第14話『室羽博士の研究と、タイセイの転身』
「『亜人種の完全体』とか『不老不死』を研究しているという噂が白熱して」
アルベリも、ああ、あれか、と視線を下げる。
「んな訳ねーのにな。そんな簡単にビョーキが解消出来るなら」
誰も困ってないっての、と水を煽り呑む。
「まあ、いわゆる過激派ですね。だからこそ、僕たちは人間種だから亜人種だからと憎み合ってはいけない……」
「は? その割に狼系下げてくんの何?」
「うるさいです。僕は粗野で五月蠅い亜人種を嫌っているだけですよ」
「そういうとこだって!!」
二人の諍いの間に手を差し込み、落ち着け、と両方に言う。
「ごめんな。悪いけど、室生博士が殺された件をもうちょっと聞かせてくれる?」
「はい。誇大妄想の単独犯です。生活が行き詰まって、室生博士に的外れな憎しみを拗らせたようですね……」
俺は当時のことしらないけど、とアルベリが鼻を鳴らす。
「どーせ亜人種に仕事取られたとか、そういうくだんねー理由だろ」
「ええ。けど博士も『最後の研究』だけは一切、内容を明かしませんでした。……謎ですよ。それが、憶測を」
「……その研究って?」
メモリの問いに、レヴィも沈痛な面持ちで首を振る。
「分かりません。タイセイさんもそれは引き継がず、闇に葬ったと。だから、永遠の謎です」
「俺も読んだことあるな。でも、室生博士の薬って結局、ただの治療薬だろ」
細胞とかゲノムとか、詳しくは分からないけど、とアルベリが続ける。
「徹底的に復讐したんだよな? キング・タイセイ。名誉毀損とか。冤罪を煽ったヤツ全部裁判でシメたって」
レヴィが唸る。
「アルベリ君はまず、言葉遣い……勝訴を勝ち取ったと言って下さい」
「ハイハイ、カチ取った。でも結局それで、タイセイはキング・タイセイになったんだから、人生わかんねーよな」
まあ、とアルベリが続ける。
「俺もタイセイならうるせーだまれブチ転がすぞてめえら、って武力に走るし、バトル王者で名を馳せたの正解だと思う」
レヴィが顔を押さえて仰け反った。
「ぜんっぜん……違います……! いえ、まあ、何故バトルに転向かは、謎ではありますが!」
「いや絶対そうだって、脅しだって!」
「そんな訳ないでしょう! まあ、裁判費用の為の賞金稼ぎだったという噂はありますけど」
「手段と目的がおかしくないか?」
メモリの疑問にレヴィが?と首を傾げる。この好戦的GM、分かってらっしゃらない。
「ヒョロよりバキバキのがサイバンでもなんか勝てそうだろ」
「ぜ……っ、たいに、違います……!」
ブルブル震えるレヴィが他人事ながら面白い。
いや、笑って話せる内容じゃないんだけどな?
片手間で端末を開き、情報検索をする。
『ムロウ・タイセイ(本名、室羽泰醒)、養父は著名な亜人種の遺伝子治療研究者であり──』
『しかし、カズヨシ(室羽和徳)博士の死により、タイセイ氏は研究の道を離れ』
確かに、その通りのことが書かれていた。
『研究特許とゲーム内賞金を元手とし、ミスタ・オーナー(本名、ジョセフ・ミゲル・ミツテラ)とコグニテック社の共同経営者となる』
「そういう流れだったんだな」
「いえ、確かにタイセイさんは強いし無敗ですけど、そんな単純な理由では、決して!」
「実際のとこ分かんねーだろ。なんで引退したんだよキング・タイセイ」
亜人種の為にもっと頑張ってくれたら良かったのに、と文句を言うアルベリにレヴィが渋面を返した。
「引退宣言の通りでしょう。引退直前の時期は、確かに疲労が募ってらっしゃったようですし」
「レヴィGMタイセイと時期被ってねーじゃん。伝聞だろ」
苦々しい顔でレヴィが身動ぎする。
「そうですが。面接はしていただいたんですよ、タイセイさんに。つまり僕はタイセイさんのお眼鏡に適っていたということです」
ふふん、と胸を張って言った。
「はー? じゃあやっぱキング・タイセイ、猫系かよ」
「タイセイさんは依怙贔屓などしませんよ。ま、でもあの上品さは猫系と言われても」
「どっこが。猫系の根拠のない俺様具合ってなんなんだよ。タイセイは群れのトップとして堂々と立ってた。猫系に出来る度胸じゃないっての。組織の面々に逐一目をかける辺り、猫系が出来るもんか。あの社会性は狼系だろ」
「……は? 猫系こそ静かな社会性を持っていますが?」
「ストップストップ! もう何売り言葉に買い言葉してんだよ!」
「「人間種は黙って(ろ/てください)!」」
黙って手持ちの銃を天に向かって発砲する。閃光弾。ぱあん、という光と音に注目が一瞬集い、広場でよくある騒ぎの一つとして流されていく。目の前の亜人種二人が、耳を押さえて震えていた。
「ぐう、至近距離の発砲音……」
「ひどい。隙を突くなんて……卑怯です」
「俺は黙ってただろ」
発砲はしたけど。
「いや、てか気になったんだけど。タイセイさんって耳も尻尾もないよな?」
「ええ。ですけど、あの身体能力をもって人間種とはとても、という噂は根強くて」
(それは分かる)
「だからさ~、陰性ってやつだろって。耳とか尻尾とか爪とか羽が外見に出ないタイプのさあ」
はぐ、と白身魚のフライを口に押し込む。雑なテーブルマナーを指摘したげにレヴィの目が動いた。
「そういうのもあるんだ」
「いえ、でも。ゲノム判定では人間種だと。公開されています」
レヴィが耳をやや戻して鶏肉を切り分ける。
「誰も信じてねーよ。んなの」
パンで魚を挟み、丸ごと頬張るアルベリに、わざとらしくレヴィがため息をはく。
「僕の言ったことを、全く理解してませんねこの駄犬」
アルベリはアルベリで、気取り屋め、とばかりの視線でレヴィのフォークを見た。
「だってキング・タイセイさあ。今、山籠もりしてんだろ。呼び戻せねーのかよ」
「え、何。山?! 修業でもしてんの?!」
「してないですよ。メモリさんまで! タイセイさんの現在は分かりません」
ただ、とレヴィが言葉を濁す。
「シビルさん曰く。……絶対に嘘だと思いますが、ジビエとか、DIYやっているとか……」
「「嘘だろ」」
奇しくもアルベリと声が被ってしまう。
「いえ、ですから。フィールドワークや土壌研究なんかの、シビルさん的な冗談かもと」
「あー! 違う違う、タイセイジョークだってそれ! あいつ冗談だけは全然、面白くねーんだもん」
「何言ってるんですか、高尚過ぎて直ぐには理解が及ばないだけですよ! 考えたらちゃんと笑えます!」
(考えないと面白みが分からない時点で厳しいな)
自分の分の網焼き肉を平らげたメモリは、端末を開く。
情報を検索すれば、丁度、引退宣言の動画が目に留まった。
『私の引退は、コグニスフィアとアオイロの未来のためです』
重々しく、映像先のタイセイが語りかけている。
動揺度:24%──
「──!!」
言葉と共に、その数値が揺れ動く。動いている。
『一人の指導者に依存しない組織へ。それこそが、真の成長であり……』
言葉を区切る度に、動揺度が上がっていく。──36%にまで。
『……私自身が注目を集めすぎ、本来のミッションから目を逸らせてしまう。それは望ましくありません』
苦渋の表情が一瞬だけ覗く。
すぐに平静を取り戻すも、動揺度は10%近くを示したまま、1桁には下がらない。
『……これは後退ではなく、進化への選択です』
バトルとは打って変わった、人間的な表情。
タイセイ自身、自分の気持ちを制御しきれていないことを示していた。感情制御システムを入れた人間の顔じゃ、ない。
そして、ミスタ・オーナーの写真と経歴も。
(こっちは半端な上流階級で苦労したボンボンって感じだな……むしろ人が好さそうな)
写真の中の男は作り笑顔が苦手そうで、精一杯引きつった微笑みを浮かべている。
過去の経歴を調べれば、システム開発はミスタ・オーナー、ジョセフ・ミツテラの方が相応しい。
サフィラ粒子反応と投影の研究者。それなら、オラクルコアは彼が考案したものなのではないか。
(タイセイは……ミスタ・オーナーの作り上げた『英雄』だったんじゃ)
その推測は、これまでの違和感を一気に説明できてしまう。
二人の共同経営はどこかで破綻したのか。それとも、別の理由がそこにはあったのか……。
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