第15話 資金調達は中断
洞窟から出た先にあった小さな街ナイセル。
当面の間、アルバートはこの街を拠点に動く予定だった。
今日この瞬間までは。
エルの回収より三日後。
草原に置いた使い魔の反応を確認したアルバートは、すぐさま闇夜の草原に立ち入る。エルは既に眠っていた。
「あの、すみません。今日頂いた魔法薬ですけど、もう少しお譲り頂けますか?」
「構わん。だが試用期間は初回だけだ。次からは金を取る。ちなみにだが、王宮に売ったのか?」
「いいえ、近衛騎士団が貰っていきました」
――ふむ、すぐに使うような代物では無いと思われるが、こんなものは幾らでも作り出せる。
「明日の夜、もう一度ここに来い。個数はどうする?」
「え、ええと……取引先は可能なら二百と」
早速売れ行きが良さそうで何より。しかし、戦でも起きない限りこの魔法薬は使い時が一切無い。
「受諾する。価格は通常の回復ポーションの半分、と言ったところか。手数料は貴公も重ねて構わんが、あまり高くし過ぎると売れないぞ」
「人攫いはもとい、俺は商人です。そこはお任せを。それでは、早いうちにここは別れましょう。内政がやや芳しく無いのでね」
「そうだ。この国……ええと魔国サルモニアとか言ったか。国王が誰か知っているか?」
すると、商人は今まで見た中で最も異常な反応をした。
常識を知らないのかとでも、言いたげな非常識人に向ける顔をして見せたのだ。
「七神の一人、魔皇ゲーテ様ですけど、もしかして知らないんですか?」
「……なんだと?」
知っての通り、アルバートは魔皇と勝手に名乗られるのを嫌う。
これは彼が保有する魔導皇帝というスキルから生まれた称号で、世界に一つのみ存在するワールドスキル、当時では権能に該当する能力。
その魔導皇帝というスキルは蘇生した後にもアルバートの身に宿っている。
魔導皇帝を持つ者のみが許される高貴な名前を、勝手に使われて平気でいられるはずがない。
「ゲーテ……なるほど。最初からその算段だったということか」
――道化であっても神座に登った者。恐らく、今の私では太刀打ちできないだろうな。
「……どうされました?」
不安げに顔を伺う商人は、殺されるのではないかと怯えていた。
「事情が変わった。この国を滅ぼす」
「は、はい?」
突然の物言いに、商人は耳を疑った。
確かにアルバートの実力の片鱗は実際にその身で味わっている。
だが、彼の魔法など第二階梯が限界のようなもので、それを凌駕されたところでかの七神に勝てるなどとは微塵も思えない。
「いいや、間も無く滅びると預言してやろう。いつでも逃げられる用意をしておけ。この私からの助言だ。ありがたく拝聴せよ」
「は、はあ。いやでも、魔皇様は七神でもありますし、相当に強いと思います。悪いことは言わないのでやめておいた方が」
とはいえ、じきに戦争が起こることは明白である。
それに、火種となるものをアルバートは感知していた。
火薬は持っている。問題は、誰が火をつけるか。
「クックッ。私が滅ぼすのではない。彼らが滅ぼす。私はその火を少し広げてやるだけだ」
直々に手を下さずとも、仇敵は滅ぼせる。
欲を言えば手ずから断罪したかったが、天界にたどり着くという目的があるのでまだ死にたくない。
――今度は相手が強過ぎる。「耐性」を丁度いい感じに使えるのはいつになるのやら。
* * * *
翌日、冒険者協会を駆け巡った訃報がある。
――1等級冒険者バラド、暗黒山脈にて死亡。
発見された時は凍りついた両足を残してそれより上の死体は発見されておらず、登山道を偶然通行していた冒険者一行がその遺留品を発見したことで判明した。
周辺の山脈の地盤が脆く、土砂崩れのような現象が起きていることから、冒険者協会は落石あるいは土砂崩れによる事故死と認定。
しかし、両脚だけが残るという現象が不自然であることから、事故ではなく暗殺された可能性が高いとして、一部の冒険者が異議を唱えて再調査を申請している。
その日は全冒険者協会が依頼の受注を中止し、冒険者バラドの葬儀となった。凍り付いた両脚は故郷の地に埋葬された。
「1等級すら暗黒山脈で死ぬのか」
「地獄から這い出た悪鬼が、あの『死神』を殺したってのか?」
「どう見ても暗殺しかないだろう。毒でも盛られたか、とにかくあの土地では
様々な憶測が飛び交っており、誰もが多様な意見を持っていた。
何より、バラドは亜人解放運動の筆頭であり、第二次亜人戦争を終結に導いた英雄。
その英雄である「死神」が死んだのであれば、特に亜人は何者かによる暗殺を疑ってしまう。
何より亜人解放運動がこれにより大きく後退している。
何より、亜人の希望であった存在が死亡した。これは表面上よりも、精神的なショックというものが非常に大きかった。
アルバートは花屋で一本花を買い、冒険者協会へと向かっていた。
「強い冒険者が死んだらしい。協会全てがこれをやっているということは、多分相当強かったのだろう」
「ねえ、そのお花欲しい」
「これは添えるものだ。それとも貴様、添えてみるか?」
その肖像画を見て、バラドとかいう冒険者が亜人だと分かった。
――亜人か。まあ、強い冒険者なら亜人で当然と言えば当然だな。
「アルバート、この人変な格好しているね。ちょっと怖い」
子供というものは好奇心と、そして無邪気さがある。
故にこのような、アルバートが最近知った語彙で言うデリカシーのない発言をしてしまう。じろりと周囲の視線が二人の方を向いた。
「翼がある貴様も同じようなものだぞ。亜人は半分人間だが、私たちは人間に似ているだけで人間じゃない」
そしてアルバートの方は、数千年離れた常識を持っていたことから、さらに彼らの顰蹙を買うことになってしまった。
「…………おい、亜人は紛れもなく人間だ」
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