4章 マルチアラウンドバトル編

第15話『1st 深海算術空間』※バトル有

 中央広場は熱気に包まれていた。

 各エリアのGMとの模擬戦──インスタンスバトルの開催だ。経験値が美味いと評判のイベント。


 メモリは広場の片隅でスキルの変化を確認する。

 『データ観測』の精度が上がっている。だが、それだけではない。

 世界に重なる数値の意味が、徐々に見えてきた。観測で、広がる世界。

 

 ──『認識』……。そう、それだ。実数を拾い、データに変えるコツ。

 数字を意味のあるものに変える瞬間。


 多分、それは。

 ……人間の、意思だ。

 

 実践で限界を探るしかないだろう。装備を最適化し、魔術系は今回は後回しにする。まずはランク上げの為に、やれるだけやろう。

 

 そうして。

 メモリが最初に選んだ対戦GMは──……。



 青く輝くグリッド空間が広がった。

 無機質な立方体が宙に浮かぶ世界。


「一つ、説明しておく」

 靴音と共に、マサキの姿が浮かび上がる。粒子に照らされた短い黒髪。落ち着いた風情の青年だ。

 チャコールシャツに深青のネクタイ。最新参の理論派GMの象徴とも言える短銃を手に。


 Set up.の文字が浮かび、Ready - GO.に切り替わる。

 ──戦闘、開始。


『マサキGMインスタンス戦──理論戦術空間』


 ──まさかインスタンスボスでの初邂逅になるとは思わなかったけれど。


 静かな声が響く。

「このユニットは水流の理論的再構築。だが本物とは違う。故に、必ず『解』がある」


 星座のように美しい水流の軌跡が描かれ、マップが現れる。


「見せてみろ、お前の『計算』を」


 メモリは『データ観測』を展開する。

 シールドの性質が浮かび上がった──4刻みで45度回転、過剰ダメージ65%で反射角度変化。


(一歩間違えば集中砲火か)

 プレシジョンガンを構えながら、壁際を進む。


「理に適っているが」マサキの声に興味が滲む。「それだけでは足りん」


 突如、青白い光線が放たれる。

 メモリは避けるも、光は45度に反射し、ユニット間を跳ね返っていく。

 幾何学模様を描く美しさに、思わず息を呑む。


「理論は必ず答えを示す」マサキの瞳が深海のように青く煌めく。

「答えに辿り着けるか──それはお前次第だ」


 不思議と体感した。

 これが、このマサキGMの──理想。

 イデアの支配する、究極空間。エウクレイデスの無限世界──永遠の静謐。


 一種、狂気の果て。それは同時に、万人には理解しがたい孤独な深淵でもある。

 辿り着くより先に切り裂かれる者の数は、如何ほどか。

 それでも、ただ、独りでも、その先へ。

 ──駄目だ。この狂気に焼かれれば。勝てない。


 同じデータと理論、分析を持ってしても。だからこそ。

 

(否定は、しない。でも、──俺は、別の道を行く!)


 メモリは『データ観測』を全開にする。

 ユニットの数値を読み取り、遠距離減衰を換算。一発目を放つ。


「甘い。全ては計算済みだ」


 マサキの確信に満ちた声。

 その瞬間、立方体群が幾何学的な軌道を描き、一斉に動き出す。


「これが理論戦術の真髄」


 警告を無視し、メモリは突っ込む。

 レヴィの言葉が蘇る──『ゲームは楽しむもの』


 『データ観測』で再度、配置を読み直す。追って、試算。

 スキルで読みながらも、選択するのは自分だ!


 光線が踊る青い空間で、メモリは最後の狙いを定めた。

 マサキの放った実弾が、ユニットを貫く。


(完璧な理論には、完璧な死角がある!)

 

 緻密に測り、奥。二つ目を撃ち、走った。

 青い立方体が少しずつ向きを変えながら迫ってくる。大量に表示される、警告データ。


(このっ程度! 前々から──慣れてんだよ、警告削除!)


 反射した光線が隣のユニットを直撃する。

 続けざまに放った三発が反射し、幾何学的なレーザーショーが、青い空間を踊った。

 

 派手な動きは、計算がずれる。僅か、躱すだけ!

 ジュッ、と熱線が肩を掠めかける。ギリギリの位置で耐え、偏在する数値を一気に拾う。


「──見えた」


 駆ける。


 連鎖的に角度を変えられたユニットが、一斉に最適角度へと収束していく。

 まるでパズルのピースが、自ずと正しい位置へ納まるように。


 メモリは横転しながら、デバフ弾を躱す。

 スタン効果で動きが鈍るところを実弾で仕留める──マサキお得意の戦術。

 マサキの放った実弾が、最後のユニットを貫く。


「よし! これで──」


 だが、それこそがメモリの狙いだった。

 撃ち抜かれたユニットが、完璧な45度の角度を作り出す。

 光の通り道が、一直線にマサキへと繋がった。


「確かに、解はあった!」

 メモリから放たれた最後の一撃が、真っ直ぐに理論の壁を打ち砕く。


「見事」

 制御空間が青く輝きを失っていく中、マサキの声が静かに響いた。

 崩れゆく立方体の中、静かに、満足げに微笑む。


「──正解だ」


 カシャン、と音を立てて割れたグリッド空間が薄れていく。

 インスタンス戦、終了。勝利の光が降り注ぎ、バトルフィニッシュを告げる。


 ──まずは、一勝。


 同時に輝く光が全身を包み込み、レベルアップを知らせてくれる。

 レベルも一気に52。なるほど、美味しい。


 報酬は双短剣『Observer-R/E』。

 二本の短剣、僅かな反りのある刀身に『Observer-Raven』『Observer-Eagle』と刻まれている。

(といってもトンファーくらいのサイズあるよな、これ。小さすぎないし、大きすぎない)

 片方が赤と黒、もう片方が白と金の誂え。

 魔術スペル照準代わりの杖としても使えるらしい。データ観測スキルに呼応するような作りだ。


 目標のランクCまではまだ遠いが、GM戦を勝ち進めれば──。

 

(しかし、スキル無しで勝ててる奴らの頭ん中、どうなってんだ……)

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