第33話『リンゼイの手紙』

 結局シノンの図書館にそれらしき伝承は見つからなかった。

 シノン自身も探してくれるとのことで、とりあえずはラングラン絡みの書物を借りる。

 

 レヴィのライブラリルームへ足を運んだ。

 確か今日はオフだと言っていた筈。


「レヴィ~、居るか?」


 古めかしいブラウンで揃えられた古風な部屋。

 テーブルゲームの予備品やルールブック、図書や資料などが保管されたレヴィの半、プライベートルーム。

 客人も稀に入るし、メモリも最近は自由に出入りしている。

 

 本物の観葉植物と遮光カーテンで遮られた向こう側、大きな出窓の側にはクッションが備え付けられていた。

 

 時折レヴィが休息を取るお気に入りの場所である。

 今日は、と覗けば短めの遮光カーテンの端から灰色の尻尾が垂れていた。


 サイドテーブルには飲みかけらしき紅茶。

 日当たりも上々の暖かさで、うたた寝でもしているのだろう。

 

 音を立てないよう静かにドアを閉め、客用の古めかしいチェアにそっと座る。

 ゲームに興じることも出来る木製机は普段と違い、片付けられていない。

 

 少しだけ、違和感を感じた。

 

 ──?

 

 何か、雑然としている。部屋の中は片付いているのに。

 空気が違う、というか。

 

(けど、レヴィなら気付く筈だよな)


 おかしいなと思いながらも、ラングランの歴史書を机に置き。

 妙な筆跡が目に入った。

 

 いや、筆跡というより。──文字列が。


  ── Lee.Lindsay

 

「え?」


 封筒と、名刺だ。

 どくんと心臓が鳴る。レヴィが、リンゼイの名を知らない筈はない。

 無造作に、むしろ誰かがここに座るのを待ち構えていたように置かれているこの封筒は?

 

「なん……」


 震える指で手に取る。

 名刺に、細工は無い。箔押しの小さな紙片。高級感のある。

 

 かさ、と音を立てて封筒を開けた。

 これも古めかしい一通の便せん。



『 メモリ殿


  本日、深夜にちょっとした余興をお持ちします。

  どうぞ、お一人で、遊戯室へ。

             p.s. 進捗のほどは、如何ですか? 

                         Lee.Lindsay』


 ──なんで、これが此処にあるんだ。

 レヴィの方を振り返る。相変わらず、灰色の尻尾がくたりと垂れたまま。


 『──寝室に、殆ど知らない人間の臭いがするなんて』


 手紙をポケットに突っ込み、思わず出窓側へ飛び込んだ。

 うたた寝しているレヴィが、薄目でこちらを見る。


「なんですか、騒々しい……」

「生き……、てる。良かった……」


 思わずへたり込んでしまった。レヴィが身を起こす。

 少し傾きかけた日差しが暖かい。


「そこまで老衰してませんよ。どうかしたんですか、メモリさん」

「ぽっくり逝ってるかどうかの心配してるんじゃないんだよこっちは」

 あのさあ、と言いかけて、手紙の文面を思い出す。


 慎重に『名刺だけ』を取り出した。

「レヴィ、これ……見覚えあるか?」


 鼻先に掲げると、レヴィが劇的な変化を見せる。

「──?!」

 臨戦態勢。

 全身の毛を逆立て、耳を伏せ、尾を膨らませて。怒りと混乱の狭間にあるような、瞬間の激変。


『──亜人種の寝室に? 入れたんですか?──』


 なるほどこれが、という反応だった。

 それでも直ぐ我に返ったのか、姿勢を正し、尻尾も徐々に元の姿へと戻っていく。


「……なんですか、これは」

「知らない、よな。レヴィ……」


 あの机の上にあった、と言えば再び毛を逆立てる。

 が、今度は。

 反射的にと言うより、心底ぞっとしたように、だった。


「…………嘘でしょう? どうして……僕は、忘れていたんでしょうか……」

「え……」


 レヴィが頭をゆるく振り、髪を流し直す。

 瞬間に見せた恐れを振り払うように、木製机へと向かう。


「リー・リンゼイと名乗った男性。僕のテーブルに、来たんですよ。メモリさんとソータさんが不在の間に」


 息を呑んだ。

「それ、レヴィ、会ったのか?!」

「ええ。ワン・ゲームを。お客人に被害が及んではと、ここへ通したんですが」


 同時に、テックへも緊急通信を開いたが何故か繋がらなかったという。

「正直、対面して震えが来るような相手は早々居ません」

 机上に散らばったカードを一枚一枚集め、悔しげにレヴィが告げる。


「でもあれは、人間じゃない──そんな気がしてしょうがなかった」


 レヴィに案内されたリー・リンゼイは終始笑顔で、温厚な態度を崩さず。

 優雅な装いと物腰、行動には気品が漂うほどのもので。


 普通なら好感を抱く筈のその全てに──警戒心が収まるどころかまるで止まなかったと。

 

 ブラフや演技でなく。

 ──全てが『異質』だと、感じたという。


「…………まったく読めませんでした。何も。この僕が……!」

「レヴィ」


 は、と感情的になったことを恥じるようにレヴィが息を整える。

 苛立った時のように尻尾で周りを叩くこともせず。

 ただただ未だに、怒りに震えているような姿で。


「──ともかく。勝てたのが不思議です。手加減かもしれませんね……」

「無茶苦茶怒ってるんだな、レヴィ……て、勝てたんだ?!」

「ええ、偶然に。あんなものはただの偶然です」


 らしくもなく、苛立たしげにチェアへどかっ、と座り込む。


「カードゲームでどれだけ手が悪くても、一番いけないのはパニックになること。頭が真っ白になったなら、まずは息を吐く。冷静に。考えることです。恐れと、諦めと、パニックは、いけない」


 自分に言い聞かせるように、レヴィが淡々と呟く。


「化物と対峙している気分だった、なんて……到底。僕にとって、許しがたい怯懦──です」


「でも、レヴィ。勝てたんだろ?」

「……そんな気がしません」


 随分とご機嫌斜めで、内心怒り狂って暴れ回りたい程だろう様子を押し殺している。

 ──けど、それは。


 ふ、と息をはく。まるで最初に出会った頃と逆さまな。

 俺が怒って、レヴィがいなす。

 今は、レヴィが怒って──。


「勝ち筋探してんだ、レヴィ。だから怒ってるんだろ?」


「──……まあ……、そうですかね」

「じゃあきっと、何か手はある。諦めてないんだからさ」


 レヴィの尻尾が、したん、と鳴った。

 椅子を叩き、目を瞑る。


「それより──忘れてたってことの方が、問題だよな」

「……確かに。ええ、それは」


 向かいに座り、メモリがタイセイから聞いた話を伝える。

 リンゼイという人物が融資を行っていたこと。惑星文明監視官、という存在かもしれないこと。


「ミスタ・オーナーは……じゃあ」

「知ってる筈だって。でも、これはシビルさんと話し合った方が良いと思う」

「……ええ。僕もその方が良いと思います。……あの保管庫をこじ開けたのは、間違い無くリンゼイ本人だと」


 根拠の無い直感ですが、とレヴィが告げる。

「いや。その感覚は大事だと思う。多分、そうなんだ。だから」


 もしかすると、ミスタ・オーナーも脅されている可能性がある──。

「……そうですね、そこは慎重に調べなければ。被害が出てからでは」


「惑星文明監視官……タイセイさんは文監、って呼んでたけど」

「それ、シノンさんか、マサキさんが詳しいかもしれません。マサキさんと会ってみましょうか」


「そうだな。ただ──」


 リンゼイは、もしかすると、この星へ何らかの査定に来ているのかも、しれない。

 憶測も含めて全てをレヴィに語り繋ぐ。

 タイセイが、オーバーフローを起こす為長く深い思考が続けられないことも。

 手紙の中身だけは伏せて。


 『強制執行』スキルを持ち込んだリンゼイのやり口では、不正の捏造に当たる可能性もある事まで。

 

 手紙以外の、リンゼイに纏わる殆ど全てをレヴィと話し合った。

 

(これで。大丈夫だ。もし万が一、何かあっても──俺以外に知ってる奴が、残る)

 

 早めに寝るようレヴィに伝えて、メモリが部屋に入る。

 それ以外に出来る限りの準備を。


 メモリは、一人でリー・リンゼイと会うつもりだった。

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