第7話 致命的ミス

名無しの剣客

 剣の速さはバラドが上。

 剣の手数もバラドが上。

 剣の威力もバラドが上。


 それでも、バラドは勝てない。

 屈辱的であるが、認めざるを得なかった。

 

「お前、クソガキの癖に俺より剣が巧いんだな」

 

 おかしな形状の剣にはすぐに慣れた。

 むしろ扱いの難しいものだ。

 それを好んで使う時点で物好きな子供とは思っていた。

 だが、よもやその年齢で「死神」を上回る者が現れるとは。

 足場を利用し、縦横無尽且つ立体的な攻撃を繰り出すバラド。

 それに比べて動きの少ない、しかし洗練された動作で受け流し、しっかりとカウンターを狙ってくる閉塞の剣客。

 

 ――まるで水と斬り合っているようだ。面白い。

 

 人間でないがゆえに、剣客は人非ざる動作をする。

 回避行動もしかり、何より刀剣の軌道を読み取ることが難しい。

 衝突を繰り返すたびに、マーザロアの永久凍剣は剣客の刀身を凍てつかせていく。

 重量や空気抵抗が変わっていくというのに、剣客の巧さは一切落ちていない。

 それに冒険者最速の動きに、何の苦も無く追従してくる。

 

 「その、剣…………ほしい」

 

 「そう簡単にあげねえよ」

 

 奈落の道は広さがない。

 また、地獄へ足を踏み外せば崖から落ちて地獄へ落ちる。

 大きく横に薙いだマーザロアの永久凍剣は、空間ごと凍らせるような斬撃を放つ。

 閉塞の剣客は驚いて身体を跳躍させ、その勢いのまま奈落の崖を伝って奈落の反対側へまで跳躍する。

 構造上地獄との境界が近いほど両側の崖は狭くなっていくのだが、それでも人が渡れるような距離ではない。

 バベル山を目指すためには底まで行って渡る必要がある。

 この剣客は登山目的ではないために容易く飛んで渡る。

 対してバラドは、それまでの道のりを無駄にしてしまう行為に気が引けつつ、表情を曇らせながら渡る。

 

「って、さっき奪った剣はどこやった?」

 

「……ん?」

 

「とぼけんじゃねぇ。どこに隠しやがった」

 

「その剣も美味しそう。頂戴」

 

 言語の壁は厚い。

 話が通じないのではなく、亜人文化の言語を知らないとバラドも理解した。

 続いて、美味しそうという言葉に絶句した。

 

 ――こいつ、霊剣を喰いやがった。

 

「氷斬」

 

 冷気の奔流と同時に、触れれば魂すら凍える死の斬撃。

 バラドはマーザロアの永久凍剣を最大限に使いこなせる。

 それゆえに斬撃を飛ばす絶技も実現させた。

 不可視ではないが神速。

 距離感を見誤った閉塞の剣客はいよいよ魔剣の餌食と化した。

 触れたその箇所から凍結が始まる。

 幽霊系の実体なき虚像にすら、永久凍剣は牙を向く。

 

「冷たっ!」

 

 直後、閉塞の剣客は常軌を逸する。

 自らの持つ刀剣にて、容赦なく凍結した部位だけを切り裂いた。

 凍結箇所は右脇腹。

 即ち、自ら胸部以下を棄てた。

 

「…………あー、確かにその手はありか」

 

 マーザロアの永久凍剣の効果は、全身が凍結されてからその生命の凍結にとりかかる。

 目に見えない概念の凍結を先行するわけではないという点が、マーザロアの永久凍剣の隠れた弱点である。

 幽霊族、それも神霊に近しい存在なら、概念核さえ残っていれば外見など如何様にも変貌できる。

 見てくれが悪いだけで、首を斬っても完全再生ができる。

 

「核を一撃で破壊するしかないな。だがこのまま戦い続けるほどにお前は負けていくぞ。『神速』は回数を重ねるほど速度が増す。どこまで付いてこられるかな?」

 

「戦いたくない。でも剣、欲しい」

 

「そうか。まぁ回答は待ってやる。死ぬまでに答えを出せよ」

 

 スキル「神速」は対象者の速度パラメータが回数ごとに1.22倍になるもので、これはスキル発動の度にリセットされる。

 

 ――そしてもう一つ教えてやる。

 

「俺はまだ、『神速』を発動していない」

 

 改めて、バラドは笑みを作ってみせた。

 

「くれぐれも、死ぬなよ――――『神速』」

 

「神速」の発動は足を踏む度に自動的に実行される。

 即ち4歩で速度は倍加する。

 さらに硬化した肉体は空気抵抗を減らすとともに頑丈性を高めている。

 骨格の変化によりその外見を無理やり変えることも可能で、最高速度は音速の三倍に達する。

 最近になって開発されつつある高射砲の射出速度を上回るその速度をして、1等級冒険者バラドは冒険者最速であり、七神精霊剣聖バーテミウス・アーデルザリアを除き世界最速と讃えられる。

 歩数にして7歩。

 4.022倍となった速度により、マーザロアの永久凍剣が死を穿つ。

 当然、都市伝説としても恐れられた剣客には、反応することすら叶わなかった。

 心臓を貫く一撃。

 

「――ッ!!!」

 

 ここに来て初めて剣客は慄き、口から血という名の霊気が溢れる。

 

 ――まだ壊れてないな。

 

 無論、バラドは刺突を誤ることはない。

 直感にて導出した概念核の位置に、少しヒビが入る位置を狙ったものだ。

 しかし致命的。

 概念核の破壊に至らずとも、それは深い損傷を負っていた。

 便利な概念核でも、小さくて脆いもの。じきに壊れて消えていくに違いない。

 バラドは収納魔法より、白い光を放つ瓶を取り出した。

 

「お前は間も無く死ぬ。が、助けてやってもいい。霊剣を勝手に喰ったんだ、その代わりに俺を頂上まで案内しろ。まさか、ここに棲みついて知らないとか言うなよ?」

 

 通じていないので、剣で真上を指し示す。

 剣客は朦朧としたまま、その意図をなんとなく察する。

 

「そっか、あの剣が欲しいんだ……」

 

 妙に長く伸びたその髪は、毛先が凍り付いていた。

 むせる度に霊気が溢れ出し、指先が消え掛かっている。

 

「――いいよ。でも長くかかるかも」

 

「時間なんて『日蝕』に比べれば安い」

 

 バラドは口を開けさせ、剣客に輝く液体を飲ませる。

 すると、消え掛かっていた指先は元に戻っていく。

 とはいえ、そもそも実体は無いのだが。

 

「これはエルフの回復ポーションだ。精霊だと幽霊だと蘇生まで可能だし、お前も多分……ほらな。大丈夫そうだ」

 

「美味しい。剣以外のもの、初めて食べた」

 

 剣客は子供の姿をしている。

 即ち中身が幽霊として若い部類に入っており、外見はその性格を反映している。

 は子供である。

 

「人語は苦手だが……これで通じるか?」

 

「あ、言葉わかる。すごいすごい!」

 

 亜人語ばかり使うわけでは無い。

 人語とは似通っているし、バラドも習得中である。

 

「ならいい。まず毛先の氷を溶かしてやる。ったく、男のくせに髪なんか伸ばしやがって……いや、そもそも幽霊って髪の毛伸びるのか?」

 

 子供とは無邪気であり、傲慢でもある。そしてショックも大きいし、怒る時は酷く怒る。


 

「えっ……わたし、女の子」


 

 仮に観測者がおり、そして今後の展開までも知り尽くした存在がいるとすれば、この致命的な誤りは後に諺になってもいいほどの出来事であると言える。

 そして地獄より覗き込んでいる神々は、まさしくその状況を見ていたのだろう。

 以後、バラドという存在は、その滑稽な勘違いより生じた死の運命から、神々からのネタにされ続けている。

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