成』)
インゴットに再び魔力を注ぎ込み、作りたいものを想像する。
ここでしっかりと諸元を定義して詳細にイメージしなければ銃の口径に合わず下手すりゃ暴発するので気が抜けない。
再び青白い輝きを発しながら、適当な大きさに分割、弾頭を形成する。
その後も同じ作業を繰り返し、二百発分ぐらいの弾頭を作った。
作ろうと思ったらもっと作れるのだがとりあえずはこれぐらいでいいだろう。
作りだめしてあった薬莢と粉末にし乾燥させた火薬草を入れたタッパー、雷管代わりの火石のチップを取り出す。
作った40グレインの計量スプーンを使って汲み取った火薬粉を、火石を底部にはめた薬莢に入れ、弾頭を嵌めていく。
気づくと陽も登り、時計の針を見ると既に朝の7時になっていた。
曇りだった昨日とは打って変わり雲一つない見事な晴れ空だ。
朝の陽光が、廃墟となった眼下の街を照らし輝かせ、何処か退廃的な美しさを作り出している。
離れたタープ下でもそもそとシエスが動く気配がした。
「おはようございます・・・・・」
「おう、おはよう。」
目をショボショボとさせながら起き上がって歩いてきたきたシエスが切り株に座る。
どうやら朝は弱いらしい。
白銀の髪が陽光を反射しキラキラとする。
「昨日は曇りだったから良かったけど、陽にあたって大丈夫なのか?」
今のところ体が燃えて灰になって消えるみたいなことにはなってなさそうだが・・・
「下級吸血鬼は火傷することもあるそうですけど、私は大丈夫ですね。
これでもそこそこ位の高い吸血鬼ですからね。晴れの日は好きですよ?彩りが良いですし景色もきれいです。若干の不快感はありますが。」
そう言って足元の影から日傘を取り出し肩にかけて持ち、景色を見回すシエス。
ふむ、つまり某国民的アニメに出てくる主人公の妹を鬼にしたラスボス吸血鬼は実は下級吸血鬼だったのか。
「なかなか見晴らしのよい、良い場所ですね。」
「だろう?元は亡くなった爺さんの家でな、結構高かったらしいぞ。もう燃えたけど。」
その爺さんが昔ハンターで、しかもガンマニアだったおかげで本とか色々あったし、そのおかげで構造が分かったからこうして自力でパーツから作り出すことができた。
街の一角から白いカイリキバトが群れで飛び立ち、ゴブリンの群れに襲い掛かるのが遠目に見えた。
「俺たちも朝食にするか。」
「そうですね。」
昨日夕食後に焼いて包んであったドラゴン肉をマジックバックから取り出し、同じく取り出したパンに挟む。
「うん、シンプルだけど素材がいいからうまいな。」
「ですね。」
作ってからすぐマジックバッグに入れたため肉がまだ温かい。
本当に亜空間収納系のマジックバックさまさまだ。
朝食を終え、それぞれテントとタープを畳む。
ワイバーンの皮から作った革鎧をシャツの上から着こみ、膝や腕にも身に着けていく。
右腰のベルトに弾薬用のポーチ、左側に片手剣を着け、その他装備品も装備していく。
バッグを背負いブーツの紐をしっかりと結んで、グリーンシープの毛で編んだマントを身につけた上からベルトを使ってライフルを肩で背負い、準備を終える。
それを彼女はずっと見ていた。
「行くんですか?」
「ああ。行くとしよう。」
「そうですか。お別れですね。」
そんなに寂しい顔をするなよ。
「何言っているんだ?おまえも来いよ。」
「え?」
彼女の芸術的なまでに美しい赤い瞳が見開かれる。
「特に行く当てもないんだろう?だっだら一緒に行こう。」
「なんで・・・。」
「旅は二人ぐらいの方が丁度いいもんだろ。」
「何が、目的ですか?」
警戒感をあらわに、スッと目を細めるシエス。
先程まで普通に話し一緒に朝食をとった時の姿からは想像できない、過剰なまでの警戒感。
いや、彼女はずっと警戒していた。出会った直後の魔力による威嚇行動もそうだし、その後の会話中も、獲物の解体中も、食事中も、更には戦闘中の背後でさえも打ち解けているように見えて常に警戒を絶やさなかった。
それをさせるのは決して生来の性格などでは無いだろう。
彼女が生きてきた経験と環境が、彼女の今を作ったのだろう。
「目的、と聞かれると微妙だけど理由はあるかな。
あんな寂しそうな顔をしている女性を、置いていけるわけないじゃないか。」
ビクッと肩を震わせ、目を見開くシエス。
「俺は君の過去を知らないし、心情を完全に理解することも出来はしない。でもシエス。今の君は、とても寂しそうだ。」
『やりたいこと、ですか。昔はあったんですけどね・・・・。』
普通に会話し、笑い澄ました彼女の顔の内側は、余りにも彩がなく空虚に感じてしまうのは気のせいだろうか。
話している限り彼女には、ヒトとしての理性がある。真っ当な感性がある。
だが、それら人格を形成する物の中で、大切なものが今は抜け落ちてしまっているように見える。
心の拠り所、自分の存在意義だ。
「シエス、君は他人との関わりを求めているんじゃないか?」
一緒にいて感情を共有し、心の拠り所となってくれる人を。
心を許せる、友を。
沈黙が、場を支配する。
「・・・・・・ええ、そうですよ。もう手に入らないものです。」
口を開いたシエスは悲しそうに、在りし日を思い出すような顔をして言った。
「なぜ諦める?少なくとも今君の目の前にいる人間は、少なくとも君と一緒に行きたいと思っているぞ。」
「何故です?それでは貴方に何のメリットも無い。こんな吸血鬼相手に同情心でも湧きましたか?
人が人を信用するというのは本当に難しい。」
私は人ではないけれど。
自嘲するように言葉を吐き捨てる。
「もう一度聞きます。何が目的ですか?」
「目的と言っても・・・・・。ただ、君といたら楽しそうだなってだけだ。久しぶりに人と話したこともあるだろうけど、君と話しているとなかなかに楽しい。二人で会話したとき、戦った時、ああこの人だったら一緒に旅を楽しめるかなって。」
テンポ感というべきか、会話のピッチが合っている気がするのだ。
望んでであれ、望んでないであれ、似たような生活をしていたからだろうか、話もあう。
俺はあまりずっと他人と関わるとどうしても気疲れしてしまう質だが、彼女といる分にはそれもあまり感じない。
最初こそ他人の酒を飲んだり地上に竜を連れ出したりどことなく残念な感じが出ていたが、彼女との旅は退屈しなさそうだ。
「楽しい?」
「うん。君は楽しくなかったかな?」
「いえ、楽しかったですが・・・。」
「俺は今までの生活スタイルを気に入っていたけど、流石に一人の生活に飽きもした。ここらで冒険仲間を手に入れたいところだった。」
別に1人は苦にならないがこれから一生一人っきりで生きていくのはやだ。
でも俺は旅がしたいし、冒険がしたいのだ。
まだ見たことが無いモンスター、目の前の吸血鬼の少女のような異世界の人々、文化、まだ見ぬ景色。
知りたい、見てみたい。
こんな危険地帯(今の地球に安全地帯があるのかは知らないが)に住んで5年間ダンジョンやモンスターが生息する地上を探索し続けたのもその心によるもの。
勿論この狩猟生活が好きというのもあるが・・・。
でも旅も冒険も今の生活も、当たり前だがそれらには大変な危険が伴う。
世間から見たら自殺志願者にしか見えないその行動に、付き合える人などいないだろう。
だから、例え生涯孤独でも俺が好きなこと、やりがいを貫くと割り切っていたのだが・・・・。
そんな所に彼女が現れたのだ。
乗るしかない、このビッグウェーブに!
「こういったらなんだが君は強い。君だったら俺の行動にも余裕で付いていけるでしょ?」
むしろ単純な戦闘能力ならはるかに上だ。
「やりたいことがないんだろう?だったら見つければいい。心を許せる人が、愛情を注いでくれる人がいないなら探し、作ればいい。」
それが俺である必要は、別にない。
勿論本当に心から気を許してくれたら、嬉しいが。
俺の言葉をシエスは黙って聞いていた。
「旅は良いきっかけになるはずだ。その結果別れたかったら別れればいい。」
彼女は目を瞑り、考えに耽る。
暫く、静寂の時間が過ぎる。
考えがまとまったのか、彼女は少し不安そうな、けれども意を決した表情で口を開いた。
「私は、吸血鬼ですよ?本当に良いんですか?」
「ああ、そうだ君は吸血鬼だ。話の分かる良い、が頭につくがな。ついでに凄い美人だ。」
「んにゃ!?」
なんかすごい声したな。猫か?
てかめっちゃ顔赤くなっているぞ。
元の顔が白いからか分かりやすいな。
「謙遜することはないだろう?実際そうだし。」
「ま、まさか下心!?」
「いや、下手に手出したら斬られそうだしそんなことせんわ!?てかこちとら枯れたアラサーやぞ!?」
確かに短い時間ながら一緒に居て楽しいなと思ったり、この空気感が心地良いなと思ったりして、彼女ならずっと一緒にいても良いなと・・・・。
あれ?
いや、違う。そもそも彼女は吸血鬼だ。そう、あくまで相棒として一緒に旅をしたいと思っただけで決してそういう感情ではないはずだ。
そもそも俺はもう30歳だし、彼女のような絶世の美女とそういう面で釣り合うわけもないのだ。
「え、おっさん?」
「おっさんだろ。君に比べたら。」
あれ?これぐらいの若い子からしたら30超えた大人は内心でもうおっさん扱いだと思っていたんだが・・・・。
「う、うーん?人間の成長の仕方とは・・・・いやまあそういう人もいる、のかな?」
小声で何か言っているがくぐもって良く聞こえない。
シエスは頭を振るい気を取り直したように真面目な雰囲気を纏い直す。
「あなたは、私が怖くないのですか?」
「警戒は大切だ。特にちょっとしたことが命取りになるこんな生活をしているならね。
でも同時に、警戒して、怖がってばかりじゃ大きい物は得られないんだよ。もし満たされた生涯を送りたいなら、人生には、勝負すべき、賭けるべきポイントが絶対に幾つかある。
俺の爺ちゃんの受け売りだけどね。」
何かと謎の多い爺さんだったけど、時に言う教えめいた言葉には、不思議と重みがあった。
「俺はこれでも昔から感が良い方らしくてね。ダンジョンから出てシエスの気配を感じ取った時に、何となく今がその勝負をする時だと思ったんだ。」
別に、勝負を、賭けをしなくても生きることはできる。
いや、寧ろ安定した、確実な人生を送りたいなら危険な可能性はなるべく排除するべきだろう。
でもな、俺は楽しく生きたいんだ。
そして、彼女という仲間を伴った旅は楽しい、そう俺の感も告げている。
「で、どうするんだ?別に断ってもいいぞ?こんなおっさんと一緒に旅をするのは嫌な気持ちもわかるし・・・・。君にとっても、旅は一人でも出来るからな。」
なんだか、自分で自分をおっさんと連呼していると悲しくなってきた。
青空を見つめ、再び考えるシエス。
今度はさっきよりも早く口を開いた。
「・・・コージさん、よろしくお願いします。」
覚悟を決めたような、不安を削ぎ落したような、屈託のない笑顔で彼女はそう言ってくれた。
出会ってからずっと感じていた心の影は依然存在するよう見えるが、それも随分と薄く感じるような気がする。
あるいはそれは投げやりなのかもしれない。
だが、悲しい顔より、寂しそうな顔より、今のほうがずっと魅力的に見えた。
過去が消えることはない。
心ある限り、記憶がある限り、その悲しみが完全に消えることはない。
それが「人」というものだ。
「ああ、よろしくな。相棒。」
「はい!」
手を差し出し、握る。
どうやら向こうの世界でも、握手という文化はあるらしい。
握った彼女の手は、冷たくも熱くも無く、ただ温かい。
「じゃあ行こうか。」
「ええ。」
爽やかな晩夏の朝の風を背に、並んで歩き出す。
歩いていく二人を静かに見守る二つの墓には、季節外れの紫苑が供えられていた。
二人の当てのない旅が始まる。
「所でなんだけど、シエスって何歳なんだ?酒飲んでるけど。」
「女性に歳を聞くとは、いい度胸ですね?」
「・・・・すいません。」
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ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
もし、少しでも面白い、可能性を感じると思って頂いた方には、★と♥を付けてってくだされば嬉しいです。
これからも投稿していきますので、何卒宜しくお願い致します!
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