第32話『誤解だよ! 誤解!!』

 レヴィはとりあえず半分を先に食べることにしたようだ。

 一口目で固まる。

 宇宙を見た顔だ。味付け、濃いんだろうな。


「美味しいですが、これは……」


 結局半分の半分を再び冷蔵して、紅茶を入れ直す。

「こんなものに慣れてしまっては、普通の味覚に戻れません……」


 美味しいですけどね、と残念そうにレヴィが感想を述べていた。

 ──なんか。タイセイさんを象徴してるよな、と思う。


「やっぱ、レヴィの感覚鋭いよ」

「まあ、多少は、やはり……」


「や。そうじゃなくて。タイセイさんって生き方そのものの密度が強すぎるっていうか」

 意図を掴み兼ねたようにレヴィが続きを待つ。


「それだけで、一旦食べるの止めたレヴィが、正しい」


「? もしかして、いえ。……あの、メモリさんにもこれは、しんどい?」

 人間には、と言いかけて変えたレヴィの気遣いをあえて流した。


「重た過ぎ、濃すぎ。だから、無理して喰う必要ない」

「……ああ。そうなんですね。……?」


 ふ、と。

 レヴィとメモリに同じ沈黙が落ちる。

 どちらとなく、声に出した。


「「タイセイさん、感覚が鈍いんじゃ……」」


「だよな?! やっぱまだ体調おかしいのはおかしいってことか」

「もともとか、今だけ違うかは分かりませんが」


 お互いに謎は解けた、みたいな顔をして──寛ぐ。

 何気なく視線を宙にやって、メモリは首を撫でた。


「あとさ、レヴィ。一つお願いがあるんだけど──」

「はい?」

 タイセイから貰ったアンプルを広げる。

 

「俺の様子が明らかにおかしかったら、これを。ここに、打って貰えないかな」


 レヴィが静かに俺の首と、アンプルを見比べる。小さな容器、ボトル状に入った透明な液体。

 注射針はオートで適切な血管を選んでくれる便利物。


「──……」


 耳が完全に『嫌』って言ってる角度してるな、あれ。

 そっとレヴィが自身の端末を取り出し、どこかと通話を始めた。


「すみません、あの……薬物相談窓口──」


「違うから!!!!! レヴィ!!! 聞いて!!! とりあえず切って!!!」


 いやまあそうなるよな!! 完全にこれ誤解を招くよ!!

 俺の切り出し方が絶望的に悪かったのは分かる!

 いきなり机に注射器並べてノー説明で「首に薬打ってくれ」は無いよな! うん俺が悪い!


「あのな。──俺も何て言ったらいいのか……」


 どうにか拙くも、ラングランの呪いとも言える不可思議な現象を説明する。

 核心の、3年以内に狂死、という部分はぼかして。


「そんなこと、ありえるんですか……?」

 非科学的だとでも言いたげなレヴィに「実感したの俺だし」と嘆息した。


「でも、それは。その、タイセイさんの処置を疑う訳ではないですけど──」

 レヴィが躊躇いつつも、表情を引き締めて静かに言う。


「病院での検査も受けてみた方が。伝承だけに踊らされてしまっていませんか?」

 至極真っ当だ。確かにな、とも思う。


「そっちも行くよ。ただ、この痕が消えてからな。流石にこれ、応急処置ったって多分素人が勝手にやったら不味いだろ」


「タイセイさん、医学博士も取ってますから、大丈夫じゃないでしょうか」

「…………すっげー」


 もうそれしか言葉が出てこない。あの人何もかも極めてるのかよ。


「でも医療処置そのものは、確かに」とレヴィが続ける。痕が消えてからの方が、と。


 ん、と気づく。

(多分。やり慣れてないと、これは、いきなり『やらない』よな)


 ──これ、本来はタイセイさんの分だったんじゃ……。

 ぞわ、と背筋に悪寒が走る。


 いや多分あの人の事だ、使っているとすれば自分の分は確保している筈。

 山小屋生活の当初とかに、強制シャットダウンを自分に使って……無理やり休ませていた、とか。

 

「うわあ~~~~~やっぱあの人頭おかしい~~~~~~~。選択肢がもうなに、常に『そっちじゃないだろ』なのおかしいって~~~~」


 何より、いやまさかそんな馬鹿な、を「やりそう」と思わせるのが嫌だ。

 単なる俺の想像なのに、妙な質感を持って容易に想像できるのが凄く嫌。

 常識人の感性を薙ぎ倒して行くのやめて欲しい。


「あの、今、使い時ですか……?」

 煩悶する俺に対し、気遣わし気な顔をしたレヴィが注射器を手に窺ってくる。


「うんごめんなさっきから色々と! 違うから安心して!?」

 慌ててストップをかけた。


「分かりにくい……」


「だよね! ごめん!!」


 大体ですね、同居人が突然おかしくなるかも、なんて言われたってどうしたら良いんですか、と困惑され。

 それも至極真っ当でその通りだよな、と反省する。


「つかずっとレヴィん家に居候だもんな。ごめん、俺どっか住めるとこ探さなきゃ」


「今更何を。メモリさんの存在にも慣れましたし。そもそも空きスペースですから」


 いや、でもな、それは。と続けるメモリに、レヴィがしたしたと尻尾を打つ。


「そこまで僕を無情で冷酷な極悪非道にさせたいんですか? 病人なら尚更放り出すような真似、出来ません。人聞きの悪い」


 ふふん、と鼻を鳴らす。

 ご立派なGM様だよな、レヴィ。無理しちゃって。邪魔だろ、俺。


「でも食費と必要経費は払ってください」

「──絶対今払ってる分じゃ足りないよな? ちゃんと払うからさ、精算させてくれ」


 今までの精算という言葉に、レヴィ、にっこり。

 結局、宿泊費扱いじゃ足りないだろう金額についてもすったもんだがあり、異議ありなし! の紆余曲折の末。落ち着くところに落ち着いた。

 レヴィはそこまで気を使わなくとも、と言いながらもほくほく顔だ。


 とはいえ、だ。

 ──つっても生活費が尽きるのは不味いよな。


 以前の職場で稼いだ分が、まだ余裕ある、とはいえ……。

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