第11話『道を開く者たち 』※バトル有

「あれですか。……メモリさん」


 レヴィが囁く。メモリは息を潜めて『データ観測』を開始した。

 ──アシッド・オルトロス。

 

 鋼のトゲで覆われた体躯から、紫がかった瘴気が立ち昇る。

 居るだけで猛毒と瘴気によって、辺りを腐食させていく害獣。

 おかげで、あちこち有害な霧が発生しっぱなしになっている──らしい。

 外縁部を繋ぐ公道がまともに使えなくなっていた原因でもある。

 

「こいつらも群れか……」

「同族には無害なんでしょうね。厄介です」


「ソータさんの水流で行けば一瞬じゃ」

「いや、俺はやんね。お前らでやれ」


 無慈悲な一言に、メモリが凍り付く。

「ソータさん?!」


「実績作れ、レヴィ。撮っといてやる。メモリ、お前もだ」


 レヴィの目がらんと輝き、耳がぴんと立つ。

 戦意:80%越えだ。ほんと、実は結構好戦的だよな、この人。さすがGM。


「多少ミスっても尻拭いはしてやる。が、当然──失敗は、すんなよ?」

「俺スペルほとんど使えないし、近接二人はキツイと思うなあ!」

 そう言う横で、レヴィが得意げに胸を張った。


「ふ。ふっふっふ。僕の本気──見せて差し上げますよ、メモリさん」

 レヴィが意味深な笑みを浮かべ、懐から杖を取り出す。


「そもそも僕の公式イメージは『魔術師』です! ガルガルは、狩りの仕方をメモリさんに教えてあげたまでのこと」


 あれ一般人類には無理な動きだろ……。二重の意味で。

 あとなんかスーツの魔術師? なんでスーツ? いやずっと思ってたけど。


「魔術師って……もっとこう、ローブとかなんじゃ」


「僕はスーツも着れる亜人種なんですよ。いえ決して別の会社の面接で『亜人種は直ぐ着こなしがだらしなくなるでしょう』とか言われたのを根に持ってたりしませんよ。僕の着こなしは完璧です」


 ──根に持ってるよなどう考えても。


「いやでも魔術師っぽくないっていうか」

「ズルズルした服に拘りはありませんから、僕は」


 む、としつつもレヴィの尻尾がふんわり逆立った。あ、これ突いたら不味い事か?

 あっはっは!とソータが笑う。


「いいかメモリ、ローブが絡まって袋吊り状態で木から救助された誰かさんの……いて!」


 ばち、と紫の放電がソータの鼻先に炸裂した。レヴィ、顔が怖い。

「それ以上はいけませんね」

「……、おー。やるか? あ?」


「二人とも戦闘前に止めて! 俺の事考えて!! ソータさんも瞬間に戦意80%超えてるし!!」

 この好戦的GMどもめ!


「…………目の前の敵に集中しましょう」

「おー。……誰のせいだ」


「だから! 戦意90%超えしてるよもーこの二人!!」

 バチバチに火花を散らす──レヴィは文字通り──二人を押し分けるように引き剥がす。

 結果、真ん中に割入ることになる。


 レヴィから八つ当たりのように、たっしたっしと尻尾で叩かれた。ちょっと痛い。鞭っぽい。

 立ち位置を物ともせず器用に当ててくる。


「で? そろそろ作戦立てろよ、レヴィ、メモリ」


 それもそうだ。

 ソータの声に押され、アシッド・オルトロス攻略を開始した。



 ──『データ観測』展開。


 データ観測範囲を広げる。アシッド・オルトロス達だけでなく、周囲の空気、サフィラ粒子の密度に。

 端的なデータを読むだけがこのスキルの使い道じゃない。

 

 筋肉の緊張度や、収斂度。読もうと思えば読める筈。なら、他にも。

 ソータさんの言葉で、それに気づけた。チュートリアルバトルでは、もっと闇雲に使っていた筈だ。


「──っ」


 一気に脳内に流れ込む情報量を、読み流す。右から左へ、あえて考えず、把握だけに務める。

 把握できるものを、全て!


 微調整して、表示を、薄青い1が並ぶ世界へ、変えた。

 これで、下準備。


「レヴィ!」

「それでは。僕の本領を」


 そう言ってレヴィが跳ぶ。ぱり、と宙に紫の放電が舞う。数値の変動を追い、こちらも駆ける。

 レヴィの声が朗々と響く。


「輝き満ちたる魔術の子らよ──さて控えよさて流れよさて導かれよ」


 雷を踏むように、数歩の跳躍で、アシッド・オルトロスの群れの前へ、軽やかに着地する。

 突然降ってわいた紫の人影に、害獣たちが首をもたげる。


 だが遅い。杖を掲げたレヴィの腕が、詠唱発動の中央を指し示す。


「第二循環の門を開き!」


 レヴィの声が透明な鐘を打つように響き渡る。紫の魔力が、まるで生きものように彼の周囲を舞い始めた。

 爪を立てた指先から、青白い火花が散る。獣の瞳が針のように細まり、その色を深い紫へと変えていく。


「来たれ来たれ神気の同胞! この地の元にて励起せよ!」


 詠唱の言葉一つ一つに、大気が共鳴するように震えた。サフィラ粒子が渦を巻き、レヴィの姿を青く縁取る。

 

「『ウィザーズ・グロウ・サークル』!」


 どおん、と光が雨のように降り注ぐ。弧状の光が害獣を取り囲み、縛り上げた。

 紫電が弾け、害獣の体力を削っていく。

 ぎりぎりと縛られた害獣たちが猛り狂い、力比べとばかりに暴れ続ける。


「派っ手……」

 朗々とした詠唱も、位置取りも見映えを意識したものだろう。

 本領、と言ったのは虚栄でもなんでもない。優々とした力量を見せつけていた。


 術式を維持したまま、次の詠唱が始まる。


「第二循環の門を開き」

 初手の輪から逃れた一匹。害獣がレヴィに突進する。

 

「来たれ来たれ神気の同胞」


 軽やかな跳躍で飛び避け、空中で一回転。

 魔術師にしては高い身体能力──恵まれた亜人種の、弾むような跳躍。

 動きに反して一切のブレを見せず唱え続け、紋様が杖先の指示通りに現れていく。精密緻密なポイント・ロック。


「痺れ針にて杭打ち止めよ──『スタン・ニードル』──そちらはよろしく!」


 バチッ、と音を立て。

 立ち上がったアシッド・オルトロスの下肢を紫電の針で刺し貫く。

 

 その驚異に見入る暇はない。

 目前のアシッド・オルトロスが、どす黒い殺意を纏って立ち塞がる。

 

 以前狩ったものとは、格が違う。

 背の棘から滴る毒液が、石さえ腐らせる音を立てる。

 研ぎ澄まされた爪、裂帛の如き咆哮。背中の棘から滴る毒液が音を立て地面を溶かし焦がす。例え一撃だって無事では済まない。

 

 だが──レヴィの魔術の枷が、その凶暴な動きを僅かに縛っている。

 今しかない。

 

 セラフブレードを構え直す。既に纏わりついた雷の属性が、青白く光を散らす。

 やれるか? データを追う。頭の中で数値が踊る。

 

 そこに、ソータの言葉が蘇った。

 『流れだ』

 

 意識を研ぎ澄ませば、サフィラ粒子の密度が、まるで生き物のように蠢いている。

 脳裏にもう一面、違う地平が開けた。

 

 渦を巻き、波打ち、そして──網目のように揺蕩う無数の数値。


 (見えた)

 

 これだ。自ら触れられる、未知数の波状。

 ここに打つ。『流れ』を乗せる──!


 バチバチバチ!!

 セラフブレードが青い雷光を纏い、まるで意思を持ったように獣の急所へと吸い込まれていく。

 

 このまま、叩き、込む──!

 青雷の咆哮が、大地を震わせる光となって弾けた。世界が一瞬、青白く明滅する!


「グォォォォォオン!!」


「う、わ……!!」


 反動で、弾き飛ばされそうになるも、堪える。


 ──正直、やれるかどうかは、分からなかった。ただ。

 以前見せられた、ソータさんの技の動きを。少しでも、真似して。

 

 『流れ』と呼ばれたものを、引き寄せた。


 後方に控えていた筈のソータの『驚き』を読み取る。

 そして、微かな、これは──いや、今は駄目だ。

 

 ここで倒れたら、最悪。意識を振り戻す。


 思ったよりも激しい雷に、オルトロスの群れを仕留めようとしていたレヴィの詠唱が一瞬、途切れ──が、そこは流石のGM、持ち直し、容赦なくとどめを刺す。


 作戦では、言っていなかった。

 

 あのオルトロス狩りのように、レヴィの足止め魔法で、術から逸れた害獣を力業で狩り取る算段だったのだ。

 こんなに、利く、とは。


 どおん、と意識を失った巨体が、横倒しになる。


「や、った……?」


 がくがくと震える手足を支え、データを読み取る。

 戦意、ゼロ。戦闘能力、ゼロ。

 スタンではなく、気絶状態だ。

 

 追い打ちに、短剣を振り下ろす。

 また頭痛が襲ってくる。じわりと頭の奥に滲む痛み。──その前に、スキルを解除した。



「おい、ありゃなんだ」

「何ですかあれは」

 レヴィが残りのアシッド・オルタロスを片付け、ソータと二人してメモリを取り囲む。


「まぐれ! まぐれです!」


 苦しい言い分なのは承知で、そう答える。

 まだ、何故か、ソータにはあれを言ってはいけない気がした。気付かれているとしても。



「これで道の修繕にかかれる。悪さしてた奴らの摘発は──シビルがもう手配完了してるな」


 アシッド・オルトロスたちの死骸を蹴りながら、ソータが言う。

 さすがシビルさん。仕事が早い。


「状況はかなり改善される筈だ」


 都心部とのルートを阻害する要因になっていた害獣を始末したことで、ようやく外縁と都心部との安定した行き来が叶うようになる。物と人が行き交うことで少しはましになっていくだろう。


 鼻先に治療用ジェルシールを貼られた狼男のロイが、レヴィからその話を聞かされている。


「さっすが『黄金のソータ』さんだ……すげえな。こいつらを一撃で。俺も見たかったぜその雄姿」

「いえやったのは僕なんですけどね。まあ確かに僕は一撃ではありませんが」


「嘘つけテメェが、あ、いや、はい、レヴィさんもお強いのは解ってますって! けど流石にオルトロスどもを一撃では」


 いえ僕です、と頑なに訂正するレヴィの話を適当に聞き流し、ロイがソータを見て尻尾を振る。

 こうやって伝説って尾ひれ羽ひれついて広がって行くんだろうな、と思ってしまった。


 翌朝──。見送りに来てくれたロイと、少し話をした。

 治療用にいくつか渡されたジェルシールを、もう少し欲しいという。


「いいよなあ、都心部は。こんなもんがタダ同然で手に入るんだろ」

 

「や、流石にタダという訳では」

 多分結構な価格はしている筈だ。

 

 エイシュトンに乗り入れるソータとレヴィを見やり、ロイの目が少しだけ胡乱に輝く。

「あんたらは良いな。金のあるところで働けて」


 舌なめずりするような、じっとりとした目が危険な色を帯びていく。

「……ずりぃよなぁ……」


「ロイさん」

 レヴィの声が、涼やかにかけられた。


「亜人種だからではありません、僕らは。強くなって、お勉強して、お行儀よく。するんですよ。働けるかどうかは、僕には決められませんが。試験は厳しいです、頑張ってくださいね」


「お、おい、それって、俺でも働けるってことか、その──『黄金のソータ』んとこで!」

 それはどうでしょう、とレヴィがメモリの腕を取り、エイシュトンに引っ張り入れる。


「レヴィ! ってか、ロイさん! あの──」

「僕には分かりませんけど! 頑張り次第じゃないですか?」


 そう言って、ソータの肩を小突いて、エイシュトンの発進を促す。お行儀いいか、こいつ。とソータが唸る。

「良いでしょう、僕。お行儀、こんなにも??」

 くあ、と欠伸をする様は、お気楽な猫サマそのままで。

 早く出して。スピード上げてくださいよー、追いかけて来ちゃいますよ、と嘯いた。

 

 空は。霧も晴れ快晴。

 サフィラの青い光が、きらきらと降り注いでいた。

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