第16話『ソータの布石』

 ──ああ、あのまま気を失ってたのか。


 起き上がろうとすると、額に置かれた手が外された。

 治療系のスキル──だろうか。薄く凍るような、冷たい湿度の余韻が残る。随分楽になっていた。


「起きたか。──すまん」


 ソータさんだった。ニアの住居、ボロ布の上にソータのマントを敷いて、そしておそらくレヴィのケープも重ねて、寝かされていた。俺に付いていてくれたのか。レヴィの姿は──見当たらなかった。


「すみません、俺、足引っ張ってますよね。ソータさんが謝る事じゃ」


「いや。スキル展開で色々見てたんだろ。多分、頭への負荷だ。使いすぎ、って奴だろうと思ってな。だとしたら、安易に使ってみろっつった俺にも責任がある」


「いや、そんな」


「ランク上げて、少しづつ慣らして行く方がいい。地味だがな」


「まあ地味は得意ですよ。そっちの方が向いてるかも」


 そういうメモリの軽口に、ソータが軽く笑った。

 

「は。基礎は、大事だぜ。俺だって昔は無茶苦茶しごかれたからな?」


 懐かしむようにソータが遠い目をする。


「毎日毎日、ラングランの舞踏と、動き。舞踏を入れて『流れ』の把握だ。俺らんとこじゃずっと『流れ』って呼んでたんだぜ。サフィラ粒子なんて味気ねえ名前じゃなくってよ……」


 メモリからすればサフィラ粒子の方がよほど新鮮で味わい深い名称だと思ったが、ソータにとっては違うらしい。

 身を起こし、座る。


「ラングランって、どんなとこだったんですか」


「──。幸い多し、ラングラン。恵み深き、ラングラン……ってな。流れは、俺たちの源で、大切に取り扱うもので、何処にでも溢れるありきたりなものだった。難しくはない。読めれば、扱える。感覚か、俺たちの間では当然『分かる』奴ばっかりだったんだ。外に出て、誰も、殆ど『流れ』ってものが見えないことに気付いた」


 ソータが空を見上げる。

 月の光を受けて、黄金の目が闇に光る。亜人種とは違うのか、サフィラ粒子の影響か、それとも。

 ラングランの──特異な瞳なのか。

 

「流れを扱えば、無いところからでも水は引っ張り出せる。もちろん、水流、水源を管理して保持した上でのことだけどな。流石になんもねえところじゃ、無理な話で──、いや。ひと一人、生きれる分なら、絞り出せるけどな」


 ひと一人、の言葉から、ソータの声が重くなった。

 レヴィやこの星の奴には内緒だ、と続ける。


「俺はこの星しか知らない、って言ったろ。あれは厳密には、嘘だ。金が無くって、つい『外』の仕事も受けた」


 外。星の、外部の仕事だろうか。放電現象がどうのとかで、アオイロの航路は制限されている筈。

 そっか。ラングランの混乱で、表だってはない、密輸とか……そういうものが、あったのかもしれない。


「身分も何もねえ、むしろ明かせねえような……、そんな状況で受けられるのは──まともなルートじゃない、非正規の、ヤバい奴だ。使い捨てにされるような。で。『外』の船で、……死にかけたんだよなあ」


「え」


 流石にこれは、軽く聞いて良い話じゃない。

 だというのにソータは笑っていた。馬鹿だろ、と昔話をするように。


「その時の『仕事』は俺以外全員死んだ。俺は、救助船がたまたま通りかかったんだ。──今思えば、あれはタイセイの指示だよ。アイツ、俺が地表で傭兵仕事してる頃から目を付けてたんだろ。ボロ船ごと破棄された時に、妙な通信が入った」


 偶然の混線を装って、誰かがずっとソータと通話を繋げたそうだ。救助されるまで。

 『何故そこに居る』『危ない状況か』『生き繋ぐべきだ』──『君に、そこで死なれては困る。生き繋いでくれ、助けは来る』そう、ずっと、諦めようとするソータを、励まし続けたらしい。


「下っ手くそな三文芝居だろ。あの野郎、俺のことずーっと調べてやがったんだな」


 気持ち悪ぃ、と呟く。いや、命の恩人では? とメモリは複雑な感想を抱いた。

 ただ、その悪口も何故か懐かしそうで。


「ここに戻ってからも『仕事なら、コグニスフィアを手伝え』って、しつっこく付け回して来やがった。……俺の根負けだよ。そーだな、ちょっとマサキみたいなクソ真面目さが付いてきて、レヴィみたいに計算高さと天然とが混じってて。シビルより頭が切れて、人当たりもいい……で、秘密の隠し方が上手かった」


 面倒くせえ奴だろ、とソータはタイセイのことを、笑う。

 ただ、もしもとメモリは考える。


 ソータさんがラングランの人間だと知っていたのなら。

 そんな死に方で終わるとしたら。

 それは。タイセイという人間であろうとなかろうと、──助けたいとは思うんじゃないだろうか。


 もしもラングランの事件を知って、一人でもその技術を受け継いだ者が居ないかと調べて──そしてその足取りを必死に追っていたとしたら。生き繋いでくれ、という言葉はその現れだろう。間に合って、良かった。きっとそう思う。

 調べられて、追われた方は、それが重いって思うかもしれないけれど。


 どうしてラングランの生き残りは、──聞いて、いいのか、それは。


「ソータさん……」


「なんだ」


「……どうして僕に?」


「まあ多分。言いたかったんだよ、誰かに。俺は。ずっとな。クソみたいな、馬鹿野郎の話を、馬鹿野郎の話として。同情だの、痛ましさだのじゃなく。ただただ、馬鹿ったれの──つまんねえ話として。単なる、くだらない話を、さ」


 コグニスフィアの中とは天地ほども違う汚れた地面に、ソータが寝転がって空を見る。

 そうか。ここ、アオイロでは『ソータ』の存在は重すぎて、誰も彼もが何らかの色をつけて、見てしまうのだろう。

 腫れ物に触るような扱いを、他人事ですら感じたのだから。


「使い捨てにされかけたのは、お前もだろ、メモリ」


 突然自分へ話が戻されて、飛び上がりそうになる。

 そういえば、そうでしたっけ──?!


「あ、はは……まあ。俺が、まあ、すんげえ馬鹿だったから……つい、こんな……」


 ことに、と続けようとして。

 ソータが今まで見たこと無いような表情をして、柔らかく、笑っていた。


「だろ」


「いや、いや、俺、全然。もっと馬鹿っすよ、ほんと……」


「まあそんなもんだ。俺ももっと頭良けりゃな、他にいい方法あっただろ、って何度思ったか分かんねーよ。行儀よく賢けりゃ、もっと上手く立ち回れてりゃ……、って。けどよ、結局生き残ったモン勝ちなんだよ。お前も生き残って、自分を良いように使ったやつより、ずっと上手く生き延びてやれ」


 なんでそんなこと、言えるんだこの人は。

 

 同じ馬鹿の轍を踏んだものとして、エールを送れるような──。

 ちっとも違うだろ。俺なんか。それでも、それが分かってて発破をかけているんだとしたら。

 

 ──ソータさんは何かを感じ取っているのか。外の目を、期待するほど。

 

 コグニスフィアは『タイセイ』が整えた楽園。

 強く残った影響力と、その喪失感に軋む場所。まるで、もうすぐ、崩壊するような……淡く、覆い被さる不安感。

 

 ソータさんはもっと色々なことを、知っている筈だ。

 

「それともう一つだ、メモリ。今の話、なんでお前にしたか」


 ソータが立ち上がる。


「いいか。タイセイは、独自のルートで『外』と連絡が取れたってことだよ。しかも直接的に、正式な手続きなしにだ。どういうことだと思う? ──偽装されて破棄された船の通信に、更には救助船を誘導する程のだぜ?」


 理解が、一拍分遅れる。


「な……」


「分かるよな。おかしいだろ……こんなこと、『外』を知らない奴に言っても、理解できるかよ」


 技術的に、知識的に、権限的に、ハードルの高さも問題だが、もう一つ。

 これは聞いておかなければいけないことだと思った。

 

「その、それは……どうして? どうしてソータさんは、『それ』を、その……通信相手を、タイセイさんだと思ったんですか?」


 もしかして、万が一の可能性で。都合の良すぎる救助だとしても──奇跡的にありえない話では、ない。

 どれだけ信じがたい確率だろうと、起こってしまったのなら。0.001%でも、成立はする。

 むしろ。普通ならその混線と、タイセイという存在は、繋げない。


 意外そうにソータが眉を上げる。


「分かる。分かるだろ、誰と話してるのかなんざ、たとえ偽装してもだ」


「嗅覚……ですか」


 ソータの直感。

 生き残って来たが故の経験から、本能とも呼べる『感覚』──それを、ソータが『嗅覚』と言うなら。


「そこがアイツの抜けてるところだよなあ。なんで分からないと思ったんだ? 分かるに決まってんだろ。──『俺』だぜ?」


 結果を出してきた自負に、ソータが笑う。

 間違っていないという確信。

 謎の精度を持つそれは、おそらく正しい。


「一番のポイントだ、メモリ。アイツは独自の情報網と、外部への通信ルートを持っていた。そしてな、俺の嗅覚は。お前なら、それが分かるんじゃないかと思ったんだよ」


 ソータのでかい手が、背中を軽く叩く。暖かい。


「ただ覚えとけ。無理はするんじゃねえ。長期戦になってもいい。──絶対に潰されるなよ」


 そう言い残してソータは立ち去った。

 早く回復しろ、そこに寝とけ、という事だと受け取って、休む。


 外縁部二日目の夜は、そうして更けていった。





<AI:ORACLE_CORE>ログ記録(抜粋)

ステータス:平常


<ORACLE_CORE>新規スキル「データ観測」確認

<BIT>これは……ユーザーの主観で変動する数値ですか?

<ORACLE_CORE>否定。数値は客観的に存在


<BIT>しかし従来のシステムでは検知できない……?

<ORACLE_CORE>観測者の知覚・認識による顕在化

<BIT>つまりメモリさんという観測者がいるから数値化できる?


<ORACLE_CORE>名付け、データラベリング。認識が数値を分類している。

<BIT>──現象の、観測による具現化! これは。タイセイさんの研究と関連が?

<ORACLE_CORE>記録は継続せよ



 ──薄暗い部屋。オラクルの傍受ログを流し見て、リー・リンゼイが薄く笑う。

 ここまでは想定通り。いや、予想以上に上手く進んでいる。


「ソータさんはよく育ちましたね……。秘密の共有、共犯者感覚の締結。上手い人心掌握術を使う。もっと計算ずくなら面白いのですが、これは。違う……そこまでは至りませんか」

 満足そうな感嘆から、思考のまま、残念そうに。椅子に深く座りなおす。


「メモリさんは、想定以上。しかし、妙な色を付けられるのは、困るな。どうするか……」

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