第7話  静かなる月明かりの

ドラゴンの香草焼きを美味しく頂き、食後のコーヒー(っぽい豆を煎って作った代用品)を飲みながら、焚き火を囲む。


俺はロットガイドとウエスを使いライフルの銃身を掃除する。

発射時にガスが付着し、そのままにすると命中率の悪化や動作不良を起こすので何回も撃った後は出来るだけ整備をしておかなければといけない。


 

「苦いですけど慣れればこれはこれでいいですね。カプタに似ているかな?」

「初めてでブラック飲めるとはいける口だねえ~。ところでカプタって何だ?」

「カプタっていう豆があって、乾燥させた実を煎って粉にしたやつを溶かした飲み物があるんですよ。」





聞く限り異世界版コーヒーって感じだろうか?


さっきは茶化して終わったが、恐らくシエスの脳内で行われているであろう自動翻訳は、どこまで翻訳してくれているのだろうか?

今のカプタという単語は翻訳されなかったということは、固有名詞以外はそのままということだろうか。


《コーヒーの木》と謎翻訳で変換されていないのでもしかしたら作り方は同じでも味は結構違うのかもしれない。







あたりはすっかり暗く、空には明るい満月と星々が浮かんでいる。

今では都会の灯りが消え、空気が澄んだここでは、月が出ていても星が綺麗に見える。





「今日は久しぶりに人と話せて楽しかったです。」

「ああ、俺もだよ。」



なかなか濃密な1日だった。



俺はライフルの機関部を分解し、ブラシで汚れを落としていく。

ダンジョン内でも使っていたし、今日はかなり撃ったので、汚れがすごい。



「それに、久しぶりに、戦いが楽しいと思えたかもしれません。」


戦いが楽しい、か。

もしかしたら吸血鬼として身体性能や魔力量などのアドバンテージがあるのかもしれないが、扱いの難しいハルバードを自分の体のように使い、攻撃を行う流れや戦闘時の身のこなしは歴戦の戦士を思わせるほど洗練されていた。

『こっちはわざわざ気を遣って一人慎ましく森の中動物たちの血を吸いながら暮らしてるんだからそっとしておけばいいものを・・・・。』



「シエスは、戦いが嫌いか?」

「嫌いではない、ですね。でも好きかといわれれば違います。目標がない中で戦うことほどつまらないものはないですよ。ただ自分が何となく生きていたいからというためだけに戦うというのは。」


静かに燃える、焚き木の炎を見つめながらシエスは言う。

その姿は、一見隙の一遍もないようでいて、何処か疲れているように見えた。

体を支えるなにかを失っているように、体を預けるものを必要とするように。

今にも倒れてしまいそうな、ふと気づいたら消えてしまいそうな、そんな危うさを感じた。


「コージさんは、どうですか?楽しいですか?今の生活は。」


戦うのは、生きるのは。


パチパチと火がはぜる音が静寂な空間に鳴り響く。


「そうだな・・・。自分が強くなっていると実感できた時とか考えた作戦が上手くいった時は楽しいと感じるかな?少なくとも以前よりも充足感は得られているな。」


別にバトルジャンキーではないと思っているが、世間から見た俺は恐らく変人と呼ぶに相応しいものだろう。


現代の社会生活よりもこっちの方が性に合っていると思うのは本当だ。

日々を生きるためにブラック会社にこき使われる以前の生活よりも、安全と快適性のへったくれもない今の狩猟生活のほうが、遥かに楽しいと心の底から思える。

モンスターと命を掛けて戦い糧とし、野生化したモンスターや植物を観察し、まだ見ぬダンジョンの中の世界を探索する。

何にも縛られず、自由に、必死に生活する真の自立。

そして思うのだ。ああ、自分は生きているんだ、と。


まあ大勢の人が亡くなったなかこの環境を楽しんでいるのに罪悪感を覚えたこともあるし、初めは憎しみに囚われていた部分もあった。

でも、だからどうするんだという話。

俺は見ず知らずの人間のために戦える勇者なんかじゃないし、優先すべきは死人ではなく今を生きる自分たち。その方が余程生産的だ。

次第にそう割り切れるようになった。


「ああ、楽しいさ。」

「そうですか。いいですね。人生を楽しめるというのは。」



「シエスは、何かやりたいこととかないのか?」

「やりたいこと、ですか。昔はあったんですけどね・・・・。」


ゆらゆらと揺らめく炎を見つめながらシエスは言った。

その姿は、先程まで笑っていた姿とは異なり、酷く空虚だった。

静寂な時間が過ぎる。

またパチっと火がはぜ、燃える薪が崩れる。


「わからないです。こちらに来たのも特に考えがあってきたわけでもなく、ただ向こうがいやになっただけですから。」

「そうか。見つかるといいな。」


シエスが生き、見て、聞き、考え、思い、記憶してきた世界。

それは仮にどんなに詳しく話を聞いても、他人には全体のほんの表層部分しか理解できない、その本人だけが知っている彼女の人生、彼女にとっての世界観。

そんな彼女の人生に、たかが30年ほど生きただけの只人がこれ以上口を出すのはただの知ったかぶりだろう。

今日出会ったばかりの第三者である俺が、言えるのはそれくらいだった。



そうだな、

第三者である俺が出来ることは精々些細なきっかけを作ることぐらいだ。



「コージさんはこれからどうするんですか?ずっとこの生活を続けるつもりですか?」


「いや、流石にずっとここで暮らす気はないよ。ダンジョンの向こう側の世界も気になるし、今俺がいる地球が、人類社会がどうなっているかも気になる。」


今のここを拠点にした生活も気に入っているが、一応ボスであるドラゴンも倒してしまったし、もうある程度やりつくした感がある。

拠点燃えたし・・・。

驕るつもりはないが、最近では深層でもかなり余裕ができるようになった。

新しい刺激が欲しいし、純粋に冒険心というか、探求心がある。


きっと大昔の冒険家も、こういった思いを胸に旅立っていったのだろう。



「旅に出るということですか?」


「ああ。まずは一度本州に言ってみようと思う。」


異世界も気になるがまずは身近なこの地球の今を知りたい。

無事復興を遂げているのか、日本という存在がまだあるのか。

もしかしたら現代ファンタジー物によくあるような探索者制度やギルドみたいなものができているかもしれない。

あるいは、モンスターに支配権を奪われていくポストアポカリプスな世界になっているかもしれないし、


そんなバカなと思うかもしれないが、5年前の地獄っぷりと200万都市と呼ばれた札幌の今の有様を見ているとあり得なくもない。


まあそこまで人類は儚い存在じゃないと信じたい。



もしちゃんと文明が存続していた、俺ではノウハウも時間も無く作れない調味料や酒を確保しておきたいし、現代的な料理を食べたい気持ちもある。

いくらこの生活が性に合っているとはいえ、偶には文化的な生活をしたくなることもあったり無かったり・・・・。



「ホンシュウ?」


「あー、えーと、この国は大きい五つの島からなる島国でな?

俺たちが今いるのが最北にある北海道。その一つ南にあるのが首都がある本州っていう一番大きい島なんだ。」


「へー、ホンシュウっていうのは地名なんですね。」


地名?というとなにか違うような気もしなくはないが、まあその解釈で良いかな?



「明日にはもう行くんですか?」


「ああ。」


「そう、ですか・・・。」







整備の終わった機関部を組み立てライフルの外観を磨く。


「雨、降りますかね?」

「降らないでほしいな~。雨で濡れたテントの撤収はダルいからね。」

「本心から同意します。」



曇り空の切れ目から覗く、白く輝く満月。

いわゆるブルームーンという奴だろうか。今日の月は比較的青白く見える。

まるで目の前の吸血鬼の髪色のように。


更けていく夜、月は見守るように、微笑むように光の絶えた大地を照らしていた。

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