第30話『帰路へ』

 夜も更け、古びた本を閉じる音が響く。

「『儀式』で使った薬草の類──俺が知ってるのはこれで全部だな」

 机に散らばった書物の上で、ソータが腕を組む。

 

「成分的には麻痺と鎮静効果のあるものが多いね」

 タイセイの手元には走り書きのメモが増えていた。

 苦々しく、ソータが呟く。

「……穏やかに最期を迎えさせる為の、か」


「君の推察は正しそうだな。しかし──」

 どこか生気を取り戻したように、タイセイが微笑む。


「ということは、やはり神経と脳に作用するもので良いということだ。ここから切り分けて行く」

「だがそれだけじゃ呪いは──」

「ああ、だからこそ手分けして、新しい方法を見つけ出すんだ」


 タイセイは机に広げた走り書きの数式を見つめる。

「──必ず、道は開けるよ」


 静かな夜明け。

 窓の外で風が木々を揺らす音が、優しく響いていた。



「無理はするな。スキルは極力控えろ」

 出発の支度をするメモリに、ソータが告げる。


「私からは、これを」

 タイセイがメモリに袋を渡す。中にはアンプルが入っていた。

 それから、注射器具。昨日、首に打たれたものだろう。


「鎮静剤だ。周りに渡して於いた方がいいかもしれないね」

「薬か」

 ソータが横から不服そうに睨む。

 が、昨日でその効き目を知っているだけに、それ以上は何も言わない。


「それから、これも」

 冷たい小さな小包。保冷ケースだった。


「君の友人に。昨日の朝食の切り分け分だが」

 温かみのある表情で、手渡される。


「タイセイさんからのお土産なんて、きっとレヴィ、喜びます」


「だと良いがね」

 少しいたずらに、タイセイが笑う。

「シビルには伝えてある。彼女なら、君の状態を適切に判断できるだろう」


「お前もちょっと位、コグニスフィアに顔出せよ」

 行き先を見据えたまま、ソータが呟く。

「──はは。まあ、その内にかな」

「言ったな、約束は守れよ。今度こそ」

 ソータの目が鋭く光った。


「手厳しいね」

 タイセイは静かに目を閉じる。

「メモリ君をよろしく」


「お前に言われる迄もねーよ」

 ソータの声が低く沈む。


「メモリの方がお前より先に、ラングランの謎を解くかもな」

「ソータ。君やはり根に持っているな?」

「持たない訳があると思ってんのか?」

 タイセイの言葉に、ソータが愉快そうに笑い声を立てる。


「お前、オラクルじゃなく周りの人間から常識を教わるべきだったろうよ」

 じゃあな、とソータは鳥獣の手綱を引いた。


 朝もやの中、鳥獣が駆け出す。

 タイセイの家は、温かな朝の光に包まれていた。



 行きよりも一層のスピードを上げて、山を下る。

 駆け続け、ソータの鳥獣にメモリの方も食らいついていく。


「うわ、わっ」

「そこ使え」


 ソータの先導で崖をほとんど垂直に降りつつ、距離を稼いだ。

 鳥獣に乗ったままふわりと降りるのは独特の感覚で、ちょっと楽しい。怖いけど。


 山岳地帯を抜けてからの野営となる。

 青白い月と、青色に染まる乾いた大地──。


 星を見上げて、メモリがソータに話しかける。

 なんとなくその名を出すのは憚られた。

「その、ラングランの人たちはあれを、スキルじゃなく生身で感じてた、って事ですよね……」


「どういう感じなんだ」

 ちょっと言いづらいな、と逡巡する。

 雲の粒子の一つにでもなったような解放感と高揚。


「あー、なんつーか。戻ってこれない気が、します。すごく、なんか。綺麗な、空の全部と一体化するみたいな感じで……」


「……連れて行かれるってのは、そういう事なんだろうな」


「んで、地上……つか。こっちに戻された途端──何もかも汚い泥の中みたいな。痛む、てのか。なんで俺、生──」


「それ以上言うな」

 鋭い声で制止される。


「言葉は。止めておけ。──良いことはいい。悪い未来を呼ぶことは、言うな」


 荒くれの戦士が、霊媒師のようなことを言い出して思わずメモリは笑った。

 ソータは身を起こして、こちらを見ている。


「ソータさん?」

「……っとにお前ら。いや、コグニスフィアも外の奴らも……」


 言い澱みつつ、ため息を吐く。

「科学的だのなんだの言いながら根本的なところを何も分かってねえんだよ」

「……まあ、見えてないですしね、その……そもそも」


「違う。お前が見えてるなら、オラクルも見ている。なら、残ってる筈だ、何らかの形で」

(なんだ。ソータさんも分かってないって言いながら、科学のデータは信じるんじゃないか)


「糸口が見えた途端、これか……」

 深々とした嘆息のあと、開けていた屋根部分を閉じて、ソータも寝転び直す。

「悩んでもしょうがない。成るようにしかならないんだ」


 そう言いつつも、旅の途中。

 帰り道の間ずっと、ソータはメモリの前で『水流術』を使っていない。

 水は、渡してくる癖にだ。


(そういう気は遣うんだよな、この人)

 ふう、とメモリもため息をついて、天蓋を見上げる。

 ──寝れそうにない。


「寝るのが怖いならな」

 ソータの声がした。寝る体制で、背を向けて。


「もっと怖い事教えてやる」

 メモリは嫌な予感に、思わず唾を飲み込んだ。


「──タイセイの奴、お前にめちゃくちゃ興味持ってたぞ」


「いやだーーーーーー!!! なんでそんな事言うんですかソータさん!!!!!」


 害獣に! 人型害獣に目を付けられたくない!!!!

 一言で致命傷並みの殺傷力だよソータさん!!! 笑ってる場合じゃないんだよ俺としては!! 楽しそう!!!

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