第8話    吸血姫



「ふぅ・・・・。」


天幕の端から覗く夜空を見上げて、息を吐く。


彼のテントの方に意識を傾ける。


緩やかな心音と、寝息。

間違いなく、完璧に寝ているようだ。



「変な人ですね。私が怖くないんですか?」



今ならば、気づかれる暇も与えず、彼の首を刈り取ることができるだろう。

彼もそれがわかっているはずだ。



最初に見たとき、普通の青年だと思った。

向こうと同じ基準なら、18ぐらいの年齢に見える。

いや、もっと若いかもしれない。


次いで、抑えて隠しているが、なかなかの魔力だと思った。

かの勇者に比類するほどの魔力総量だし、それをここまで接近するまで隠し通せる技量はこの男の方が上だと思った。

何より私の露わにした魔力にひるまず、普通に立っている胆力は驚嘆に値する。


もう人間となど関わりたくないと思っていたが、少し、彼に興味が沸いた。





彼との会話は、楽しかった。


自分でもわからないが、彼と話していると昔のように本心から笑えているように思えた。


何故だろうか、彼なら話しても良い気がしてつい自分は吸血鬼だと話してしまった。

いや、もう期待を裏切られるのが嫌だったのかもしれない。

まだ今だったら、拒絶されても傷は深くないから・・・。


彼は私が吸血鬼だと言っても特に変わらなかった。

いや、若干戸惑いというか困惑はしていたが、それで何か対応が変わるようなことはなかった。


どうやらこの世界では吸血鬼という存在自体があまり知られていないようだ。

吸血鬼と聞いて何かよくわからない特徴を言っていたけれど、それは最早別の存在だと思う。


話を聞くに、この世界にダンジョンが現れたのは6年前とつい最近らしく、どうやらそれ以前はモンスターも存在しないかなり平和な世界だったらしい。


ボロボロな建造物の理由に納得がいった。

ダンジョンやモンスターに対する知識が無かったというならばこの現状にも納得がいく。

差し詰め定期的な駆除を怠り、モンスターが地上にあふれ出てきてしまったのだろう。

ここは星の龍脈の関係か、魔力がかなり濃い土地のようだ。

スタンピードの周期も短ければ、規模もさぞ大きいだろう。


しかしそうなるとこの青年は僅か数年で人間にしては異常なまでの魔力を手に入れたのだろうか?

もしそうならこの期間に一体どれほどの死線を潜り抜けてきたのだろうか。

だとしてもこの魔力量は異常だ。

まあそもそもこんな所に一人で住んでいる時点で特異な人物であることは疑いようがないが・・・・。


私が言えたことではないかもしれないが、言動から、私と違って彼は望んでこのような生活をしているようなのでやっぱり人間としては特異な部類に入るだろう。


そう、特異な人間。


彼の行動からは、恐怖心も、敵意も不思議と感じない。

最初こそ私が魔力で威圧していたから警戒をしていたが、見ての通り今ではそれすら微弱だ。



お人好し?自身の状況すらわからないただのアホ?いいや、とんでもない策士で今の仕草も全て演技なのかも知れない。


何にせよ、変な人間だ。


だが、不思議と不快感は無い。





竜が地上に出てきた時、一緒に戦ってくれるという申し出はありがたかったが、同時に不安にも思った。


正直背後から撃たれるんじゃないかと思った。


だが、結果として彼はよく戦ってくれたし、その戦闘力もわかった。


随分と器用な戦いをすると思った。


まず、あの筒のような物から高速で発射される物に魔力を付与する素早さと正確さに驚いた。

魔力を物に付与するということは結構難しいことだ。

物に魔力を通すことは出来ても、手放した後でもそれが持続するように切り離すのはそう簡単に出来ることではない。

かなりの鍛錬と、個人のセンスがいる。

あの指先ほどの小さな物体に、あれほどの密度の魔力を瞬時に付与するのは自分には無理だと思った。


そして、磨き抜かれた技量と、それを活かす戦闘のセンス。

遠距離から、機敏な竜の部位ごとに正確に当てられる狙撃技術。

機動時に見せた体内魔力操作による身体強化の精度と効率性。

それらを使って、初見の私の動きに合わせて的確に支援する力。


確かな技量を持っているうえ、よく戦場が見えている、そう思った。


彼のお陰で随分と快適に戦えたし、何より少し戦いが楽しかった。


他人と何か事を成したのは、本当に久しぶりだった。



彼と過ごす時間は、まるで無彩色の世界に色が付いたようなそんな感覚を私に思わせた。


もう取り戻せない、在りし日を思い出させるような。

もういない、家族や友人との時間を思い出させるような。


久しく忘れていた、そんな感覚を。




「・・・ははっ。何だ、人から逃げてここにいるのに、結局私は人との関わりを求めているということですか。」






食事を終えた後、何かやりたいことはあるのかと聞かれた。

私は答えられなかった。


本当は気づいていた。自分が何を望んでいるかを。

でも私は言えなかった。


それはきっと、彼に迷惑をかけるだろうから。


怖いから。これ以上人に裏切られるのが。






食後の話の中で、明日には彼がここを去ると知った時、心が締め付けられたような気がした。








ホー、ホー・・・・


遠い木の梢、月明かりのもとに一羽の鳥が止まっているのが見える。


見たことが無いし鳥だし、魔力をほとんど感じない。

ダンジョンの入り口というセーフティエリアに居たことで生き残っているこの星の原生生物だろうか。


彼女の紅眼は例え闇の中でも昼間と変わらぬように映し出す。


青白い月光の中、両者の目が合う。














彼女の名前はシエス・ハイマ・バシレウス。


真祖の血を最も濃く保持していた、今は亡き夜王国のバシレウス王家の最後の血族。














その鳥が日本で梟と呼ばれること、そして梟の鳥言葉は『幸運』であることを、彼女は知らない。





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