第18話『ファントム・オルトロス狩り -レヴィの本領- 』

 ──『データ観測』展開。


 少し、無理をすることにした。

 データ観測範囲を広げる。ファントム・オルトロス達だけでなく、周囲の空気、サフィラ粒子の密度に。


 端的なデータを読むだけがこのスキルの使い道じゃない。

 

 筋肉の緊張度や、収斂度。読もうと思えば読める筈。なら、他にも。

 ソータさんの言葉で、それに気づけた。チュートリアルバトルでは、もっと闇雲に使っていた筈だ。


「──っ」


 一気に脳内に流れ込む情報量を、読み流す。右から左へ、あえて考えず、把握だけに務める。

 把握できるものを、全て!


 微調整して、表示を、薄青い1が並ぶ世界へ、変えた。

 これで、下準備。


「レヴィ!」


「それでは。僕の本領を」


 そう言ってレヴィが跳ぶ。ぱり、と宙に紫の放電が舞う。数値の変動を追い、こちらも駆ける。

 レヴィの声が朗々と響く。


「輝き満ちたる魔術の子らよ──さて控えよさて流れよさて導かれよ」


 雷を踏むように、数歩の跳躍で、ファントム・オルトロスの群れの前へ、軽やかに着地する。

 突然降ってわいた紫の人影に、害獣たちが首をもたげる。


 だが遅い。杖を掲げたレヴィの腕が、詠唱発動の中央を指し示す。


「第二循環の門を開き!」


 レヴィの声が透明な鐘を打つように響き渡る。紫の魔力が、まるで生きものように彼の周囲を舞い始めた。

 爪を立てた指先から、青白い火花が散る。獣の瞳が針のように細まり、その色を深い紫へと変えていく。


「来たれ来たれ神気の同胞! この地の元にて励起せよ!」


 詠唱の言葉一つ一つに、大気が共鳴するように震えた。サフィラ粒子が渦を巻き、レヴィの姿を青く縁取る。

 それは優雅な魔術師の仮面の下で蠢く、獣性の片鱗。

 制御された危うさと、計算された美しさが交錯する瞬間──。

 

「『ウィザーズ・グロウ・サークル』!」


 どおん、と光が雨のように降り注ぐ。弧状の光が害獣を取り囲み、縛り上げた。

 紫電が弾け、害獣の体力を削っていく。

 ぎりぎりと縛られた害獣たちが猛り狂い、力比べとばかりに暴れ続ける。


「派っ手……」

 朗々とした詠唱も、位置取りも見映えを意識したものだろう。優々とした力量を見せつけていた。

 本領、と言ったのは虚栄でもなんでもない。亜人種の身体能力にも因らず。


 ただただその強さを支える根底は──その『冷静』さ。計算と、感情の制御。


 普段のレヴィとは違う、コントロールされ、安定した動揺度の低さと戦意の高さ。

 これまでとは違う、レヴィの本質に触れた気がした。


 術式を維持したまま、次の詠唱が始まる。


「第二循環の門を開き」

 初手の輪から逃れた一匹。害獣がレヴィに突進する。

 

「来たれ来たれ神気の同胞」


 軽やかな跳躍で飛び避け、空中で一回転。魔術師にしては高い身体能力──恵まれた亜人種の、弾むような跳躍。

 優雅な魔術師の仮面が僅かに剥がれ、レヴィの爪が鋭く伸び、瞳孔が針のように細まっている。


 僅かな獣性の発現と同時。動きに反して一切のブレを見せず唱え続ける毎に、紋様が杖の軌跡通りに現れていく。

(GMにもなるだろそりゃ、こんなの! 敵に回したら『厄介』そのものだよ!)


「痺れ針にて杭打ち止めよ──『スタン・ニードル』──そちらはよろしく!」


 バチッ、と音を立て。

 立ち上がったファントム・オルトロスの下肢を紫電の針で刺し貫く。

 

 その驚異に見入る暇はない。

 目前のファントム・オルトロスが、どす黒い殺意を纏って立ち塞がる。

 

 以前狩ったものとは、格が違う。

 背の棘から滴る毒液が、石さえ腐らせる音を立てる。

 研ぎ澄まされた爪、裂帛の如き咆哮。背中の棘から滴る毒液が音を立て地面を溶かし焦がす。例え一撃だって無事では済まない。

 

 だが──レヴィの魔術の枷が、その凶暴な動きを僅かに縛っている。

 今しかない。

 

 アイアンファングを構え直す。既に纏わりついた雷の属性が、青白く光を散らす。

 やれるか? データを追う。頭の中で数値が踊る。

 

 そこに、ソータの言葉が蘇った。

 『流れだ』

 

 意識を研ぎ澄ませば、サフィラ粒子の密度が、まるで生き物のように蠢いている。

 脳裏にもう一面、違う地平が開けた。

 

 渦を巻き、波打ち、そして──。


 (見えた)

 

 これだ。

 ここに、『流れ』を乗せる──!


 バチバチバチ!!

 アイアンファングが青い雷光を纏い、まるで意思を持ったように獣の急所へと吸い込まれていく。

 

 このまま、叩き、込む──!

 青雷の咆哮が、大地を震わせる光となって弾けた。世界が一瞬、青白く明滅する!


「グォォォォォオン!!」


「う、わ……!!」


 反動で、弾き飛ばされそうになるも、堪える。


 ──正直、やれるかどうかは、分からなかった。ただ。

 以前見せられた、ソータさんの技の動きを。少しでも、真似して。

 

 『流れ』と呼ばれたものを、引き寄せた。


 後方に控えていた筈のソータの『驚き』を読み取る。

 そして、微かな、これは──いや、今は駄目だ。

 

 ここで倒れたら、最悪。意識を振り戻す。


 思ったよりも激しい雷に、オルトロスの群れを仕留めようとしていたレヴィの詠唱が一瞬、途切れ──が、そこは流石のGM、持ち直し、容赦なくとどめを刺す。


 作戦では、言っていなかった。

 

 あのオルトロス狩りのように、レヴィの足止め魔法で、術から逸れた害獣を力業で狩り取る算段だったのだ。

 こんなに、利く、とは。


 どおん、と意識を失った巨体が、横倒しになる。


「や、った……?」


 がくがくと震える手足を支え、データを読み取る。

 戦意、ゼロ。戦闘能力、ゼロ。

 スタンではなく、気絶状態だ。

 

 追い打ちに、短剣を振り下ろす。

 また頭痛が襲ってくる。じわりと頭の奥に滲む痛み。──その前に、スキルを解除した。



「おい、ありゃなんだ」

「何ですかあれは」

 レヴィが残りのファントム・オルタロスを片付け、ソータと二人してメモリを取り囲む。


「まぐれ! まぐれです!」


 苦しい言い分なのは承知で、そう答える。

 まだ、何故か、ソータにはあれを言ってはいけない気がした。気付かれているとしても。


「まぐれな訳あるか」

「俺にもまだ説明できません! 多分、こうじゃないかってのは、あるんですけど……」


 ソータさんの目が、怖い。凄く怖い。


「出来んだろ、説明。違うか」


 ──追及が厳しい!


「もうちょっと! 何度か! 試してからで!!」


 そう言うとようやく圧を下げてくれた。

 諦めたというより、今聞いても無駄だと察してくれたらしい。



「こいつのせいで都心部とこの辺りの安定通行ルートが塞がれてたんだ」


 ファントム・オルトロスたちの死骸を蹴りながら、ソータが言う。

 シビルたちと連絡を取り、支援の詳細を打ち合わせる。


「これで道の修繕にかかれる。悪さしてた奴らの摘発は──ほぼ都心部の方でマサキとシビルがもう手配完了してるな」


 さすがシビルさん。とマサキ。仕事が早い。


「状況はかなり改善される筈だ」


 都心部とのルートを阻害する要因になっていた害獣を始末したことで、ようやく外縁と都心部との安定した行き来が叶うようになる。アサハ、シノンだけでなく、物と人が行き交うことで少しはましになっていくだろう。


 鼻先に治療用ジェルシールを貼られた狼男のロイが、レヴィからその話を聞かされている。


「さっすが『黄金のソータ』さんだ……すげえな。こいつらを一撃で。俺も見たかったぜその雄姿」


「いえやったのは僕なんですけどね。まあ確かに僕は一撃ではありませんが」


「嘘つけテメェが、あ、いや、はい、レヴィさんもお強いのは解ってますって! けど流石にオルトロスどもを一撃では」


 いえ僕です、と頑なに訂正するレヴィの話を適当に聞き流し、ロイがソータを見て尻尾を振る。

 こうやって伝説って尾ひれ羽ひれついて広がって行くんだろうな、と思ってしまった。


 翌朝──。見送りに来てくれたロイと、少し話をした。

 治療用にいくつか渡されたジェルシールを、もう少し欲しいという。


「いいよなあ、都心部は。こんなもんがタダ同然で手に入るんだろ」

 

「や、流石にタダという訳では」

 多分結構な価格はしている筈だ。

 

 エイシュトンに乗り入れるソータとレヴィを見やり、ロイの目が少しだけ胡乱に輝く。

「あんたらは良いな。金のあるところで働けて」


 舌なめずりするような、じっとりとした目が危険な色を帯びていく。

「……ずりぃよなぁ……」


「ロイさん」


 レヴィの声が、涼やかにかけられた。


「亜人種だからではありません、僕らは。強くなって、お勉強して、お行儀よく。するんですよ。働けるかどうかは、僕には決められませんが。試験は厳しいです、頑張ってくださいね」


「お、おい、それって、俺でも働けるってことか、その──『黄金のソータ』んとこで!」


 それはどうでしょう、とレヴィがメモリの腕を取り、エイシュトンに引っ張り入れる。


「レヴィ! ってか、ロイさん! あの──」


「僕には分かりませんけど! 頑張り次第じゃないですか?」


 そう言って、ソータの肩を小突いて、エイシュトンの発進を促す。お行儀いいか、こいつ。とソータが唸る。


「良いでしょう、僕。お行儀、こんなにも??」


 くあ、と欠伸をする様は、お気楽な猫サマそのままで。

 早く出して。スピード上げてくださいよー、追いかけて来ちゃいますよ、と嘯いた。

 

 空は。霧も晴れ快晴。

 サフィラの青い光が、きらきらと降り注いでいた。

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