第14話 魔力震盪
結論から言えば、マリーナは天使である。
そのため、現代魔法とは異なる魔法を使用できる。
フローリアス直伝の元素魔法をはじめとする原初の魔法、加えて天使であるため神聖祈祷を得意とする。
半ば反則的な方法を使えるため、その第八階梯虚数魔法を一撃で破壊せしめるのは造作もない。
だが、やり方はそれだけではない。
階梯ごとに別れる現代魔法では高位の階梯を低位の階梯で相殺することは至難の業である。
魔法戦において、通常は高位の魔法は発動までに時間を要するため、その隙をつく形で妨害する。
より簡単に言えば、詠唱の最中に噛んでしまうと魔力は散逸して最初からやり直しになってしまうのである。
「考えはまとまりましたか?コーバックくんの魔法が維持できているうちじゃないと、私が先に消してしまいますよ」
「舐めないでもらいたい。私の魔法は堅牢だよ」
「……じゃあ、一回やってみようぜ」
虚数魔法の周囲に立った生徒たちは、全く同様の詠唱を始めていた。
――結界の詠唱……ええと、雑談で話したことがあったかな。
誰かの入れ知恵なのだろうが、虚数魔法『亜空』を取り囲むように――授業では教えていない――分断する結界を構築させる。
仮想空間は現実には存在できないマイナスの領域であり、実体として存在する物質を仮想へと変貌させる。
絶え間なく周囲を吸収するため、周辺の空間を食らい尽くす。
即ち、周辺を結界で閉じた場合、限定された空間しか吸収できなくなり、内部空間が消滅すれば、それ自体が虚数空間に満たされる。
「結界が形を保っている内に――!」
「外側ごと解体する」
「確かに、魔法使いの用いる固有結界と性質が類似している。しかし、この内部は君たちの制御下に無い」
「そう。内部はあんたの得意な虚数。つまり、あんたが内側を閉じ、僕達が外殻を同時に取り除く。理論上だけど、それで相殺できるかも」
コーバックは鼻で笑う。
最初から自身をも巻き込む算段だったらしい。
彼を使おうとする浅ましい気概こそ少なからずの興味を惹いたが、それだけで協力する気にはならない。
最初から、コーバックはマリーナに処理してもらうために詠唱を破棄してまでこの魔法を発動させたのだ。
「私を動かすだけの理由として全く足りてない。それに、私が手を貸さないのはやり方が美しく無いからだよ」
「……くっ!どうする?結界を壊せば、多分魔法が暴走する」
「ちょっと!結界の維持に集中して!じゃないと――」
俄仕立ての結界。
そもそも一年生に扱える代物でない結界では、異空間の維持も固有結界の疑似的な展開も、泡沫の夢のようなものである。
そして、結界は亀裂と共に崩壊する。
「応用力としては十分だったと思います。しかし気張り過ぎです」
マリーナは虚数魔法に向かって手をかざし、そして握りこぶしを作る。
たったそれらの造作だけで、『亜空』はただの空気の塊にまで戻った。
――?
コーバックは全ての知覚を最大限に発揮したものの、魔力の波が強まった程度で、一体マリーナが何をしたのか一切読み取ることができなかった。
「かなり不安定なので一度消滅させますね。コーバックくん、もう一度『亜空』を」
「………………構わないが、君が今何をしたのか、その説明をして貰いたい」
「秘密です。というかもっと簡単な魔法でいいので、コーバックくん、私に向かって『火球』でも放ってみてください」
この瞬間、コーバックは誰よりも内心で高揚していたのかもしれない。
快諾し、大人しく「火球」を放つ。
直線を描いてマリーナへと直撃し、そして衝突の直前にて消滅した。
生徒たちが驚きを隠せない中、コーバックだけは明らかに落胆した。
そんなからくりを見たいわけでは無い。
「エネルギーだけの魔力に細工をすると、器のように魔法を受け流します。正確には中和していることになるのですが……これを使えば魔法の軽減が可能です」
属性を付与しない詠唱を施し、衝突した魔法へと変化させる。本来は魔法を援護し増長させる目的の魔法を、この作用を利用して自身へのダメージ軽減に転用する。
――『
戦闘技術を教えてどうするのか、などと自嘲する。魔法の本質で無いため、やはり教師としていかがなものかと思ってしまう。
「規模を小さくすれば、とどめはありふれた魔法をぶつければ消せるでしょう」
「つまり、もっと簡単だったんだ」
「確かに、結界はまだ習ってないことだった……うっかりしていたわ。ごめんなさい」
「一年でありながら結界を独学で習得することこそ相当ですよ。その熱意を試験とか筆記とかに使ってもらいたいものです」
生徒たちは大抵苦笑する。
好きなように魔法を使い好きなように研究する彼らの姿勢は、フローリアスの言う「魔法使いらしく」ても、この世界での理想的な「魔法使い」では無い。
「先生の頼みでも、それはちょっと無理かな〜面倒くさいし」
「単位を落としすぎると私の評価が悪くなって最悪解雇されるんですよ。私のためだと思って頑張ってください」
「ふーん、どうしよっかな」
「先生がいてもいなくても、私たちのやってることってあんまり変わらないから……」
「え、ちょっとそこは気合い入れてくださいよ」
本当に解雇されるので、生徒には最低限の努力はしてもらいたい。
しかし、マリーナの願いは生徒たちの笑い声で掻き消されてしまった。
「職に困っているのなら私の家庭教師にでもなりたまえ。給料の三倍は約束しよう」
「いや、コーバックくんの家庭教師はちょっと」
「ふっ、むしろ引き抜いても良い」
「はい、授業を続けますね。話を戻すと、第一の階梯は民間的にも広く…………」
特定の地域にだけ根ざした技術だった理由は、その地方の特殊性と、その歴史が深く関係していると考察されている。
神話を紐解くと、魔力を応用して攻撃を中和するという方法を記した記述が何度も登場している。
そして、
「授業中失礼します!生徒の皆さんは、大講堂に集まってください。マリーナ教授、私と来てください」
息を切らした生徒を見て、マリーナは申し訳ない気持ちになる。
授業が終盤に差し掛かった時、七年生の生徒会の一人が、わざわざこの端の教室までやってきたのだ。
「ええっ、ええ……?」
乗り気で無いマリーナは、とりあえず指示に従うように生徒に厳命し、その生徒の後を追った。
「えっと、どういうことですか?」
「先ほど中央政府が非常事態宣言を布告しました。じきに戒厳令が出ると校長先生はおっしゃっています」
廊下は生徒たちで溢れかえっており、マリーナらはその波を掻き分けて、職員室まで走った。
「……ええ?ここってフライダ神聖王国ですよね。安全性では世界最高って話じゃ無いんですか?」
「仔細は私も知りません。ですが、亜人に関係することと噂されています」
フライダ神聖王国は、人間至上主義国の筆頭である。
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