第8話 ダインスレイヴ

 「結局、俺には復讐しかなかったんだな」

 

 一面に燃え広がる炎。

 そこがバラドの故郷だった。

 冴えない蜥蜴族は、ナリーという村長の娘を自然と慕っていた。

 今思い返せば恋なのかもしれない。

 ナリーを見つけた時、脚が瓦礫の下敷きになっていた。


 「………………ぁ、バラ、ドくん……大丈夫……?」

 

 その上火の手が迫っており、呼吸が苦しいのか過呼吸気味になっている。


 「ああ……!死ぬな!頼む……死なないでくれ…………」

 

 幼いバラドは、必死で瓦礫を退かそうとしていた。

 しかし彼には力がなく、そして役立つスキルもない。

 助けを求めて走り回っている時間もなく、間も無くナリーは死ぬ。

 諦めることはできなかった。そう、諦めたくなかったのだ。


 「せめて、好きだと言っておけば少しは気は晴れたのかもしれない」

 

 その記憶を、冒険者になったバラドは見つめていた。

 何度も悪夢に出てくる、しかし幻想でなく過去そのもので、ゆえにバラドは復讐心が消えることはなかった。

 半世紀ほど前、辺境の共和国で革命が生じ、その結果王国になった。

 そして国王は人間至上主義だった。

 世俗が慌ただしく動き、そしてその犠牲となった。

 亜人であれば、よくある事だ。


 「亜人解放運動なんてどうでもよかった。俺は復讐がしたかっただけだ」

 

 王国はバラドが滅ぼした。

 第二次亜人大戦にて、バラドは十歳で参加し、王宮に忍び込んで国王を討った。

 そして今やバラドの故郷は政府機構が崩壊し、非合法な組織がいくつも潜む無政府地帯である。


 「一体どうすればよかったんだよ……」

 

 王国に復讐を果たしただけでは、バラドから悪夢は消えなかった。

 根幹の問題は、何一つ解決していない。


 「バラドくんは、誰かを恨むなんてできないよ」

 

 口を開いたのは、他でもないナリーだった。

 振り返った先に立っているナリーは、あの時と変わらない笑顔でバラドを迎え入れた。


 「俺は、最初から間違ってたのか?」

 

 ナリーは首を振る。


 「バラドくんは優しい人。復讐なんかじゃない。亜人の人たちを本心から助けたかっただけ。だから何も間違ってないよ」


 「違う……俺はそんな善人じゃない。人だって大勢殺した。どれもあの日のことをずっと恨んでいたからだ」


 「それでも、私のことを助けようとした。復讐と思い込んであなたがやったことは、あなたが守ろうとした者にとっては救いだったの」

 

 優しさの心のままだったとしても、バラドがやったことはほとんど変わらなかったのかもしれない。


 「俺は……何も変わっていなかったのか」


 「本当は子供を殺したくなかったんでしょう?」

 

 否定できなかった。

 あの子はとても強かった。

 だけど、まだ子供だ。

 言葉もわからないような子供を俺たちは都市伝説だとか言って恐れていた。

 そんなことが許せるか。


 「やっぱり、バラドくんは優しいね」

 

 偽善だと偽った善人は、二度と悪夢を見ることはなくなったそうだ。


 *   *   *   *

 

 崖の壁面に深くめり込んだ斬撃痕。

 致命的な亀裂が入ったことで、広範囲の崖が陥没を始める。

 仮にバベル山に向けて放たれたものなら、バベル山は根本からへし折れていたことだろう。


 「……だめだめ。男の子と間違えられることなんてよくあるし、怒ったりしたらはしたないわ」

 

 収納魔法は持ち主からの魔力供給を失ったことにより終了を迎え、死体を埋め尽くすように無数の魔剣が姿をみせた。


 「わ、わわ!剣がいっぱい!」

 

 そんな怒りは忘れ、閉塞の剣客は今や喜びに浸っていた。

 立ったまま死んでいる、外見の気味悪さが特徴の亜人など、彼女の視界には入っていなかった。

 

 無理もないだろう、両脚しか残っていなかったのだから。

 

 バラドは1等級冒険者である。

 体表は鋼を通さない上、軽装の鎧は魔法効果も抵抗できる。

 ただの剣では傷一つ付かない彼を、剣客は怒りに任せて貫通させた。

 胴体から上は、斬撃で細切れになったか、奈落に落ちていったようだ。

 

 「日蝕」――ダインスレイヴと呼ばれた剣は、既に存在しない。

 原初の剣とは、一体何か。

 神話では無い実在した原初の剣があるとすれば、それは金属製の棒だったのでは無いだろうか。

 では、その金属棒を武器として使う理由は……おそらくは如何なる方法を持っても壊せないものがあったからだ。

 さらに言えば、人間には、普通の人間には出来ないことを、道具の助けを得て実現しようとしたからだ。

 神々の御業をこの手に修めるため、道具の助けを得るしかなかったからだ。

 例えば、賢者ヤルタが地獄まで届くほどの奈落を生み出した時、剣を用いて大地を引き裂いたのか。

 その他の神話でも、剣を使って敵を倒したのか。

 答えは、否。

 彼らは神話の人間である。

 ここに真相を語るならば、賢者ヤルタは何も用いずに大地を引き裂いた。

 

 つまり、手刀で天変地異を起こした。


 誰も信じられないような事実。

 到底信じられず、現実逃避して目を背けた結果、「日蝕」という名の偶像が神話に紡がれ、ありもしない剣を誰もが求めた。


「日蝕」は存在しない。

 しかし、偶像へと寄せられた羨望や願望、ないし怨嗟や呪いは幾星霜に亘り寄せられ、そして幾千の死骸が奈落へと撚り集まった。

 さらに地獄へ近いという地脈の集中も重なり、概念が一存在へと昇華した。

 剣を持たぬ剣の精霊。あるいは怨嗟。

 一振りの剣にかける思いから生じたがゆえ、その存在は本質的に原点の剣を求める。

 

 ところで、ダインスレイヴはバラドを殺害せしめた最期の瞬間、何か剣を握っていたのだろうか。


 そしてまた、暗黒山脈へ足を踏み入れるモノがいる。

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