第17話 制御不能

 亜人にも序列があり、その序列は強者が上となる至極簡単なものである。

 魔族時代からの伝統として残っている文化だ。

 全ての亜人にその序列は存在する。

 先祖からの付き合いで、互いに結託し種族を守ってきた歴史がある。

 そして亜人の種族における長――要するに種族最強の人物が、密かに集結した。

 バラドの脱落により、蜥蜴族は代理を立てて参加している。


 「さて、今日集まってもらった理由は言うまでもない」

 

 亜人の中で、最強の種族は何か。

 

 龍族である。

 

 伝説として語られる龍は未だ存在し、七神の一つにも龍の神が一柱として数えられている。

 伝説たる龍と人間の混血。代々ある村の人間が盟約を経て亜人化することで力を得ていたとされており、それらの血統は精密に管理されている。

 その龍族の頂点に立つ者の名は――龍王シュトレーゼマン。

 白髪と銀の皮膚、何より金色の双眸は、かの暗い濃霧の只中でも輝いていたとされる龍神を想起させる。


 「バラドが暗黒山脈で死亡した。そこで、我は没した場所を探し、その痕跡を調査した」

 

 どよめき。

 他の種族長はあの死地に足を踏み入れられること自体避けている。


 「結果だけ言えば――バラドは何者かによって殺されている」

 

 魔力的痕跡は見当たらず、ただくうを裂いたかのような若干の空間のズレ。

 確かに、空間そのものを切断すれば、硬い体表を貫通せしめることはできる。

 だがそれはまさに神業であり、常人の可能とする領域にない。

 まして、魔法を一切行使しなかったとなれば、その身の実力、あるいはスキルのみで空間を割ったことになる。


 「魔法であれば納得がいったものを……まさか空間断絶の権能(スキルの原型)ですか?」

 

 蛇の眼をした女が震えながら問う。

 シュトレーゼマンは静かに頷いた。


 「ここが神代ならば話は違うが、現世に権能以外で空間を切断することは不可能だと言える」

 

 そのような怪異が存在していた。

 しかし、シュトレーゼマンはその怪異と遭遇することがなかった。


 「大切なのは原因ではなく、今後の対応だよ。僕等はある程度抑制が効く方だけど、他の連中は血気盛んだ。何とかして落ち着かせないと、血が流れることになる」


 「無論。それは絶対に避けなくてはならない。到底受け入れ難いことだが、不可解なる怪異によってバラドは討たれている。決して人間などの弱者が為せることではない」

 

 蜂起を起こすということが、いかに無益なものであるのか、この場に揃った種族の長は知っている。

 世界の調停者――七神という存在によって、争いは阻まれるのだ。

 いかなる超越者であろうと、神を殺すことは叶わない。

 神の血を受け継いでいるか、あるいは星そのものの敵でなければ、殺すことはできないのである。

 龍神の血を受け継ぐシュトレーゼマンを除き、幾千万の亜人が束となろうと、七神の一つすら殺せない。

 亜人と人間の調和。七神はそれを謳っている。


 「しかし、上の御方は何もしない!我々が苦しんでいるというのに、人間が有利な事ばかり……!」

 

 「これまで幾度も乞い願ったのは確かだ。でも僕たちは救われていない。理由は簡単だよ。彼れ等は元々人間だった」


 「シュトレーゼマン!もう一度、我らの意志を人間共に示さなくてはならない!たとえ反乱という手段をとってもだ」


 「再び血を流すというのか!非暴力のバラドの犠牲は意味がないというのか?」


 「何も変わらなかったではないか!亜人は恐れられるまま、さらに殺されているのだぞ!」

 

 亜人は凶暴で抑止が効かない。

 それぞれの族長とて例外ではない。

 しかしながら、こうして意見が割れ、和解にて解決しようとする亜人もいる。

 同様に彼らも憤怒し、人間を憎んでいる。それ以前に――


 「お前たちは、世界と戦ったことがあるか――?」

 

 静かに、声を沈めて問いかける翼竜族長。

 抑えられないほどの激情、人を殺したくなる狂気など、全ての亜人から生じる衝動である。

 その衝動がなおも抑えられるようなものがあるとすれば、それはただ一つ――


 「お前たちは、七神を殺せるのか――?」

 

 恐怖、である。

 二度の大戦は七神の介入によって亜人は劣勢に立ち、一度目は敗北。

 二度目はバラドが内側から絆したことで停戦となった。

 しかし、種の保存を真剣に考えたほどに戦況は絶望的であった。

 立ち向かった長は皆殺されている。

 七神は神であっても慈愛はなく、殺害も躊躇しない。

 長く生きる亜人ならばその恐怖を知らないはずがない。

 もっとも、その時代を生き抜いた亜人は数少ないが。


 「シュトレーゼマン、分かってはいるのだ。負けると。死ぬのだと。だがこの怒りはどう鎮めればいい?この悲しみは、どうすれば消える……?」


 「――想いを受け継ぐことだ」


 「そもそもさ、バラド君は人間に殺さたわけでもないんでしょう?地獄から来た恐ろしい悪魔に殺されているかも知れないのに、人間の責任にはできないよ」

 

 三つ目の鬼族の長は、的確に状況を判断できていたと言える。

 しかし、他の亜人は――


 「急報!南部の蜥蜴族、猫人族、狼族、翼竜族が一斉に蜂起!都市国家一国が既に陥落!現在、魔国サルモニアに向けて進軍中!」


 「なんだと!まさか、そんなことが!?」


 「図ったのか!」


 「私たちは何も知りません!」

 

 族長には、その内容は伝えられていなかった。

 しかし戦闘部族は既に理性を無くしていた。

 

 ――所在がわかる七神は、確かに一柱しかいない。


 しかし、亜人では七神の一柱ですら勝ち目がない。

 神は殺せない。前回の大戦により、即応可能な戦力を各国が増設している。

 それらの騎士団が打ち破られることはない。

 たとえ魔国へ辿り着こうとも、七神が死ぬことは有り得ない。

 今回の武装蜂起はすぐに終わる。

 誰もがそう考えた。

 誰もがそう思った。


 残り十四ヶ月で対戦が起こる。光の森のフローリアスはそう預言した。

 預言書は正確な未来を記述する。

 しかしながら、その預言を左右してしまう概念は非常に稀ながら存在してしまう。

 しかしながら、予言を改竄することは可能である。

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