第15話『外縁ー貧困エリア』
空気がひりついている。
治安が悪いという言葉の意味を、エイシュトンから降りて直ぐに体感した。
暴力の気配、というものが存在している。
破壊された壁や、工場の跡地の荒廃もだが。
ぼろ布が干され、こちらを窺う気配がするも、顔を見せることはない。
よそ者を、遠巻きに観察する視線。
『データ解析』で生体反応を見れば、思った以上に数が居る。
「どっちだ、レヴィ」
ソータの問いかけに、レヴィが空気の流れを読むように、進んでいく。
生体反応の多いところ。
「あ、ちょっと待ったレヴィ──」
メモリが制止するよりも先に、どごっ、と横の壁が崩れる。生体反応。狼の亜人種。
──というより! ライカンスロープ! ほとんど人狼だ!
襲われかけたレヴィは軽く避け、予測していたように距離を取る。
「てめえら、誰に断ってこの先に行こうとしてるんだぁ?」
『獣性』も露わに、みしみしと腕を鳴らす。
「落ち着いてください。僕も亜人種です」
「はあ? 耳隠し──ああ。『臭う』な。麝香系か」
そう言われた途端、レヴィの背がぐわっ、と高ぶり爪を伸ばす。
──ちょっと待て。分からん。今のなんか酷い侮辱だったのか? 亜人種煽り全然分かんねえ!
怒りを面に出しながらも、はっ、とレヴィが鼻で笑う。
「これだから。デリケートさのカケラも無い『尻尾振り』どもは──」
「ああ? お高くとまりやがって!」
「ソータさん、どういう状況これ」
すごく緊迫した状況だとは思うんだが、言ってる意味が微妙に分からないせいで、緊迫感に欠ける。
「じゃれあいだ」
端的。心配要らないってことか。
殴りかかってくる人狼の攻撃を避け、レヴィが鼻先を引っ掻く。
細く、血の赤が舞った。ぎゃん!と情けない声を上げて、人狼が後退する。
「うーわ、急所。容赦ねえなレヴィ」
だいぶ怒ってるのは分かる。その一撃で、人狼の戦意が急速に低下した。
戦意:58% →5%
「ん? めちゃ低っ」
というか、最初から威勢や怒声ほどの戦意が無い。対してレヴィの戦意、70%。
「メモリ、何『見て』んだ? 攻撃力か?」
「いえ。戦意です」
少し意表を突かれたような顔を、ソータがした。
「──……おー。なるほどな。……戦意? 昨日、『見て』たのは?」
「え。動揺度、みたいな……?」
「へぇ。すげぇな。そういうモンも見れるのか」
「昨夜は気付いてたんじゃないんですか? 全然動揺してなかったし」
少し言いづらそうに首筋を掻く。
「ああ、まあ。筋肉の緊張度とか、瞳孔の収斂だとか汗だとかな、分かりやすく数値化出来る類を見てるのかと」
「へ」
そっちの方が、考えもしなかった。
そう言えば、チュートリアルバトルの最中もソータさんは『視線』を指摘してたな、と思い出す。
見てるのか。逆に、この人は。生身の、スキルも無しで。
「それにあの程度で動揺してたらお前──。いや、というか俺が動揺する必要性、あるか? ……動揺?」
してどうするんだとでも言いたげな首の傾げ方。その仕草に、妙な説得力があった。
そもそもこの人、自分の強さを疑問視したことすら、ないのかもしれない。
そうこうしてる間にレヴィが人狼を追い詰め終わっていた。
「理解、していただけましたか」
「分かった! すまん! 謝るから! 爪を仕舞え! 仕舞ってくれ!」
こそっとソータさんが耳打ちしてくれる。
「あの爪な、見た目よりも結構深く入るから、えぐい攻撃だぞ、あれ」
「ソータさん、経験が?」
「GMバトルってのがあるんだよ」
「へえ? 何ですかそれ? 面白そう」
「面白くない。特に、マサキの攻撃が最悪」
心底うんざりしたソータの様子にもう少し詳しい話を聞きたかったが、レヴィが人狼を追い立てて何処かに向い始めたため、その話はそこまでとなった。
マサキの理論とか、力業でぶっとばしそうなのに、意外だな。
レヴィたちの後を追いながら、ソータが意味ありげに笑う。
「メモリ。そのスキル、相当『やべぇ』かもな。色々やってみろよ」
その笑みは昨夜ソータが見せた──リー・リンゼイとの対峙を心待ちにするような表情と、どこか重なってみえた。
レヴィたちが突き進んでいった奥には、四角いブロック塀で囲まれた場所。
壁には雨染みが伝い、崩壊の予兆が見られ。床はむき出しの地面に、敷きっぱなしの汚いボロ絨毯が残されている。
雨露を凌げるかと言われれば疑問を呈する程の屋根とも言えない屋根。
カビ臭さと、虫か、何らかの臭気。──なんだ、ここ。汚い。
眉を潜めたメモリに呼応するように、苦々しい言葉が重ねられる。
「コグニス……なんとか、てのの奴らがなんで、こんなとこに……」
ぶつぶつ文句を言いながらも案内した狼男は、ロイと名乗った。
獣性を収めてもなお、獣の姿の上半身は変わらない。
亜人種といっても随分幅があるんだな、と不思議に思う。
「ソータさん、ここがニアさんの住居です。──まだ、もっと居ますね。他の子どもは、何処かに」
「おー。さて、何人か……素直に出てくると思えねえしなぁ……」
レヴィが余りにも普通に口にした言葉に、思わず声を上げそうになった。辛うじて、留まれる。
こんな場所を『住居』と呼ぶのかと。そして、レヴィもソータもそれを自然に受け止めていること。違和感を感じる自分が、ここでは「おかしい」のだということ。
ソータが帽子を脱いで砂を払い、人狼のロイに近づいた。
その姿を見て、ロイが目を見開く。
「お前、いや……あんた、その目、その髪の色!」
ロイの尻尾が、わずかに揺れる。
「……ソータって、あんた、『黄金』の──まだ、続けてたのか……!」
「ああ、知ってんのか」
「──『黄金のソータ』!! ほんとか!? ここで、またやるのか?!」
ちょっと困ったようにソータは視線を揺らし、額を掻いた。
「配給は来る。あと、俺じゃない。別の奴がやる。ただ時間はかかるぞ、待てるか?」
「助かる! そりゃあ、いくらでもとは言えねえけど、来るのか! ……ああ、良かった!!」
ソータの左手を拝むように両手で包み、ロイが感謝を告げる。尻尾がぶんぶん振れていた。
データで読まなくても、心底喜んでいるのが分かる。その傍ら『尻尾振り』ってこれか、と思い至った。え、これ悪口になるのか。なるんだろうな……難しい。
レヴィがそっとメモリに近づいて、説明した。
「ソータさんは昔から炊き出しとかやってましたので。その……ラングラン崩壊後に、各地で」
金が無かった、というのはそれでか。
と得心するも何か違う気がした。それにしては、ソータの気配は何か、沈んでいた。
──なんだろう、あれ。
疑念をより深くメモリは考えた。似ているものは。──罪悪感、後悔、……贖罪。
無意識に、データ解析のスキルがそれを数値化しようとする。途端。
「──い、っつ……!!」
目の前が真っ暗になる。
視界が闇に染まり、頭を絞り上げられるような痛みが襲う。
重く叩かれるような、音ならぬ衝撃を頭に受け、メモリは膝を付いた。
辛うじて、データ解析スキルを閉じ、痛みに耐える。
立っていられない。
ぐわんぐわんと視界が歪み、レヴィの慌てた声が水中のようにぼやぼやと遠く聞こえ──
気が付くと、サフィラ粒子が深い青を彩る夜になっていた。
誰かの手が額に当てられている──。
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