第7話『バグでGM権限?』+Log:2

 青白い光が満ちるシビルのラボ。

 天井から吊るされた不思議な形の実験器具が、ゆらゆらと影を揺らす。

 壁一面に浮かぶ数式と図表が、魔法陣のようにうっすらと光っていた。


「ここは私専用のラボであり、遊び場であり、研究室であり、時には寝室──いやいや、なんでも」


 シビルが誇らしげに腕を広げる。

 天井から吊るされた不思議な形の実験器具が、その動きに反応して微かに揺れた。

 寝室、とでも言いかけたのだろうか、レヴィの視線にすっとシビルが言葉を止める。

 

「さ~てメモリ君には、何か面白いことが起きてるみたいだね~?」


 シビルが奥の器械を操作し始める。

 藤色の瞳に悪戯っ子のような光が宿った。


「シビルさん」

 レヴィが、メモリを庇うように一歩前へ出る。


「あなたなら即座に通報したりしないと思うので……お願いがあります」


「うん、なんだろう?」


「メモリさんの全情報をスキャンしていただけませんか?」


 最後まで言い切る前にシビルの指が踊り、機器やパネルをタップする。


「了解了解!」


 メモリの頭上で光の輪が低い唸りを上げる。


「心配しないで~、痛くないよ。たぶん」


「そこは明言してくださいよ!」


 レヴィが抗議するも、お構いなしで青白い光がメモリを包み込む。

 シビルは画面を操作し、次々とデータを確認していく。


「うーん? なにこれ」


 指が画面上で止まった。


「どうなってるんです?」


 レヴィが心配そうに近寄った。


「メモリ君、一般ユーザーなのに、GM権限があるね。こんなの見たことないな」


 レヴィも続けてスキャンを受ける。シビルが頷いた。


「セキュリティがエラーを起こした筈だ、これ、解除して構わないかい?」


 何度も権限解除を試みるが、すべて失敗。

 シビルの指が踊るたび、エラー音が響く。


「なんだこれ! お手上げだな! う~ん、バグ? ん~まあいい。とりあえず後回しだ」


 くるりとレヴィ達に振り返った。


「レヴィ君は……永続スキル付き。しかし、能力値には問題なし。レヴィ君、何か違和感はある?」


「獣性は」

 レヴィの耳が一瞬下がる。


「……管理、出来ていると、思います」


 尻尾は不安げに揺れながらも、声は落ち着いている。

 後の判断はシビルに委ねる、とまで言って。


「すいません。俺、……僕もレヴィさんの、スキャン結果見ていいですか」


 メモリの声に、レヴィとシビルが目配せするも。

 苦笑しつつ、シビルが了承した。

 

 違和感はある。確信がある。

 レヴィも、シビルも、問題は無いと見做していることが一層不安だった。絶対に、おかしい。

 

 ただ、その違和感をどう表現していいか分からない。

 

 けれど。

 

 表示されているデータをいくら見比べても、分からない。

 

 ただただ首筋に残された痕だけが、あのスキルの確実な物理痕跡になっている。

 シビルが椅子に背を預け、うう~んと唸った。

 お手上げ、という仕草をして、こちらを向く。

 

「皮膚は沈着というより、やけど痕みたいなものっぽい。その内痒くなって落ちると思う」


「微妙に嫌ですね」


 レヴィに「ごめんね、皮膚への薬くらいは出せる筈だから」と言いつつ、シビルが椅子に深く沈んだ。

 医務室でお薬は貰って、とメッセージを送った。

 

「メモリ君を庇いすぎと言うけど、レヴィ君らしいと思うけどなあ」

 シビルがメモリに向き直る。


「私から見ても、メモリ君は被害者だもの」


 その言葉には素直に頷けず、メモリが下を向いた。

 構わず、シビルは続ける。


「うーんそれに……外惑星人、となると微妙かなあこれは。起こった事態は確かに普通なら即更迭もの……しかし、オラクル・コアも判断を保留か……」


 シビルが指を遊ばせ、別のデータスキャンを始める。


「メモリ君が危険人物ならとんでもない事になっていただろうけど、君は常識的な行動の範疇に収まっているし」


 むしろそれなら即更迭されてただろうしね、と続けられた。

 レヴィ君の指示に従ってくれているし、とも。


(まあ……確かに。強制執行どころか、俺が監視下状態だしな……)


 むしろ暴れたりなんかすれば即拘置されても仕方ないだろう、程度の分別はある。


「権限っていっても平和的範疇? というのかな。書き換えは出来ない保管も出来ない、って監査でも入ってるみたいな……?」


 ──『このスキルは、僕が解析して手を加えたものだ』

 リンゼイの言葉が脳裏に蘇る。


「その不審人物、目的が分からないな。破壊活動にしては、良識的すぎる……強制執行スキルの効果を聞けば危険なものだが、実際には性能を発揮していない」


 メモリのGM権限は、どうやら「外から来たゲストが体験見学する為の全て」みたいなものらしい。

 リンゼイに渡されたここへのチケット──『プレミアム案内コース』の弊害かなあ、などとシビルも悩んでいた。


 リー・リンゼイの差し金にしても。

 ──なんか金持ちのお遊戯に振り回されてるみたいだ。

 なんなんだろう、これ。

 デスゲームとかじゃ、ないよな?

 

「さて、どうする? このまま放っておくわけにもいかないだろう……権限なら、ミスタ・オーナーの範囲だろうし」


「ミスタ・オーナー?」


「うちの現CEOさ」


 何故かレヴィの尻尾が驚いたように、ふぁさっ、と浮いて下がる。

 黙って、澄ました顔をしたまま、尻尾だけがピンピンと跳ね回った。

 何か、もの言いたげに。


「レ~ヴィ~君。アポ、取ってくれるかい?」


 含みのある言い方で、シビルが笑った。



タイセイの引退について語るスレ236 ──当時のログ(約2年半前)


1 :名無しさん@コグニスフィア:

タイセイの引退から約5ヶ月…

今のCT社について語るスレ

...


984 :名無しさん@コグニスフィア:

タイセイの時代は水資源管理も完璧だったのに

最近は外縁部で事故多発してね?


985 :名無しさん@コグニスフィア:

>>984

お前いつまで懐古厨してんだよ

今のGMも頑張ってるだろ


986 :名無しさん@コグニスフィア:

新人GMのレヴィって亜人種らしいな

大丈夫かあれ…


987 :名無しさん@コグニスフィア:

実力あるから採用されたんだろ


988 :名無しさん@コグニスフィア:

タイセイ引退の真相知ってる奴いる?

なんか急すぎない?


989 :名無しさん@コグニスフィア:

>>988

またこの話か…

陰謀論は他所でやれよ


990 :名無しさん@コグニスフィア:

る~し~の配信見た奴いる?

タイセイの秘密暴くとか言ってたけど


991 :名無しさん@コグニスフィア:

>>990

アフィカス消えろ


992 :名無しさん@コグニスフィア:

昨日シビルのとこで爆発音聞いた奴いる?


993 :名無しさん@コグニスフィア:

>>992

日常茶飯事定期


994 :名無しさん@コグニスフィア:

タイセイ時代のCT社

・水資源管理完璧

・GMのレベル最高峰

・事故率0%

・観光客殺到

・経済爆上がり


今のCT社

・管理システム不安定

・新人GMに亜人種

・事故多発

・観光客減少

・経済ヤバい


これもう終わりだろ...


995 :名無しさん@コグニスフィア:

>>994

データ出せよ

感覚だけで語んな


996 :名無しさん@コグニスフィア:

外縁部民だけど、最近水の味変わった気がする

GMの腕落ちてね?


997 :名無しさん@コグニスフィア:

新GMレヴィのテーブルゲーム参加したけど質問ある?


998 :名無しさん@コグニスフィア:

>>997

尻尾本物?触った?


999 :名無しさん@コグニスフィア:

>>997

通報した


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