第6話 死体漁り
閉塞の剣客は、幽霊ではあるが魔獣ではない。
所謂神霊や付喪神に近しい存在である。
「剣……剣……剣……剣…………」
そうして今日もまた、地獄の淵に落ちた死体を漁る。
冒険者ならば冒涜的行為であるが、それはただ剣を探しているに過ぎない。
腐臭漂う死体から、まだ新しい騎士剣がある。
剣客は見つけた途端にはしゃぎ、それを持って振り回す。
その剣を丁寧に仕舞い込むのかと思えば、今度はバリバリと剣を貪り始めた。
人なら有り得なくとも、魔獣ならば流体生物や菌糸類に多い。
とは言え、この場合は特殊で、概念的に剣を吸収しているという仕掛けがある。
しかし、今度は命ある呼吸が聞こえてきた。
「へぇ、噂に聞く閉塞の剣客か。思ってたよりチビだな」
人間……ではなく体表が恐竜や蜥蜴のそれ。
体表の美しさは無いため、龍族ではないと見る。
そもそも、種族の区別など、閉塞の剣客にはできなかった。
「……ん?何?」
死体を放り捨て、剣客は踵を返し首を傾げる。
体勢を変えず真後ろへ振り向く様、生物の類を逸している。
そして二足歩行の蜥蜴を目にして。
「――死体が、動いてる」
と一言つぶやいた。
死骸の多くは白骨化していたり腐肉になっている。
その死体が動いているみたいで、人外ながら気味が悪いと思ってしまった。
「ふっ、クソガキが。んで、お前って結局なんなの?化け物」
「死体が、喋ってる」
「…………口も聞けないのか?おいおい頼むぜ。お前なら頂上への道案内くらいできるだろ?」
「……なんて言っている?」
閉塞の剣客は亜人言語を理解していなかった。
そも人語すら危ういというのに、全く聞いたことのない言葉だった。
「不快だ。不愉快だな、これは。もっと簡単に行こう」
微弱な風がそよぎ、次の瞬間には剣客の首に剣が突きつけられた。
ところが剣客は恐れるどころかその剣に視線を縫い止められている。
「――剣」
「死にたくなければ俺の言う事に従え」
欲望のままに手を伸ばし、その剣に触れようとして――
一閃。剣は振り抜かれた。
飛ばされた左腕は霧散し、光の粒となって剣客の腕へと戻る。
幽霊を斬るには、通常の武装では通用しない。
「ふん、伊達に幽霊ってわけでもないのか」
それを聞くだけで一人の冒険者を思い浮かべる事がある。
1等級冒険者、「死神」バラド。
冒険者でその名前を知らないものはおらず、特に彼は多くの武器を収集していた癖で知られていた。
その中には、幽霊を斬るような代物も――
次に抜き放った剣は紫に輝いている。
ニィと笑う顔と共に、バラドは再び剣を振り抜く。
暗殺教団の祭祀用の剣――霊剣ヘルフリックス。
あらゆる攻撃は不治の呪いが付与される伝承の名剣にしてバラドの宝物の一つ。
「剣の錆になりたくなければ、大人しく――」
「その剣、欲しい」
純朴な欲望は恐れを知らず。
世界に名を轟かせる冒険者へと、躊躇なく踏み込む。
腰に掛けた不可思議な形状の剣、その鍔に手をかけたその時、バラドが間合いからズレたことで抜刀を中断した。
間合いからズレたとは、視界から消えたことを意味する。
「冒険者の中で俺より速い奴はいない。遅すぎるな、お前も」
そんな会話をしながら、バラドは居合という形で剣客を両断した。
一撃。
一閃。
瞬く間に光の粒へと消えていく。
「前評判にしては随分と弱くないか?」
――所詮都市伝説の域を過ぎないな。
交渉の余地なしと判断した、そして時間の無駄に思えたから切り裂いたに過ぎない。
呆気なく形を失っていく幽霊は、手応えすら感じなかったほどに弱かった。
――ん?
手応えすら、感じなかった。
奈落の底においても、吹雪は届いて肌を冷やす。
「……霊剣?」
そう、手応えどころか手の中なか霊剣が消えていた。
「へぇ、俺から武器を奪うのか。手品にしては上出来だな。まぁそんなくだらない手しか使えないゴミである事に違いはないが」
だとしても、獲物を奪われるのは不愉快。
収納魔法より、次なる魔剣を取り出す。
「マーザロアの永久凍剣」
吹雪の向こう。
その影は実物よりも大きく映り込む。
そして吹雪は晴れる。
笠を脱いだその姿は、異国の衣装に身を包んだ子供である。
幽霊であるため、その姿が生前とも限らないが、子供の姿をとっている。
存在だけで周囲を凍てつかせるマーザロアの永久凍剣により、ただでさえ低い気温が急降下する。
地表はとうとう凍りついてしまった。
研磨され磨かれた、氷冷の魔剣である。
魂まで凍てつかせる絶対零度の魔剣。
バラドの宝物の一つにして、殲滅時に多用する広範囲攻撃を主体とする。
1等級冒険者「死神」バラドは、亜人であったために差別を受けた者の一人である。
彼の固有スキル「神速」は全身の運動能力を駆使して人族を凌駕する速度を持って多種多様の攻撃を繰り出すというもので、成長型のスキルであった。
そもそもスキルを与えられる事すら少ないが、七神の一人「冬の聖女」はスキルを作り出し分け与えるという加護を持っていたため、人族はその恩恵もあってスキルを持ちやすかった。
幼少、弱かったスキルを持っていたバラドは、差別の格好の的にもなっていた。
彼にできることといえば、ストレス発散でやっていた走り込みくらいのもの。
しかし成長型とは知らないままに続けていたことで、いつの間にか人々を追い抜き、馬車を追い抜き、気がつけば後ろ指を指されることもなくなっていた。
バラドは亜人にとっての英雄で有り、差別に対抗する象徴でもあった。
対抗する者は実力で捩じ伏せ、1等級も気がつけば成り上がりで得ていたものに過ぎない。
しかし、差別の撤廃や平等の実現という願望までは、まだ追いつけない。
冒険者最速の男は、その足を止めることなく走り続けるのだ。
だからこそ、そのために「日蝕」がいる。
人族への復讐と、そして平等の実現の為。
「■――抜刀」
それは方刃にて三日月の如く反った奇妙な刀剣だった。
体長と同じくらいの――言い換えればサイズの合わない――剣を握り、剣客は目を細める。
「霊剣は俺のものだ。返してもらうぞ」
バラドは身に宿る
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