第16話 亜人種
一人反抗する亜人を見て、アルバートは本気で首を傾けていた。
「誕生の経緯における生物学的事実について論じただけだ。他意はない。精神的な側面では亜人も人間だと言って良いだろう」
口にしてはいけないことだったかと思い、アルバートは一旦謝罪する。
本当に事実を述べただけなので、差別的な意味合いは全く無いのだが。
「弁解のつもりか?亜人は遺伝子的にも人間だ。それとも、お前は人間至上主義か?」
バラドと同じ蜥蜴族の物言いに、アルバートはますます意味がわからなくなった。
――差別的な意識は私が死んだあとから生じていると聞いている。
時折暇つぶしに現世を観測していたアルバートは、自身が亜人の誕生に間接的に関わっていると知って衝撃を受けたものだった。
「お前らこんなところで争うな。葬儀の最中だぞ」
「これだから亜人は……」
そんな呟きが聞こえたばかりか、蜥蜴族の男はさらに苛立ちを覚えていく。
蜥蜴族だけでなくその場にいた亜人たちが、ぐっと怒りを堪えていた。
亜人が差別を受ける理由は主に二つ。
第一に外見が大きく異なり、単純に恐ろしいこと。
元になった生物の特徴を色濃く受け継いでおり、体質も人間のそれとは異なる種族だっている。
肌の色の差異などという些細な違いではなく、別の生物が二足歩行で原始的な言語を話しているのであれば、さすがに人間は恐怖を感じてしまう。
第二に凶暴であること。
さらに単純に言えば知能が低い。
血統とその遺伝子に関して、少なからず魔族の影響を受けているため、知能が低いがその分戦闘能力が高い。
知能が低いため激昂すれば会話での解決は半ば不可能であり、戦闘力の高さも相まって非常に凶暴な状態となる。
ピリついた空気感の中で、葬儀は執り行われた。
アルバートを責める者は主に亜人であり、むしろ本心を言ってくれてスカッとした人間たちは彼を歓迎する雰囲気であった。
「そもそも、アジンって何なの?」
食事中、突然エルがそう尋ねてきた。
アルバートは片目を閉じ、重い口を開いた。
この内容は子供に聴かせるようなものではないためである。
しかし、ずっとあのような言動をされるのも困りものであるため、理解できなくても話してしまおうと決める。
「私が二千年ほど前に死亡した。その頃は亜人がいなかったが、代わりに魔族隆盛の時代でな。私が死んだことで魔皇への恐怖は消え、魔族は人里を襲っては、金品を強奪し暴力を振るうことがあったそうだ」
――死亡した直後は、色々と魔導書を読み漁って転生を画策したものだった。
その際に預言書のようなものや歴史を自動で記録される魔導書を読んだ関係で、死後の情勢はよく知っている。
それらの魔導書は、突如現れた人間の魔法使いに簒奪されてしまい、また転生することが段々と億劫になったせいもあってやめてしまった。
「……それで、まぁこういう話題はしたくないのだが略奪や暴行により異種交配が起こった結果、魔族と人間の混血が生まれた。亜人の源流はそれにある」
当然ながらその子供は多くが忌み子とされて森に捨てられる。
それで終わればよかったものの、魔族に育てられてしまうと色濃く魔族の特徴を受け継ぐ。
都合よく人間の知能を獲得し、魔族の強さを持った存在。
理想的とも言えた亜人たちは、魔族によって大量に生み出された。
亜人の誕生と引き換えに魔族は数を減らしていく。
人間の死者数が拡大したことで、本格的な絶滅政策に乗り出したのである。
亜人は人間を襲うようなことがなかったため、絶滅させることはしなかった。
人道的かつ信仰的に絶滅という手段は禁忌に値するとして、指導者の一部が処刑され、事態は収束を迎えた。
「その後も色々あったようだが、亜人は現在も数多く残っている。昔の魔族の恐怖など、諸々の軋轢があって何度か戦争をしているが、膠着してそのまま停戦している。第二次亜人大戦も、一応は停戦という状態だったはずだ」
歴史の暗い側面として存在しており、話題にするのも憚られる。
魔族の血が薄まって亜人も理性を獲得したことで関係は修復に向かっているが、根底の差別は未だに残っている。
「難解な話題だ。幼子の貴様が知る必要もない。理解できなかった方が良い」
「うん、よく分からない。でも私は人間じゃないよ?だけど差別されない」
「天使は御伽話にしか登場しない。大抵、貴様は私が買い取った人形だと勘違いされているだろう。エルフは神々の使いだから、差別されることはない。まぁ私は耳が隠れているから、人間だと思われているだろうし」
エルフは神聖な生物で、人間よりも上の存在である。
何者にも滅ぼせない永劫なる生命の頂点。
――そんなエルフを滅ぼしてしまった者がいる訳だが……
エルフは天界へ渡る生き物だ。
地上に残っているエルフなど、変人としか言いようがない。
二千年も前の言い訳を心の中で並べ、アルバートは取り繕う。
「もう地上にエルフはほとんど残っていない。王家だけは幾らか残したが、他は全て間引いた覚えがある」
軽食を済ませ、アルバートは宿へと戻る。
そして、例の魔法薬を二百ほど箱に積み込み、荷台を引いて草原まで辿り着いた。
「お待ちしておりました。それで、これが魔法薬ですか」
「ああ。そちらの馬車へ載せていい」
手下に荷物を積ませている間に、アルバートは商人だけに聞こえるように話した。
「それと新しい薬がある。王宮にこれを運べ。人を攫って女を調達するということは、魔皇様は余程の女好きだろう?」
「よくご存知ですね。魔国サルモニアは七神の魔皇と契約を結び、彼の庇護を受ける国家です。しかし、魔皇様は全く表舞台に姿を現しません。国政も下に国王を置いて行わせています。噂によれば、いつも後宮に居るとか」
「クッ。いつまでも奴は変わらんな。そこで、この薬だ」
「あ、あのこの薬は?香りも何か酔いそうな感じがしますね……」
「私も新たな知見を得たことでこの薬を開発できた。要するに媚薬だ」
ヘルムズという転生者は、感度が何倍とかどうとかの薬について良く知っていた。
そんなゴミのような情報まで流れ込んできたアルバートは吐き気を覚えていたが、まさか使い時があるとは思ってすらいない。
「媚薬なんてどこで手に入れたんですか?」
少なくともこの都市で媚薬は見つかっていないことから、存在はあるものの希少品で間違いないだろう。
「製法を知ったので私も作ってみたのだよ。ゆえに後宮にこいつを売れ。そうだな……金貨十枚だ」
「はい!?そ、そんなの庶民の一ヶ月分の給料ですよ!後宮でも買わないですって!」
「媚薬は貴重なのだろう?何でもいいからこれを売れ」
異界の知識を得たところで媚薬の製法が分かるわけがなく、得られる効果に似た薬草に加え、復活した際に吸収した淫魔の血、つまりはアルバート自身の血液を混ぜている。
「昔ならば吸血鬼でもあったから、血を混ぜれば話は済んだのだが、まぁ上手いことはいかないものだ」
「……今何と?」
「気にするな。独り言だ」
むしろ陽光を毛嫌いせずに済むだけマシとポジティブに考える。
「私もじきに王都へ旅立つ。次は貴様の商会で会えないか?」
「構いません。地図を記しておきますよ」
馬車を見送り、アルバートは薄く笑った。
――良い。これで良い。
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