第18話 賽は投げられた

 一部の亜人の反乱に対し、龍王シュトレーゼマンは沈黙を貫いた。それは犠牲に対して黙認するも同然であり、多くの非難を受けることになった。

 バラドの死の真相は、闇へと葬られる。

 

 *   *   *   *


 魔国サルモニア城壁。

 強大な魔皇ゲーテは国を一周するようにして高い壁を築き上げ、外敵や移民から国民を守ってきた。

 唯一七神が守護している国家、それが魔国サルモニアである。太古に滅びた魔皇の遺した地を、ゲーテは現在に至るまで残し続けたのである。

 

「亜人がここに来るって?都市国家が乱立していると言っても、一個ずつ突破してわざわざここに来る?七神って何にも悪くないのに?どう考えてもおかしいだろ」

 

 魔国機動騎士団団長、ザイードは若くして国王より任命された剣士である。

 現在十八歳、剣の才能は申し分なく、なによりカリスマ性が高い。

 彼の野望は魔皇直属の近衛騎士団――『影なる十字』の一員となること。

 十分に期待されているが、肝心の魔皇には会ったことがない。

 

 ――後宮にばかりいて理性でも失っておられたら、洒落にならないけど。

 

 曰く、魔皇レーヴリスタは八大魔王が一人、『魔城』ゲーテのことを「狂人」と称した。

 その解釈が、やや間違った方向へ向いてしまったことでゲーテは後宮に引きこもっては遊んでいるろくでなしと思われている。

 力を持て余しているがあまりの余裕。

 悪口を口にしようものなら殺されてしまうと恐れ、誰もゲーテに関して口にしない。

 

 「…………おい。あの黒い塊……いや、なんだあれ?」

 

 ザイードが城壁から覗くと、街道のかなり遠くに、何か黒いものが蠢いている。

 大地へ響き渡る轟音。そして揺れる地面。

 一直線に城壁へ向かって何かが

 

 「亜人、とか言わないよな?」

 

 「いいや。あれは亜人だ。一直線に突っ走ってきやがった」

 

 補給線及び退路の確保のためにも、魔国への道中、都市国家などは一定数確保しなければ長期戦に圧倒的に不利となる。

 戦略として当たり前だと思われていたそれは、亜人の特攻によって裏切られる。

 しかし、尚更ザイードは理解に苦しんだ。

 

 「死にに来たのか?いくら数が多くても、機動騎士団には勝てない。何より魔皇様は殺せない」

 

 平原を埋め尽くす亜人の数。

 一体何処から湧いて出てきたのか、害虫のように増え続ける亜人は、ザイードも毛嫌いしていた。

 

 「団長、攻撃しますか?」

 

 「まだだ。建前として、相手が先に攻撃したということにした方が後々報告も楽だ」

 

 音魔法を仕込んである魔道具に魔力を通し、ザイードは声を張って呼びかけた。

 

 『そこで止まれ!亜人共!これより先は魔国サルモニアである!入国許可証を提示していただこう!』

 

 そもそも、ただの通行だった場合は検問という形になる。

 入国許可証、または冒険者協会、商会の組合カードが無ければ入国は禁じられ、即刻牢獄へと入れられる。

 

 ――この数の入国許可証は発行していない。どうせ突破しようとするだけだろう。

 

 「矢を番えろ。いつでも撃てるように。騎士たちは城門の後ろに陣取る。ついて――」

 

 次の瞬間、破裂音と共に、城壁が大きく揺さぶられる。

 肌を焦がす灼熱が舞い上がり、大炎が城門の内側に吹き出ている。

 

 ――内側!?

 

 吹き飛んだ兵士が数人見て取れた。その直後、城門から大量の亜人が溢れ出した。

 

 「馬鹿な。先頭でも距離は三百は離れていたはず。それをどうやって?」

 

 蜥蜴族の速度を侮るなかれ。バラドがそうであったように、スキルなしの最高速度は亜人の中でも群を抜いている。

 

 「団長!亜人に占拠されます!早く指示を!」

 

 「お前達は先に城門を閉じろ。その間、俺は亜人を足止めだな」

 

 「まさか、お一人で?」

 

 「弱い奴ほど良く群れるだけだぜ」

 

 ザイードは城壁から飛び降り、亜人たちの群れの只中へと切り込んでいく。

 

 ――第一階梯水魔法『水纏』

 

 剣の軌道に流水が描かれる。物体に水を纏わせるだけの単純な魔法。しかし、剣に纏わせれば――


 「淡」

 

 ザイードは一切の速度を落とさずして、蜥蜴族の群れを切り裂く。蜥蜴の表皮をものともせず、刃を正確に通してみせた。


 「Atcd ufrfjDjct Ddzgnm!」


 「わかんねぇよ。人語で頼むわ」

 

 城壁周辺の亜人を一掃。

 ザイードは城門より外側へと出でる。

 人間の背丈を優に超えるため、目前に見れば怯む者は多い。

 後方では翼竜族が羽を広げて空中へと飛び立っていた。


 「全くの馬鹿、でもなさそうか?」

 

 猫人は隠密に長けているため、こうした正面戦闘には向いていない。

 故にザイードの前に立つのは狼族と蜥蜴族。猫人は翼竜と同様に後方に紛れていると思われる。

 ザイードはクックッと笑い、大きく剣を構える。

 多対一に変わりはなく、そして一体ずつ斬っているほどの暇はない。

 騎士団は魔法使いとは異なる。魔法を主体とする魔法騎士団も国によっては存在するが、通常の騎士団は魔法をあまり使わない。

 使うのは剣術。

 魔法へと変換せず魔力を繰り、剣を応用する。

 

 ――第二階梯炎魔法「導火」

 

 纏っていた水は一瞬にして蒸発し、今度は刀剣に炎が宿る。

 纏った魔力は赤く燃え上がり、金属は高熱で赤く染まる。


 「碧羅」

 

 薄く魔力を広げ、剣を大きく横へ切り裂く。

 生じた風圧と摩擦熱。酸素は剣へと集中し、赤い魔力は青へと変わる。

 青の魔力は空間を燃やし尽くし、空気の揺らぎと共に周囲一帯を爆散させる。

 ザイードの場合、持ち前の魔力量を利用して広範囲の斬撃を飛ばせる。

 属性によって出力に偏りが出やすいのだが、ザイードは基本五属性を満遍なく行使できる。

 灰となった肉体と、未だ燃え続ける血液。

 黒い平野だけがそこに残った。


 「どいつもこいつも、骨が無い。数だけ増やしたところで」

 

 それでも亜人は湧いて出る。

 ザイードはため息混じりに、再び剣に魔力を流し込んだ。

 

 *   *   *   *

 

 亜人の侵攻軍の後方にて、翼竜族は待機中。その真下に、所謂将軍が座している。


 「困りますよ。一度王都まで辿り着いてもらわなければ。それからが私の出番ですから」

 

 黒髪にて長身の。真紅に染まった瞳は、見えるはずのない景色を眺めている。


 「あれくらい倒せるのばかり期待していたのですがね。仕方がない。魔力の消耗を考慮して、少しだけ手助けしてあげましょう」

 

 その男にだけ、亜人の特徴が一切欠けていた。


 「城壁の建築は阻止です。翼竜は突撃してください」

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