6章 リンゼイ・ゲームI編

第31話『レヴィへのお土産』

 実物に会って、その人となりに触れて分かったけれど。

 外縁で、あのタイセイさんからスカウトで追い掛け回されたソータさん、断り続けてたって、つええ……。

 行く先々にあんなん待ち構えてて見ろ。三日で心折れるわ。人語を解する容赦ない熊だぞ。

 そんな感想は胸の内に仕舞ったまま。


「──………!!」


 目の前のレヴィが、さっきから、渡した写真を上に翳したり下に傾けたり、横からのぞき込んだり、口を開けたまま。きらきらした目で、やや太く膨らんだ尻尾で、──喜んでいる。


「いい……写真で……す、ね……」


 ふるふると尻尾が揺れた。

 写真一枚でそんなに?

「あー、あと、他にもタイセイさんのは」

 ほら、とタイセイさんだけの写真も渡す。レヴィから「ふわ」と声が漏れる。今日は優雅不在か。


「でも」

 ふにゃあ、とレヴィが笑った。

 そんな顔出来るのかお前!!


「この写真が一番いいです。僕の宝物にします。ありがとうございます」

 最初に渡した、三人の。ぎこちない写真。

 

「え、そ、そお?」

 いやーそれ俺も居るし、なんかちょい引きつった笑いだし、と言い訳を並べるとレヴィが笑う。


「それが良いんじゃないですか」


 皆がそれぞれ、自然体で一枚に集まってるんですよ、と。みんなと、タイセイさんが居る。

 ──やー、それ自然かなあ。


 それから、とタイセイさんのお土産を渡す。


「?」


「タイセイさんから」

「──……えっ」

 ぶわ、と尻尾が盛り上がる。

「な、なに、なんでしょう……辞表? 僕、クビに……?」


「んな訳あるか!! タイセイさん特製の木の実のタルト、だと思う。ほら、開けて見ろって」


 「なんで辞表がクール便で来るんだよ」と言うと「冷え冷えした気持ちで受け取れって意味かと」などと返ってくる。

 手の込んだ嫌がらせ過ぎるだろ。


「あ、ほんとだ。扇形の……1ピース……」

 そおっとレヴィの目がメモリを窺う。耳がへたれたまま。

「…………。俺、食ってきたから全部食べて。それ、レヴィの分だから」


「!!!!!」


 凄い勢いで耳がきゅっと立ったな。

「ありがとうございます。メモリさんは天使ですね。あなたに神の祝福がありますように……」

「急に優雅の顔しても剥げまくってんだよなさっきから散々」


 いそいそと直しにかかるレヴィに、「多分手摘み、下拵え、全部がメイドbyタイセイさんだと思うぞ」と言うと途中でへたり込んだ。なんで??

 

「僕はどういう気持ちでそれを受け取ったら良いんですかね」

「──やっぱ思ってたのと違う感じか」

「いえ、これは最早永久保存すべきでは。あらゆる技術力を駆使して」

「食えよ」

「畏れ多いですよ!」

「もう神格化してんじゃん。生きてる人だよ? レヴィ。寝るし、食うし。普通に生活感あったしさ」

「お泊まりもされたんですよね。客室、どんなでした?」

 ちょっと羨ましそうにレヴィが耳を下げる。

「あ、え? ええと……その、諸事情あって、俺、タイセイさんの寝室借りたから……」

 あの時はタイセイさんも前後不覚だし、なんかあったらヤバいし、って勢いでいったけど、と。

 レヴィの目が見開かれ、じ、っとこちらを見ていた。


「うわ何ごめん?!」

(ファンの目が怖い!!)

 

「──亜人種の寝室に? 入れたんですか?」

 ゆら、と尻尾が揺れ。不可解そうな表情を、レヴィがする。

「え? なに、ってか、亜人種だと不味いの?」

 まあ人間種でも勝手には、不味いけど。不審げな顔のレヴィが近づいてくる。


 直ぐ傍まで来て、すん、と匂いをかがれた。

 思わず仰け反って逃げてしまう。


「──何?!」


 構わず、レヴィが首を傾げた。尻尾はゆらゆらと悩むように揺れている。

「薬の臭いがしますね? 怪我? にしては血の匂いもしない。何か、ありました?」

「──……」

 心臓が跳ねる。これはまだ。言っちゃいけない。

 怖がらせるようなことは。

 首の、注射跡を思わず押さえる。


「いや。これは、うん。後で言うよ。……っていうか匂い、そこまで分かるんだな」


 レヴィに観察されている。

 視線が静かにこちらの内心を探っていた。


「タイセイさんは、やっぱり亜人種じゃないのか……」

 レヴィにしては冷たい声。

 瞬いて、視線を逸らす。

「──そうですか。鼻は良くないんでしょうね」

「どういうこと。レヴィ、分かるように言ってくれよ」


「う~ん。僕がナーバスなだけかもしれません。寝室に、殆ど知らない人間の臭いがするなんて」

 ぱし、と尻尾が傍のソファを叩く。

「僕だったら嫌ですね。かなり嫌です。信じられない……」

 おぞましい、とでも続けそうな言い方に少し、嫌な気分になった。


 嫌悪感と言うより、なんというか──侮蔑の滲む色合いで。

 亜人種と人間、という属性で敵味方を分けられた気がしてしまう。


「なあ、レヴィ。その言い方さ、その……嫌だよ。人間の臭いって。そんなに、人間、嫌いだったのか?」


 ピンと耳が立つ。

「あ! いえ。……すいません。失礼しました」

 良くない言い方ですね、と作り笑顔で返される。

 思わずため息をついてしまった。亜人種の感覚に、人間側は中々気付けない。それを実感する。


「そりゃ言って貰った方がいいけど。あ、でも言い方は。言い方はね? 考えて欲しいけどさ!?」

「ええ、はい。すみません。……むしろ今のは、メモリさん相手で気が緩みました」

「あのさ、レヴィ。もしかしてタイセイさんが何系って、秘密だったりする?」


「そもそも亜人種じゃないと否定されてますから。でも、ファンコミュニティでは色々──」


「でも母親が亜人種なのは判明済みだろ?」

「そこは公開されてないので。何系かという想像が」

「そっか、じゃあ謎のままが良いよな」

 無言で、レヴィがこっちを向いた。


「──お話になられたんですか?」

 笑顔のまま、目がらんらんとしている。


「し、知りたい? レヴィ……」


「葛藤はありますが。そこは、やはり。こんなことで僕の信仰心は揺らぎません」

 ──信仰って言っちゃってるよ!!


「たと、例えばさ。……カバとかでも?」


 レヴィが停止した。

 一拍、二拍。そっと目を閉じ。

「陰性でしょうし。揺らぎませんね」

「微妙にニュアンス変わってんだよな。揺らいでるだろ明らかに」


 徐々にレヴィの耳の角度が下がっていく。鼻に皺も寄っている。

「……カバ、ですか……イメージと違いますが……カバ……」


 いや信仰の危機迎えてるだろあれ。タイセイイメージと違い過ぎるのはそうだけど。

「ごめん例えだから! 例えば!! 例えば、熊とか!」


 レヴィの耳、ゆるやかに上昇。信仰、救われた模様。

「くま。熊ならまあ。可愛いですね? 熊さんか……」


(可愛いか? それ多分違う熊だぞ?)

「熊だよレヴィ、こう。でっかい熊を想像してみよっか? 凶暴な奴」


「……ええ、くま……」


 レヴィの耳が、ぺこ、と下がった。意味を、理解したように。


「──────────熊ッッッ?!」


 驚愕の顔で振り向かれる。

 ──だよな。納得の反応だよ。良かった。

 そう。

 あの『タイセイさん』=熊って。まあでてこないよな中々!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る