第14話『アサハの証言』

 あの後、シビルから「イナの治療、なんとかなりそう」と連絡があって一安心。

 なんだかんだアルベリとも連絡先を交換した。

 話がこんがらがってしまったが、タイセイのことについて、もっと情報が必要だとも思う。


 シビルに継いで歴が長いというアサハGMから話を聞くことにした。


「そう、タイセイさんのこと。……私の専用エリアで話しましょう」

 レヴィは同席を遠慮するという。タイセイファンの彼には言いづらい内容があるのかもしれない。

 まずは中央広場でランク上げを、と足を運ぶ。


 変わらない青く深い美しさがそこにあった。

 内側から光る水晶のような結晶、定期的に入れ替わる花々。

 

 幻想か現実か、風に揺れる光のカーテンが柔らかく通り過ぎていく。

 まるで夢のカーニバルのような、どこか切ない空間。

 

「Lv.45、Rank.4『ハイ・ストライダー』への昇格が可能です。通常、外部の方にはお勧めしておりません……痛みは半減となりますが、いかがいたします?」


 半分程度と聞いて、ちょっとたじろいでしまう。

「ランク1から5まで、それぞれ軽減措置が設定されています」

「ランクの最高は5?」

「いいえ。5までがナンバリングで、その後C、B、A、Sと続きます」


 そういえばレヴィが、A以上のプレイヤーは外部でもスキルが使える、と言っていた事を思い出す。


「スキルの使用感って、変わる?」

「はい、制限が解除されます。あら?」

 NPCが首を傾げる。

 

「メモリ様はGMクラスの権限をお持ちなのに、ランクが伴っていませんね」


 一瞬、セキュリティロボットのような暴走を警戒するも、会話は正常に続く。

 シビルの調整かもしれない。


「……スキルは上のランク程、強力ですから、昇格した方が……」

「なるほど。します」


 つい即答してしまった。

 ランク5でスキルの昇華。

 ランクCになれば、更に追加でサブスキルが増えるらしい。まだ、先だ。


 線が細い鳥系亜人種のGM助手に案内される。

 優しい音に満ちたサンゴ礁の回廊を通り抜けてゆく。

 アサハのGM専用エリアは、白珊瑚と細やかな模様に彩られ、美しく仄青い巣を思わせる繊細さがあった。


 海の中の貝を思わせるなめらかな輝きに、水面を思わせる光が揺蕩っている。

 幾重にも重ねられた薄布のカーテンが、より繊細なシルエットを映す。

 そんな可憐で細やかな部屋の、ソファの端に──何故か険しい目つきのソータが鎮座していた。なんでぇ?

 ──なんかこっわい置物居る。めっちゃ見てる。暇なのかGM?


「あの……お邪魔します……?」


 まあ一応同席させて貰う、とソータが腕組みして宣言する。

「俺のことは置物だと思っといてくれ」


(普通にそう思いました、いかつい置物居るなあって)

 口に出す度胸はない。


 そ、とアサハさんらしき人物がカーテンの向こうから顔を覗かせる。薄布の向こうで顔はまだよく見えない。

 あっ様子見てないで早く来てください。入ってきてください。ソータさんとこのまま二人きりにしないで!

 逡巡しているアサハにソータが手招きをした。


「お前のとこだろ、なんで本人が遠慮するんだよ」

「……先に何か、秘密の話でもするのかと思ったから……」

「ねーよ。こいつが、タイセイの話を聞きたいんだと」

「?」


 カーテンをくぐり、アサハGMが姿を現す。

 妖精さんだ。


 思わずそう言ってしまいたくなるような、静かで儚げな印象がある。薄藍から藤色の色合いをした髪はストレートに胸元まで落ち、前髪も切り揃えられ。薄桃色の淡い瞳が静かにこちらを見た。

 和装束を模した奇妙な重ね着。覗く素肌にはスタイルが露わな暗色のぴったりしたインナーを着ている。水晶で出来た弦楽器を手にしている。耳元には桜花のピアスが、花弁を揺らしている。

 

 静かに、向かいに座った。


「……タイセイさん……そうね、少し……不思議な人、だった」

 ──貴女が言うんですか、アサハさん。


 アサハによれば、とても静かな気配の人だったという。

 まるでずっと周囲の音とチューニングを合わせているような、そんな微細な緊張感を感じたらしい。


「どうして引退を決めたと思いますか?」

「敵意。ずっと、色んな敵意がタイセイさんに向けられてたから……それで、かな。私たち、支えられなくて」

 アサハの声に後悔が滲む。


「それはねえ」ソータが即座に否定する。

「タイセイが初期のコグニスフィアでPvPキラーやり始めたの、そもそも的になる為だったんだろ」

 山賊行為をする輩を、自ら炙り出していったという。


「ソータさんもタイセイさんにスカウトされたんですよね? 真面目にレベル上げ、してたんですかソータさん」

 まさか地道に虫やキノコを狩ってる姿が想像出来なさ過ぎて、聞いてしまう。


「毎日エリアボス倒した後、タイセイ殴りに行ってた」

「やってる事荒らしじゃ……なんでもないです」

 キノコ代わりにボス狩ってるわこの人。規格外過ぎる。

 タイセイさんが常設レイドボスみたいな扱いだよ……。こんな人一般プレイヤーに混ぜないで欲しい。

 

 でも、なんか。

 話を聞いていると、タイセイが居た日々の活気が伝わってくる。


「あの。ソータさん。タイセイさんって、半分機械とか、だったり……そんな技術とかがあったりは……」

「そういうのはシビルが詳しいだろうけどな」

「治療用ナノマシンは? でも数日で効果が消えてしまうかな」

「それは無い。使ってるとしたらハードワーク用だろ」

「使ってたかも。睡眠時間、確実に足りないし」


「ドーピングじゃん……やば。え、倫理的にいい、んですか?」

「治療って範囲なら、医療行為としてはアリらしいな」

「……グレー、かも」


 それからああだこうだと三人で話すも、機械という線はない、という結論になる。

 ソータが「機械の方が先に消耗して壊れるわ」などと何気に恐ろしいことを言っていた。


 メモリは得た情報を整理する。

・ハードワーク補助用ナノマシンの使用?

・開発に経営、バトルという多才さ

・亜人種と疑わしい程の身体能力と、その制御

・若く見えるのは、亜人種特有の病気?

・外部との独自通信を保有

・現在、山暮らし


 もし、タイセイに亜人種特有の病気が発現していた、とすれば──。

『父の研究の信頼性崩壊』への懸念。

『引退会見での不自然さ』の説明も少しはつく。


 山奥での隠遁生活も、人目を避けるための結果として理解できる。

 大筋で間違っていない気がした。

 でも、それじゃあタイセイは今──。


「あああもう全然分からん! これもうタイセイさんに直接会うしか……!」

 メモリが頭を抱えると「会いに行くか」とソータ。

 

「ただし途中の山が難関だ。最低、ランクC、だな」


 ソータが膝を叩く。

「っし、──やるか、『マルチアラウンド』開催!」

 アサハが驚いた顔をした。

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