第17話『壊れた壁の向こうで』

 メモリは、レヴィの調査によって判明した事実を、コグニスフィアへと通信で送る。

 ニアというのは、以前、 F-17区画に迷い込んでいた亜人種の子どもの事らしい。どうやら、この外縁地区から連れ去られて、逃げ込んだ先が迷路状態の、地下区画だったと。今は保護されているらしいが。

 

 居住痕跡、推定32名。平均身長:95cm。

 未成年者率、85%……。

 

 この狭いエリアに、これだけの数が居たという。


「多産型亜人種の──労働力として売買が成立します。こんなこと、繰り返させてはいけない」


 聞いたことが無いほど暗い声で、レヴィが吐き捨てる。


「レヴィ、思い詰めんな。協力して生きていける、人が増えるのは良いことだろ」


「──弱い者から命を奪って、そんな踏み台を、許してでもですか!」


 その激昂と慟哭の強さに、息が止まった。


「それで生き残ったとしたら。そいつも許せねえか? ──俺も?」


「待って、ちょっと待ってソータさん、それ……」


 思わず割って入ったメモリに、ソータはレヴィから視線を逸らさず、手だけで制す。


「直接、食いもんにした訳じゃなくても。俺は、あいつらが食う分まで分け与えられて、生き繋いだんだ。それでもか」


 レヴィが、目を逸らす。


「同じなんだよ、命を、食ってきたのは」


 ソータがレヴィの両肩に、手を置く。


「レヴィ、お前の私情と、ここの事情を一緒にすんな。──逆に。今まで見て来たモンと、『お前の事情』を、同じに見るんじゃねえよ。おかしくなっちまうぞ!! 分かったか!!」


 頑とした一喝に、レヴィが震えた。俯いて、目を逸らしたまま。

 ただ、みっともないほど激しく、灰色の尻尾が歪むように、のたうっている。


「──……」


 受け入れがたい事を、飲み込むように、やり過ごすように、徐々にその動きが、緩み。


 ん、とソータが咳払いする。


「すまん、思ったより地声が出ちまった。あー……、大丈夫か?」


「聞こえてます。──すみません。……少し。頭を冷やして来ます」


 ソータの両手を肩から払い落とし、レヴィが駆け出した。追おうとしたメモリを、ソータが留める。


「メモリ。お前は教育を受けてる筈だよな、中央とやらの。俺の、コグニスフィアでの教育なんかよりも、高度な奴を」


「え、いえ。いや、そんなんじゃ……」


「──そうか。じゃあこの話はいい。追ってくれ」


 さらりと放され、追い出された。ソータのことも気になるが、レヴィの方がより一層、気に掛かる。

 何一つ落ち着く筈もない気持ちを抱えて、レヴィの後を追った。負荷は気になるが今はそれどころじゃ無い。『データ解析』を起動し、レヴィの痕跡を辿る。


 居場所は直ぐに見つかった。

 其処に有ったであろう壁が崩れ、レヴィが肩で息をしている。壁の爪痕には、血の滲みがあった。


「レヴィ……、爪。痛くないか」


「メモリさん」

 憔悴した顔で振り向き、すみません、と呟く。ぴんぴんと耳を弾くように動かせ、こちらへ向き直った。


「驚かせてしまって、申し訳ありません。お恥ずかしい。さっきのことは、忘れてください」


 いつもの笑顔に、突き放されたような気分になる。

 ──おい。なんでそこで取り繕うんだよ、レヴィ、お前。


「いや、無理」


「む? え?」


「外から来たから俺には分かんねえんだけど、亜人種ってなんだよ! なんで、こんなことになってんの?」


 レヴィのぽかん、とした顔が、傾ぐ。

 なんと言えばと言いつつも。ちらり、とこちらを窺う視線。どうしたものかと、戸惑い悩む、伏せられたままの耳。

 あ、そうだ。でかい声は不味い。脅かす意図もない。顔を叩き。息を吐く。


「──あの。ごめん。基本から聞きたい。教えてくれ」


 困った顔をしながらも、レヴィは静かに話し出した。


「何でこんなことになっているのか、は、僕にも。言えることではないですが。生態的に、多産型の亜人種は──そもそも亜人種自体の出産が不安定であるという話は、聞いたことが?」


「え、あ……そうなの?」


 いきなりセンシティブっぽい話になって、動揺してしまう。

 が、その反応も織り込み済みなのか、レヴィが淡々と話を続けた。


「そういうことになっています。ただ、確かに、その……一度に生まれる数が、一般的な人類種よりも多いだとか。そういうことは、あるので。人間と亜人種の組合わせでは、無事には生まれにくかったり、ということもあります。都市部では抑制剤や、治療も受けられますが……この辺りでは難しい」


「じゃ、生まれ過ぎて、その。生活が、破綻した?」


「おそらく。ニアの兄弟だけでなく、ここはそんな複数の子どもたちの、共同集落になってしまっている」


「じゃあ、都心部に連れて行けば……」


「……きりがない」


「レヴィ、なあ。あの、さっきの……」


「以前の調査現場で。そういうものを、見ました。でも、ソータさんの言う通り。誰もがそうじゃない……あったことは忘れませんが、ニアや僕の事ではない、です」


 そう。そうか、酷い話にしても。

 それでも、レヴィの身に起こった事じゃなくて、少しだけ、安堵する。良かった、と言えないにしても。


「ソータさんの言う通りです、僕が感情的になっても。共倒れになる」


 そう言ったレヴィの声は、諦観や落ち着きではなく。

 まるでその逆で。押し殺した、憎悪だった。

 深く、暗い、怨讐を感じて、ぞっとする。粘つく炎のようなそれを打ち破るように、ソータの声が響いた。


「レーヴィ、話付いたぞ。コグニスフィアの支援部が受け入れの方向だ」


 ぱっ、とレヴィの顔が明るくなる。


「そうですか! 良かった!」


「アサハが炊き出し部隊で、シノンも同行する算段だ。まあ、これでとりあえず、だな。シビルとマサキなら犯人の特定も時間の問題だろ。連れ去った奴らとかな。──で、だ」


 ソータがマントの下から、刀を振り回しながら肩に担ぐ。

 ──パフォーマンスが身に付いてしまってんのかなあ、ソータさん。こう、なんか、営業的な職業病というか。所作がキレイだから文句も付け難い。

 帽子の鍔を上げて、にやりと笑う。


「後は、ここの原因をブッ倒しに行くぞ。──お前ら、どうする?」


 そんなもの。

 行くに、決っている。



「あれですか。……メモリさん」


 レヴィが囁く。メモリは息を潜めて『データ観測』を開始した。

 ──ファントム・オルトロス。

 

 鋼のトゲで覆われた体躯から、紫がかった瘴気が立ち昇る。

 その毒気に触れた地面が、

 じりじりと音を立てて腐食していく。

 

 データ観測が示す数値は、通常のオルトロスの1.5倍以上──。

 脅威度:Aランク

 

 居るだけで猛毒と瘴気によって、辺りを腐食させていく。

 おかげで、あちこち有害な霧が発生しっぱなしになっている──らしい。


 問題の元凶といえば、まさにこの害獣どものせいだ。

 

「こいつらも群れかよ……」

「同族には無害なんでしょうね。厄介です」


「ソータさんの水流で行けば一瞬じゃ」

「いや、俺はやんね。お前らでやれ」


 無慈悲な一言に、メモリが凍り付く。

「ソータさん?!」


「実績作れ、レヴィ。撮っといてやる。メモリ、お前もだ」


 レヴィの目がらんと輝き、耳がぴんと立つ。

 戦意:80%越えだ。ほんと、実は結構好戦的だよな、この人。さすがGM。


「多少ミスっても尻拭いはしてやる。が、当然──失敗は、すんなよ?」


「近接二人はキツイと思うなあ!」


 そう言う横で、レヴィが得意げに胸を張った。


「ふ。ふっふっふ。僕の本気──見せて差し上げますよ、メモリさん」

 

 レヴィが意味深な笑みを浮かべ、懐から杖を取り出す。


「そもそも僕の公式イメージは『魔術師』です! ガルガルは、狩りの仕方をメモリさんに教えてあげたまでのこと」


 あれ一般人類には無理な動きだろ……。二重の意味で。

 あとなんか執事だと思ってた。違ったんだ……。スーツの魔術師?


「魔術師って……もっとこう、ローブとかなんじゃ」


「ローブはね……。いけません」


 む、としつつもレヴィの尻尾がふんわり逆立った。あ、聞いたら不味い事か?

 あっはっは!とソータが笑う。


「いいかメモリ、ローブが絡まって袋吊り状態で木から救助された誰かさんの……いて!」


 ばち、と紫の放電がソータの鼻先に炸裂した。レヴィ、顔が怖い。


「それ以上はいけませんね」


「……、おー。やるか? あ?」


「二人とも戦闘前に止めて! 俺の事考えて!! ソータさんも瞬間に戦意80%超えてるし!!」


 この好戦的GMどもめ!


「…………目の前の敵に集中しましょう」

「おー。……誰のせいだ」


「だから! 戦意90%超えしてるよもーこの二人!!」


 バチバチに火花を散らす──レヴィは文字通り──二人を押し分けるように引き剥がす。

 結果、真ん中に割入ることになる。


 レヴィから八つ当たりのように、たっしたっしと尻尾で叩かれた。ちょっと痛い。鞭っぽい。

 付け尻尾より短い筈なのに、器用に当ててくる。今日の尻尾は素のまま、本体通り。


「あ。今日も紫じゃないんだ、尻尾」


 ついうっかり口にしちゃったけど、別にナイーブな問題じゃないよな?! と焦るも。

 しれっとレヴィは答えた。


「汚れたら嫌ですし」


「あっ、えっ、そう? そういう感じ?」


「結構高いんですよ、あれ。フワフワクリームで尻尾に沿わせて、自然に動くタイプなので」


 ヘアムースとかジェル的な感じなのか。

 ネクタイの柄への言及と大差なさそうな温度感である。

 ──あれ。じゃあ俺あの時、ネクタイが落ちてるのに大騒ぎした人みたいになってる?


「僕のエクステ、高級品ですからね。技術力の結晶です」


「そうなんだ……毛艶いいもんな、見るからに」


 たっしたっしが止んだ。ふふ、と「お分かりいただけますか、貴方にも」と留飲を下げたように満足げである。

 ハイブランドを身に付ける俺、イケてる、みたいな感じなんだろうか。

 

 ──なんだろう。なんか。レヴィが真面目に言えば言うほどなんかじわじわくるな、この話題。

 だってそれ実質つけ毛──、いや、やめとこう。


「で? そろそろ作戦立てろよ、レヴィ、メモリ」


 それもそうだ。

 ソータの声に押され、ファントム・オルトロス攻略を開始した。

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