第0章 世捨て人と世捨てられ人

第1話   はじまりのはじまり

「~~♪」

ほのかに発光している岩肌のお陰で明るい、植物が生い茂る洞窟状の空間の中、

既にうろ覚えなヒットソングの歌詞を口ずさみながら、足元に生えた赤い葉っぱの薬草を慎重に採取する。


(まさかダンジョンのこんな浅層で上級火薬草がとれる場所があるとは・・・。)


思いもよらぬ収穫に顔をほころばせる男は腰につけていた採取ポーチが一杯になったのを見てそれなりの量を確保したことを確認すると、ポーチごと背中に背負っていた魔法鞄マジックバッグに収納し、いつでも手に取れる位置に立て掛けてあった小銃レバーアクションライフルを持つ。


五年間の酷使でボロボロの腕時計を確認する。


「外はまだ真昼間か・・・。」


もうちょっと先へ進んでみようかとも考えるが、もともと昨日の時点で引き上げる予定だったんだ。

たまたま自分が入った事が無い横道を見つけてこんなところにいるだけなのだ。

「よし、今回は帰ろう。」

右肩にライフル、左腰に片手剣、背中にマジックバッグを背負った男はダンジョンの出口へと歩く。


3時間ほど歩いただろうか。

まるで神殿の入口のような白い柱でできた門をくぐり、ダンジョンの外に出る。


炎上した焦げ跡の残る横転した車

ひび割れたアスファルトの隙間から草が除く今や行きかうものなき道路

倒れた電柱に光を失った信号機

割れた窓のガラス片がキラキラと輝く


今では人一人いない、荒廃した都市の跡。


『ギャーァ、ギャーァ』

遠くの空でワイバーンの群れが飛び交い、静寂な大地に鳴き声が響き渡る。

「ふう。三日ぶりの地上だ。」

人の営みがなくなったからか、五年前よりもいくらか綺麗に感じる空気を肺に吸い込む。

広大なダンジョンとはいえ閉塞した空間であることに変わりはなく、やはり精神的な面で息苦しさを感じることはある。

やはり空が見えるということは良い。



ダンジョン前に広がる花が咲いた空き地の一角、子供の背丈ほどある滑らかな岩が二つ、石の上に積み上げられている。

二つの岩の表には文字が荒々しく彫られており、ややしおれたオレンジ色の花が供えられていた。

水を入れ替え、新しくダンジョン内で見つけた花弁が青く発光する魔花を花立てに供える。




既に野に還り始めている坂道を登り、家へと向かう。


(夕飯は何を作ろうか・・・。いや、そういえば調味料とかもうほとんどないんだったか・・・。)

”時間停止”の効果が付いたマジックバッグに入れておけば賞味期限なんて気にしなくていいやとあれほど溜め込んだ調味料の残りが少ないことを思い出した男は顔をしかめる。


(さすがに現代の食事が恋しくなってきたな・・・。あと米が食いてえ)

なんで小麦みたいなのは生えてるのに米はないのだとブツブツ言いながら歩く。


そうこう考えているうちに家が近づいてきた。




       ゾクッ

「!?」

その気配を感じた瞬間、

瞬時にスキル”隠密”を発動し、体内の魔力を潜める。

ガチャ。

素早く、担いでいたライフルを構え、セーフティを解除する。

ダンジョン内に潜っていたのもあって初弾は既に装填済みだ。


(なんだ?この気配は。人・・・いや、モンスターか?)

気配の質的にモンスターではない気がするが、自分の知る人とも少しずれている気がする。


通常、モンスターはダンジョンにあまり近づきたがらない。

”地上に出てくる前”己を縛っていたものへの恐怖なのか、確実な理由はわからないが少なくとも男がかつて調べた札幌近郊のダンジョンではそうだった。

だが何事にもイレギュラーというものはある。

また、例え人であったとしてもこんな場所にいる時点で碌な人間じゃないだろう。

そんなとこに住んでいる男が言えたことではないが・・・・。


(距離は150、1時の方向、家屋の中・・・・

               って俺の家じゃん!?)


首筋がひりつく。

嫌な感じだ。具体的な証や理屈は皆無の生物としての勘。

得体のしれぬ存在感を感じる。

こういう時は大抵何かが起こる。


(どうする?引き返すか?)


迷ったのは僅か数秒。

男は前へと足を踏み出す。

それはただ純粋な、好奇心。

男の中で、リスクを好奇心が上回った。


ライフルをマジックバッグに仕舞い、代わりにリボルバーを取り出す。

上級火薬粉を使って作った弾を惜しみなく6発装填し、撃鉄を起こす。

左腰につるしてある片手剣が、いつでも抜ける状態にある事を確認し家へと向かう。


「ふぅー・・・・」

警戒しながら家の玄関の扉に手をかけ、静かに息を整える。


   バダンっ!

勢い良く扉を開け放ち、その先にいるであろう対象に銃口を向ける。




そこには、



「ぷっはぁー、久方ぶりのワインは最高で、す・・・・」



他人の酒を豪快にラッパ飲みする銀髪紅眼の女性がいた。



目が、合った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」





「それ俺がいつか飲もうととっておいたちょっと良い酒ェ・・・」

「すいません!」



他人の酒にもかかわらず堂々とした飲みっぷりだったが、一応悪いことしている自覚はあったようだ。



「はぁ」


一度心を鎮め、もう一度彼女をしっかりと見る。

後ろでまとめられた青白く光を反射する白銀の長い髪

くりっとした宝石のように澄んだ赤い双眸

シミ一つない白磁の肌

妖艶さを持ちつつまだあどけなさを残す整った顔立ち

そうだな、どちらかと言えばかわいいよりもキレイ系の美女。

本当に自分と同じ人間かと疑ってしまうほどに美しい女性だった。

年季の入ったボロボロの黒のマントを羽織っており、足には革製のブーツを履いている。お世辞にもおしゃれとは言えない格好だがそれが逆に彼女の美貌を際立たせている。


うーん、俺がすれてない男子高校生だったらやばかったかもしれん。

俺の場合5年間真の意味で一人きりで過ごしていた影響でそういう感情が擦り切れてしまったのか理性を保ててる。

そもそももう30歳だし。

え、俺の恋愛経験?0だよ。

・・・・なんか悲しくなってきた。


歳はどれぐらいだろうか?大学生・・・・いや高校生?でも普通に酒飲んでるしな・・・・。




「気をつけろよ。普通だったらガチで怒られて警察に突き出されるぞ。」


まだ警察という組織が機能しているのかは知らんが。


「すいません、久しぶりに酒をみt・・・・・あなたは怒らないんですか?」


首を傾げる女性は不思議そうに言う。


「まあもともと俺が買ったものじゃないしな。」

あのボトルワインは3年くらい前に人が去りモンスターに荒らされたデパートの中で運よく残っていたものを頂戴させてもらったものだ。

よく言って拾い物、悪く言えば火事場泥棒の産物。

だから残念ではあるが怒りはさほどない。

うん、さほど。

全然残念じゃない、うん。

俺は心の中で己を慰める。


「あと、勝てる戦い以外はなるべくしない主義なんでね。」

「あら、分かりますか?」


よく言うよ。

さっきからわざと魔力を見せつけるように開放しているくせに。


「なかなかやりますね。並みのの戦士なら失神するし達人でも尻込みぐらいはするはずなんですけどね。」


そんなものを出会ってノータイムで放つな。

まあ俺もやっていることではあるが。

女性が魔力を体内に収めるに習って俺も収める。

冷や汗で背中が濡れているのを感じる。


(とんでもない魔力量だ。)

恐らく俺の魔力量の1.5倍以上。

立ち姿、重心的にかなり動けるはずだ。武器を持っている様子はないが何らかの近接攻撃手段、あるいは無手でもいける強力な”スキル”を保持している可能性が高い。


あまり積極的に殺りに来る気配はないので良かった。

この間合いスタートだと多分9割がた負ける。


美人は怖いと聞いたことがあるがここまで物理的に怖い美人はそうそういないのではないかとどうでもいいことを男は考える。


「一人か?」

「ええ。見たらわかるでしょう」

「ぼっちか。」

「あなたはどうなんですか?」

「一人だな。」

「なんだ、あなたもじゃないですか。」

「俺達、ボッチ仲間だな!」

「そうですね!」


「「うぇーい!」」


はぁ。


こちとら迷宮氾濫が起きた五年前以来、人との付き合い0の筋金入りのぼっちやぞ。

まあもともと人付き合いが多いほうでは無かったが。

自分がやりたいことを突き詰めていくと大抵独りになってしまうんだよな・・・。

・・・・なんだろう。別に一人が苦になるタイプでもないのになんか悲しくなってきた。


「まあとりあえず座れよ。」

リビングにあるボロボロのソファーを指さす。


「あら、いいんですか?こんな怪しい女を家に上げて。」

「あげても何ももう勝手に上がりこまれてるんだが・・・・。

まああれだ、久しぶりの人との出会いだ。たまにはこういうのもいいだろう。」

「ふむ、そうですか。ならばお言葉に甘えて。」


女性はソファーに座り、俺もテーブルをはさんだ対面の椅子に座る。

棚においてあったグラスを二つ取り出し、女性が飲んでいたワインを注ぐ。

ボトルを取り上げるとき一瞬凄い悲しい顔をしていたが、二つのグラスに注ぐのを見るとめっちゃ嬉しそうだった。どんだけ酒好きなんだよ。


「い、いいんですか?」

「他人の前で一人だけ飲む酒を楽しめるほどメンタル強くないよ。一杯だけな。」

「優しいんですね。」

「いや、そんなことはないよ。ただそのほうが楽しいからそうしてるだけだよ。気まぐれ気まぐれ。さっきも言ったけど、こんな所に住んでるとたまには人と話したくもなるわ」

「ふふっ、ではそんな気まぐれに感謝して、」




「久しぶりの人との出会いに」

「久方ぶりの酒と優しき人に」

   「「乾杯~」」


目を合わせてそういい、グラスを呷る。

う~ん、ルネッサーンス。


「うーんやっぱり美味しい!これに比べれば今まで飲んでいたワインは泥水です」


女は先程まで瓶でラッパ飲みしていた姿を想像できないほど、優雅な仕草でグラスを傾ける。


そこまでか?確かに安酒とは違い美味いが常識の範囲ないだと思うが・・・。

俺の舌が馬鹿なのかなと男は思う。


「そう言えばお互い名前を知らなかったな。」

忘れてた。


「俺の名前は一狩浩二。30歳独身。モンスター狩ったりダンジョン探索したりして気ままに暮らしているよ。」

「シエス。・・・迷宮の向こうからきた、流れの吸血鬼です。」



ほう、吸血鬼ですか。

そっかそっかぁ、そりゃ珍し・・・


「・・・・・・・え、なんて?」

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