第13話『広場での新しい出会い』

「せっかくだし、外で一緒にご飯でもどう?」

 考え込みそうになったメモリを、シビルが誘う。その一言でふわりと空気が軽くなった気がする。

 それなら、と中央広場まで足を延ばすことになった。

 粒子が青く漂う道並みは、昼下がりの陽気に輝いている。


「賑やかですねぇ」

 レヴィが嬉しそうに耳を揺らす。

 通りには屋台や露天が並び、フリーマーケットを楽しむ人々が行き交っている。


「あっ、ベッラ・セレステ! シビルさん、空いてますよ」

「お、良いね~。メモリ君、あそこのテラス席どう?」


 賑やかな広場に面したレストランだ。

 青と白の爽やかなパラソルの下、ゆらめくサフィラ粒子が風に舞う。


 運ばれてきたのは、ブルーに輝くスープパスタ。

「これ、喉ごしで弾けるんですよ。吃驚しないでくださいね?」

 一口流し込むと、不思議な味わいが広がった。コク深く、でも後味は爽やか。確かに炭酸のような刺激がある。

「おお」

「でしょう? シーフードとハーブのブレンドなんですけど、サフィラ粒子が溶け込んで──」


 美食家のような知識で説明するレヴィに、シビルが笑う。

「相変わらず美味しいものには目がないねぇ」

「む。いえ、そんな。そこまででは」

 レヴィの耳がぴくぴくと動く。否定しきれない仕草に、メモリも思わず吹き出した。


 陽射しは柔らかく、料理は美味しく、会話は弾む。

 そんな昼下がりの風景に、メモリはすっかり心を奪われていた。

 遠くでは何処かのプレイヤーのパフォーマンスが歓声を集め、露店の香りが風に乗って漂う。

 そんな、コグニスフィアの「日常」──。


 ふと、レヴィの耳がピン、と広場を向く。不穏な動きにメモリもそちらを見た。

「うわ!?」

 広場の中程で遊んでいた、亜人種のプレイヤーが露店の屋根に落ちる。

「レヴィ、あれ」

 尋ねるより先にレヴィが走り、メモリも追う。落下地点には羽毛が散って居た。鳥系の亜人種だ。

「失礼します!」

 たん、と軽い跳躍でレヴィが屋根に飛び、亜人種の少女を抱えて戻ってくる。

 シビルが集まってきた他のプレイヤーを誘導し、セキュリティロボットたちに進入禁止ケーブルを引かせた。その隙間から、狼系と思しき亜人種が走り込んでくる。


「あ、ちょっと君!」

「イナ!! 俺、関係者です!」

 シビルの制止を振り切って、レヴィの抱えた少女の側に来る。治癒スペルを唱えるメモリに対し、レヴィは何処か沈痛な表情をしていた。発動するも、変化がない。


「メモリさん。これは、おそらく」

「はい、どいてどいて。私に診せて」


 割入って来た狼耳の少年とメモリを退けて、シビルが少女の羽の付け根──背中を見る。

 少年がジャケットを脱いで周りから囲い、レヴィが慌てて目を逸らす。

(え、なに?! 背中も見えたら駄目な感じか?!)


 良く分からないまま、メモリも視線を逸らした。

 シビルが胸の内側から小さなケースを出し、何らかの薬を注射する。


「よし、治癒スペルお願い」

「え、でもさっきは……」


 戸惑うメモリに対し、レヴィと狼少年は即座にスペルを詠唱し始めた。レヴィに至っては目を瞑ったまま。疑問に思いつつ、メモリも同じく唱和する。ふわり、と光の輪が重なり、幻影の翼が舞う。ぱす、と羽の音がした。


「もう一回ね」

 重ね掛けをする間に、シビルが再び別の薬剤を投与していく。二度目の光が舞い、少女が目を開けた。

 浅い金髪のショートヘアに、赤くも見えるオレンジの瞳。全般的に、色素が薄いのが感じられる。

「い、痛……、あれ、どうして? 治ってる……」


「ごめんね、対処療法だから。ちゃんと専門の医療にかかって。それ、亜人種の成長異常だろう?」

 はっとしたように少女がシビルを見た。

「あの、でも……お薬、高いって」

「補助が出るから申請しなさい。コグニスフィアの支援部、相談してみて。ほら」

 と、連絡用のカードを渡す。


「ほじょ……?」

 首を傾げる少女に、少年がばっ、と割り込んだ。


「ありがとうございます! 俺、アルベリです。すみませんでした!」

 そのまま連れて行こうとするのを、レヴィが遮った。アルベリと名乗った少年の腕を取る。


「貴方は? どういったご関係ですか?」

「関係ないだろ! ──……紫の、猫耳……って、あれ。まさか……」

 やばい、と言いたげにアルベリの姿勢が下がり、尻尾が垂れる。

「僕の名前をご存じですか? レヴィ・カドハシ。テーブルエリアのゲームマスターですよ」

 すう、と辺りの空気が冷える。威圧感を出して、レヴィが怒りを表わしながらも微笑する。


「あ、う、すみません……それとは知らず……人間種ばっかかと……」


「全く。犬系は目が悪いですねえ。それで、貴方のご友人ですか? それとも」

「いっ!! 犬じゃねーよ! 見たら分かるだろこのフサフサっぷり! イナは俺の友人です。手ぇ放せよ、俺の牙はほっそい腕なんか噛み砕くぞ」


「おやおや小型犬か何かかと。猫の爪も牙も深く入りますよ? 毒でじわじわ腐り落とさせたいんですか?」

「ちょーっと待てレヴィ! 挑発すんなって!」

 ぐいぐい行くレヴィの服を引っ張り、メモリが仲裁を試みる。

「そうだよ、二人とも。イナの気持ちを無視するんじゃない。怪我、治らないんだろう。いつからかな?」


「えっと、一ヶ月くらい前? から……」

「怪我で気付いたんなら、症状はその前からかもしれないね。支援部まで案内してくる。君たち喧嘩するなよ?」

 きっ、といつになくシビルが険しい顔で三人に告げる。

「本当に友人なら、後で連絡は付くはずだろう? じゃあね。レヴィ君、後よろしく」


 言い残して、颯爽とイナを抱え上げる。重力制御でも使ったのか、ふわりと。

「あ~。っと」

 メモリはアルベリの様子を窺った。

 亜人種同士の複雑な関係は分からないが、レヴィの態度を見ていると単純な状況ではなさそうだ。


「シビルさんの分、余ってるんだけど。イナさんの事、心配だよな?」

 狼耳がピクリと動く。茶色と黒が入り混じった髪に、明るい榛色の瞳。警戒するアルベリに、メモリは席を指さした。

「少し、話聞かせてもらえるか」

「メモリさんそんな勝手に!」

 レヴィが何か言いかけるのを、メモリは軽く手を上げて制した。

 どうもレヴィは狼系相手だと、妙にけんかっ早い気がする。コンプレックスでもあるんだろうか。

「レヴィ、流石にその態度は俺から見ても高圧的過ぎるんじゃないかな。レヴィらしくない」

 ぐっ、とレヴィが耳を伏せる。


「あのですね、メモリさん。僕は亜人種として、尚更、凶暴だの野蛮だのを是とする態度には」

 ふう、と貯めた息を吐く。

「──我慢なりません。こういう粗野粗暴な態度が亜人種全体への偏見を強めるんですよ」


(そういう理由で、か)


「アルベリくん? テーブルマナーは当然、ご存じでしょうね?」

(また煽ってるよ!!)


 明確にぶすくれた表情のレヴィが、綺麗なカトラリー使いで鶏肉を口に運ぶ。わざとではない、先に注文が済んで居たので。

 それを胡乱な目で見るアルベリに、まあまあとシビルが頼んだ白身魚を押し付けた。


「亜人種の成長異常って、どういうことなんだ?」

 そう切り出すと、アルベリの表情が変わった。レヴィの方が先に口を出してくる。

「僕から言いますよ。亜人種というのは成長が不安定なんです。僕も若く見られますが、その程度は大したことではない」

「ん? レヴィ幾つ?」

「秘匿情報です、お答え出来ません。イナさんの場合、成長が部分的に完全に止まってしまったのでは?」

 しれっと話を流されてしまった。


「察するに、ヒトの体と、亜人種の羽の部分との境界が。怪我も治らないというのは」

 アルベリが視線を落とす。

「……多分。前からずっと、おかしいって言ってて」

「よくある症状ですよ。室生博士のお薬で、改善されるはずです」

「でも高ぇじゃん……」


「薬の調合は難しいですからね。何のためのコグニスフィアですか。つまらないかもしれませんが、華奢な鳥系でも出来る、社会活動系のクエストがある筈です」


 レヴィが静かにフォークを置く。

「人間種嫌いはどうしてですか? タイセイさんは二代に渡って、僕たちにここまでしてくれたのに」

 ぐ、とアルベリが口を閉ざす。


「二代?」メモリの問いに、レヴィが一旦目を閉じて、答える。

「──ええ。亜人種の治療薬研究で有名な室生博士は、タイセイさんの養父です」


「タイセイさん、父親が研究者だったのか?!」

「はい。ご本人も、本来はその道を進む筈だったんですが」

 それがなんであんな無神経対戦王者になってるんだ、というメモリの愕然とした驚きに、レヴィが追い打ちをかける。

 

「室生博士はよりにもよって、亜人種研究を誤解した、反亜人種の人間に殺されたんです」

「ころ……え?! なに、なんで?!」

 メモリの問いに、レヴィは一度深く目を伏せた。

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