第13話 通常授業

 廊下で生徒と挨拶を交わし、マリーナは教室へと入った。

 担任を務める教室は規模が小さく、また最低学年のクラスである。

 学年が上がるにつれて教師の担当学年も上がる、そんな仕組みはなく、マリーナは当面の間一年を担当する。


 「では、授業を始めます――」

 

 一番成績の悪いクラスを担当しているだけあって、成績不振な生徒で溢れている。

 魔法学校自体の敷居が高いため、成績が悪くても素行が悪いわけではない。

 もっとも、才能があるのに不真面目な生徒しか在籍していないわけだが。


 「知っての通り、魔法は一から十二までの階梯に分類されていて、階梯が上がれば難易度が上がります。特に上の魔法は詠唱や魔法陣が必須になりますし、そもそも複数人がかりで発動させる儀式です。一年において学習する魔法領域は第二階梯まで。七年間通って習得できる魔法は最高で第八階梯です。焦らず基礎から詰んでいけば、皆さんも第八階梯まで習得できますよ」

 

 例外的には十三まで数えられるが、禁術となる十三階梯は口外できないことになっている。

 時々質問が飛んでくるので、マリーナの内心で喜びながら答えている。

 

 「先生は何階梯まで使えるんですか?」

 

 「えっと、私は現代魔法と研究分野が少し違いますので、使える階梯は第六階梯までです」

 

 「それって七年生より弱いってことですか?」

 

 「……そうですね。十傑と正々堂々戦うとなると勝つ自信はありません」

 

 フローリアスの弟子であるマリーナは、魔法戦で敗北はありえない。

 正々堂々と現代魔法で闘った場合でも、勝ち目は僅かに薄まる程度。

 事情を知るものが聞けば皮肉になるのだが、肝心のマリーナが自信の無さから断言できない。

 

 「君、魔法の階梯は強いか弱いかで決まっていないんだ。馬鹿な質問は止め給え。私の耳が迷惑だ」

 

 口を挟んだのは、何故か一番下のクラスにいる三代貴族の御曹司、『天眼』コーバックである。

 ひょっとしたら天使のマリーナより才能がある彼が、何故か一番下のクラスで大人しくしている。

 アルデバラン家相伝の魔眼を十二歳にして右目に保有し、さらに左目に『天眼』を有する歴代当主の中でも数少ない傑物。

 マリーナの見通した資料によれば、先ほど言った第八階梯は既に行使できている。

 

 「あ?俺を馬鹿って言いたいのか?お前だってずっと髪の毛弄ってるだけじゃねえか。そっちの方がよっぽど馬鹿に見えるぜ」

 

 こうして生徒の間で喧嘩が起こりやすく、衝突で授業が遅れることは何度もある。

 

 「マリーナ君の実力を測れていない時点で、君は三級以下だ」

 

 「お前だって同じクラスだろうが。人のこと言えんのかよ?」

 

 「あんな下らない試験真面目に受ける必要がどこにあるのさ。そもそも私の勝手だよ。君のような貧民が口を出す権利はない」

 

 「二人とも、授業中なので静かに」

 

 そのコーバックに物怖じせず不満を言える関係は、良くも悪くも希少である。

 たった今口喧嘩した相手のポルコも、直感が鋭く一度見た魔法をそのまま模倣してしまったりする。

 成績不振で不真面目、つまり教師にとってこの上なく扱いにくい存在。

 押し付けるにはもってこいな新人教師は、他でもないマリーナしかいなかった。


 「魔法陣を描いたり、詠唱したりと、魔法の発動にも方法がありますよね。それでは一つ皆さんの好きな魔法を使ってみてください。あっでも、危険な魔法はあんまり使わないでくださいね」

 

 第一階梯でも、一節の詠唱が必須になる。

 最低限の詠唱こそが、魔法名の一節。

 

 ――第一階梯水魔法

 ――第一階梯土魔法

 ――第一階梯風魔法

 ――第一階梯金属魔法

 ――第一階梯炎魔法

 

 どれも危険性のない魔法ばかりで、それらは魔法名を唱えて詠唱を完了させた。

 それが基本的な最小単位の詠唱である。

 

 ――第八階梯虚数魔法『亜空』

 

 そんな中突如生じた空間の位相のズレ。

 酸素の消滅と空間の圧縮、結果的に光すら歪んで黒ずんだ穴が生まれた。

 一人の生徒が非常に危険な魔法を行使した証拠である。


 「またコーバックくん……」


 「好きな魔法、そう言ったのはマリーナ君だろう」

 

 これが嫌がらせならどれほど良かったか、しかしこれは純然に好きな魔法を練り上げたに過ぎない。


 「四年生の課程を先取りして説明すると、これは虚数魔法と言って稀属性に数えられる一つの属性です。無制限の仮想空間を生じさせることが本質ですが、これは虚数空間に強制的に接続させた魔法です。触れた物を必ず吸収するので、絶対に触れないように」

 

 安定しているものの、魔力構成が崩れれば即座にエネルギーが反転して校舎ごと吹き飛ばす危険性がある。


 「それでは――皆さんでこの魔法を相殺してみましょう」


 「うっし、やるか」「でもどうやって?」

 「先生、これって第八階梯ですよね。私たちそんなに高い魔法使えないです」

 

 複雑な魔法は発動の過程は脆くても発動してしまうと消すことが非常に困難である。


 「私も第八階梯は使えないですけど、そんなに苦労せず消すことは可能です。階梯の違いは理由になりませんよ。コーバックくん、折角なので授業が終わるまでその状態を維持してみましょう」


 「私にそれを従う理由はあるのかね?そもそもマリーナ君は私より弱いだろう?」


 「私より強いのなら、小一時間大魔法を維持することだって簡単ですよね?」


 「ふっ、あまり私を煽らないことだよ」

 

 とか言いつつ、結局従ってくれるのがコーバックである。

 最悪の場合はマリーナが消滅させるため、少し危険でも生徒に危害が加わることはない。

 生徒たちが話し合っている姿は、少し羨ましくも感じる。

 弟子としてフローリアスと共にいた頃は、大抵仲間はずれにされて一人で研究ばかりしていたものだ。

 だから勝手に抜け出したとも言える。

 

 「……どうしたんですか?先生」

 

 「えっ、いやいや。皆さんは高め合える仲間なので、互いを大切にしてくださいね」

 

 ――へえ、多分一撃で破られるようだねぇ。

 

 コーバックの「天眼」は、行使した第八階梯魔法がマリーナに傷一つ付けられないと見抜いていた。

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