第19話 逆探知
――来たか。
アルバートの魔力探知は国境まで届く。
そのため、僅かな揺らぎも見逃さなかった。
戦闘が起きている。
それも最初に大きな魔法が使われた。
魔国の城壁はゲーテが築いたため、その構造を知らない。
ただ国境を渡る際に大きな魔力を使ったのであれば、何か壁でも作っていたのかと推測が立つ。
「『呪詛王』と言われていただけはある」
城の建築をしたのは他でもないゲーテ。
防衛の建築の要であった彼は、二千年も経てば技術はさらに上がっているだろう。
国を覆う壁を作ったとしても納得がいく。
――その癖、私のこの特有の魔力には気がついていないのか。
「――ぇ、ねぇってば」
「失敬。瞑想していた」
「お話の途中で瞑想しちゃダメでしょ」
「確かに、私としたことが焦ったな。それで、この薬品だが、簡単に言えば私の血が入っている」
淫魔を吸収したことで血にその性質が転写されてしまったらしい。
吸血鬼のスキルは能力の底上げには役立つが、無駄なものまで自分のものにしてしまう。
「飲んでいいの?」
「飲んだ人間はゆくゆく殺されるぞ」
――つまり、私の血が媚薬みたいなもの……
寒気のする想像をやめ、アルバートは指先から血を一滴。
大切なのは量ではなく血液の有無なので、いくらか効果は見られるだろう。
「私も手伝うよ。二つの瓶を混ぜればいいの?」
「一応調合がある。貴様は蓋をしてもらえるか?」
「何に使うんだろうね」
「無論、ゆくゆくは『呪詛王』を殺すためだ」
「コロスって?」
「生命の停止。貴様にも私にもない概念だ。二度と食べられなくなると考えておけばいい」
食事は不要なのにエルは食事を要求してくる。
食欲が旺盛なのは歳相応な印象だが、アルバートの例えは彼の予想よりも深刻だったようで蒼白になっていた。
「誰だっけその人?」
「八大魔王の一人、直属の臣下で最も強い八人の一人だ。最後に裏切られた」
エルはそれを聞いても納得がいかない様子をしている。
エルの記憶は混同しているようだが、会話をしていてもそれほど違和感を感じない。
常識はある程度記憶しているということなのだろうか――というか、淫魔がそうだったのか天使の頃には常識が備わっていたのか――疑問でしかない。
「そのひと、アルバートの少ないお友達なんでしょう?」
「確かに、友人の一人ではあった」
――少ないどころか、今はエルくらいしかいないのではないだろうか。
寒気のする現実から目を背け、アルバートは調合に集中する。
「その人に酷いことするの?アルバート、悪い人」
悪い人と言われて思わず嫌な顔をしてしまう。
「規則というか義務感のようなものだ。私に付き従ってきた臣下がそれを耳にすれば、激昂するに違いない。私はただの代行者に過ぎん」
「私、アルバートその人が仲良くしているところ見たことないし、やっぱり悪いことは良くないと思うの」
「そ、そうなの?貴様の価値基準で言う”悪いこと”など、生前に幾千万とやってきたことだが……」
「私の知ってるアルバートは、悪い人に見えないもん」
エルは種族的に天使である。
そのため正義に溢れており悪行を拒絶する。
それ以前に、子供らしい正義感というものが伝わってきた。
「今の私は魔皇レーヴリスタではなくただのアルバート…………弱者なりに身の丈に合う生き方をするべきかもしれないな」
――何より、私は負けたのだから。
七神になってしまった裏切り者への誅罰などという、復讐などという高望みは、今のアルバートには大きすぎる。
誰も傍らにいる臣下はおらず、たった一人になった魔皇。
それは元魔皇ですらないのかもしれない。
「復讐心が、全く無いともいえない……クックッ。いいだろう。天界までたどり着いたその暁には、そのまま光のエルフにでも殺されてやる」
義務からの解放。
これまで緊張のあまり無意識に制御していた気配が漏れ出る。
二割にまで減少していた魔力量。
しかしながら、その特有の死の気配は消えない。
忘れることのない気配。
忘れられない気配。
絆された意識の直後、大気の呼吸が止まったかのように静まる。
――またもや、失態だな。
静止した時間。
静止された結界の中。
アルバートは咄嗟に薬品を布で隠す。エルを横目で見ると、天使は時間が止まったまま動かない。
「余の知らない間に、
灰色になった世界。
その中に色づく色濃き気配。
昔日に共にあった魔力などという安いものではない、魂そのものの気配を、両者は忘れることもない。
「偶然になるがな。貴公も随分と……強くなったものだ」
七神『呪詛王』ゲーテ・ファウスト。
昔日と一切変わらない様子にて、再び主の元へと舞い戻ったのである。
* * * *
第一波中破。敵正体は機動騎士団団長と判明。
翼竜隊、空襲開始。
翼の生えた亜人が、上空から矢を放つ。
城門に集中していた兵士の多くは、矢の雨によって数を減らしていく。
それでも、犠牲者は亜人の方が多い。
城門の外部に積まれた死体の山は、全て亜人のものである。
「霜鶴舞」
魔力を含んだ剣術――魔法剣を用いて、ザイードは疾走する。
まさしく一騎当千の団長を前に、全ての亜人は怒りを抱き、しかしその実力差に敗れる。
「那由の蜜蝋」
「六角放電」
――距離を取り始めたか。確かに魔法剣は距離に弱い。だが、その程度の距離、一呼吸で追い付けるぞ。
正面の亜人は後退。
突撃してきた場合は横に逸れるようにして各自退避する。
ザイードの突撃により、第一波の軍勢は指揮系統を失う。
城壁の防衛という任務であるが、そもそも亜人が全て消えてしまえばその必要はない。さらに、一個大隊を壊滅させる功績は昇進に大きな後押しとなる。
何より――
「お前たちを見ていると虫唾が走る」
魔皇らは魔族、そして魔国の国王は人間。
人間至上主義でないにしろ、亜人は徹底して抹殺する。
国の方針でないにしても、国民意識にそれはあった。
「碧羅」
再び熱線の面攻撃。
亜人は悶え苦しみ、その身を焦がしていく。
黒煙が漂う中、唯一影が揺らめいているのを、ザイードは見逃さなかった。
「同じ人間が、亜人の味方でもするのか?」
亜人の特徴は一切なく、どこからどう見ても人間にしか見えない長身の男。しかし身長が異様に高い。
――トロール……いや、それならもっとデカいはず。
二メートルを優に超える、身長の高い人間である。
「ええ。なので邪魔です」
「こんな場所で人間殺しとはな、世の中いよいよ終わりだな」
獲物はなく、男は素手で立っているだけ。
しかし、ザイードは容赦なく剣を構える。
「不愉快ですね。虫唾が走る」
誰にも聞こえないように男はそう呟いた。
最強の後出しスキルなのに敵が弱くて使えない 原子羊 @Atomic-Sheep
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