第34話『深夜の余興、リンゼイとの代償ゲーム』

 確信があった。

 本日深夜とあったのは、手紙を見つけた『今日』のことだと。


 深夜の遊戯室。

 いつもなら誰かしらが居る空間が、不自然なまでに静まり返っていた。

 レヴィのテーブルGM席。皆の様子を見渡せるその特等席に、銀髪の男が座っていた。

 

 鷹揚に微笑み、片手を上げる。どうぞ、と呼ぶように。

 両手の爪がまるで亜人種のように長い。伸ばしているのか、理由があるのか。


「久しぶりだね、メモリくん」

 遙かな旅の果てで会うような、懐かしげな声色。赤オレンジの薄いサングラスをしている。


「久しぶり。レヴィに何をしたんだ」


「必要な処置だよ。全て計画として報告済みだからね、安心してほしい」

 まるで親切からのように告げる声に、違和感を覚えた。


「報告って?」

「おや。ご存じだろう? 惑星文明監視局だよ」


 中央公安じゃ、ない……。自分から、明かすのか。

 『オブザーバーズ・アイ』を使いたい衝動を押さえる。

 ここであの幻を見て倒れたら、それこそおしまいだ。

 焦りの中、背後に青い影が揺らめくのを感じた。こちらに、触れたそうに──。

 

 歯噛みをする。


「タイセイに会った、感想は?」

「……知り合い、ですか」

「それは勿論。僕は昔から彼の成長を見守っていたのだから」


 その言葉に、まさかと思い至る。

「もしかして、タイセイさんの父親って──」


「ご冗談を。アレに僕の血は流れてはいないよ」

 うんざりしたような態度で、手を払われる。


(くっっそ読めねえなこの人……!!)


 ますますリンゼイが笑みを深める。

 す、と目前の席を指した。


「交渉する気が、あるのであれば」


 同じテーブルに着く、それは。『対等の交渉(ゲーム)』を示すものだ。

 だが。

 それは建前。テーブルに着く前から、力関係はある程度決して居る。

 その上で、乗るかそるか、しかない。


 じわり、と手に汗が滲む。

「余興って、書いてたよな」


「──そう。君にとっては余興、僕にとっては、ひとつのテスト」

「……乗ってやる」


 椅子に座る。テーブルに着いた。

 リンゼイは薄く色づいたサングラスを外して、胸元のポケットに差す。

 そして、無造作にコインを並べた。右が青のエリア、左が赤のエリア──その中央に。


「青がマイナス、赤がプラス。一枚で500万の人命です」

「……え?」


「まずは、報告を。不正の調査結果を聞かせて欲しい」


 ──何て言ったんだ? 500万人の命……?

 本気か? 冗談じゃ……空転する考えを、止める。

 

 ゲームだ。それなら。


「コグニスフィアに不正なんてない! 皆頑張ってそれぞれがやれることを──」


 リンゼイが両手を広げ、ふう、と微笑みながら息を吐き──

 テーブルのコインを、全て青に。ひと腕で押しのける。


「零点。合格点にも満たないな。主観以外に、そこに何が?」


(冗談だろ、おい)

 相変わらず、底知れない笑みを浮かべたまま。


 震える手を握りしめる。

 ──駄目だ。飲まれてる。


「もう一度だけ挽回のチャンスを。さて、どうだろうメモリくん」


 目を閉じ、息を吐いた。

 脳裏にレヴィの言葉が蘇る。


『──頭が真っ白になったなら、まずは息を吐く』

 指を組み、落ち着きを取り戻す。


『冷静に。考えることです。恐れと、諦めと、パニックは、いけない──』


 幸い。リンゼイはこちらの出方を待っている。

(なんて言った。主観?)


 ──考えろ。考えろ考えろ考えろ、ゲームだ。

 まずは勝たなきゃいけない。

 

 じゃあ、勝ち筋は?

 一拍の後、メモリが頭を上げる。


「不正は、無い。何故なら、ここには倫理監視チームと、予算をチェックし合う経理部がある。GMたちは各部と調整しながらやってて……これが不正なら、彼らの準拠する『システム』自体が間違っている」


「おや。これは良点をあげなければ」


 コインが、ざっくりと赤のエリアに移される。

 残る3枚がまだ、青のエリアに。1500万人分。


「さて、では次。強制執行スキルがこの星に持ち込まれた目的は──何だと思う?」

 まるで大学の老教授が行う講義のように、落ち着いた口調。


「そんっ……!」

 リンゼイの指が移動したばかりのコインに掛けられ、メモリは口を閉ざす。罵倒は、駄目だ。


(持ち込ませたのも使わせたのもお前だろ……!)


 さあ、とリンゼイが両手を広げてメモリの回答を待つ。

 いつの間にかメモリは、汗をかき始めていた。恐怖か、怒りか、焦りか。そのいずれもからか。


 喉を鳴らす。

 リンゼイの目の奥は、底知れない炎のようなくすぶりがあった。

 

 目を閉じる。タイセイと話した朝の光景を思い出す。


『対象は変数だ。誰に使っても同じ結果を導かねばならない』


(あの人は、答えはあると言った。式は、見えたと)

 けどまだ分からない。どのGMに使っても、同じ──。

 

    GM  ×  スキル  = 結果?

 

 違う。これじゃ何か足りない。答えは安定しない。

 

    GM × ( スキル + 使用者 ) = 結果?

 

 これは、ここに『俺』を入れていいのか? 俺なら?

 俺があの場所に居て、誰でも同じ結果が出る……?

 

 ふと、別の言葉も思い出す。


『メモリ君が中央に近い外惑星人だから』

(あの後、何て言ったっけ……)


『恵まれた教育と環境によって、高いモラルの『思考』が──』

「──!」

(俺じゃなくてもいい。そうだ。同程度の、モラル。多分、生まれるのは──『罪悪感』……!)


 答えはこれだけじゃない筈だ。

 その結果、何が起こる? 躊躇いながらも、口に出す。

 

「……外部の、道徳性を持った人間に、『コグニスフィア』への不信を抱かせるため……」


 リンゼイの首が少し傾ぐ。

「及第点」

 青の場のコインが半分だけ、赤のエリアに。


(これじゃ足りないのか。──ってことは、この道筋で合ってる……!?)


 コグニスフィアじゃない、としたら。俺が取った行動は?

 ……システムの根底を作った……強制執行スキルの原型を作った、タイセイさんだ。


 彼を調べ始めたのは。

 汗を拭う。


「全部お前の筋書きかよ……。『コグニスフィア』ではなく、『タイセイ』に疑念を抱かせる為!」


「──合格」


 一枚を赤のエリアに。残るは二枚。

 タイセイの声が脳裏に蘇る。

 

『──そこにまた「何故?」が生まれるんだよ……』


 その通りだ。タイセイさんはあの瞬間にここまで答えを出していた。

 よく分からない震えが起こる。


「では次。ラングランの悲劇が、この星で繰り返される可能性は?」


「えっ?」


 予想外の質問に、一瞬頭が真っ白になってしまう。

(それ、関係あるのか?)


「リンゼイさん。質問は……?」

「受け付けよう」


「──ラングランが滅亡したのは、タイセイさんが関係している?」

「ない。ありえない。君は調べて居ないんだな、ラングランの事を」


(そんな時間まで無かったんだよ! くっそ……じゃあ、なんで)

「なんでリンゼイさんはそんな事、知って……」


「僕は惑星文明監視官だからねえ。全て調べるよ。当然だろう」


 奥歯を噛み締める。

 ラングランの悲劇? ソータさんの過去。そんなの不躾に調べられるかよ!


「……わ、……」

 ──分っかんねえ……!


「おや。早々に諦めるのかな」


 リンゼイが手持ち無沙汰に、青のエリアのコインを立てて、とがった爪先で弄ぶ。

 ──くそ。


「ラングランの物語……コグニスフィアの、水流術への研究は……」


 シノンの図書館。

 彼女の傾向から、集められるだけありったけの『本』をあそこに置いてある筈だ。

 それでも青い子どもについては見つけられなかった。

 

 ──逆に言えば、あそこに有るだけ。

 もっと『普通』のライブラリなら、半分以下──少なくとも数冊程度。

 

 情報掲示板でも、ソータさんの過去には触れるなだとか。ラングランの話は忌避されていた。

 知りようが無い。

 

 シノンから聞いた話。借りた書物。ひとつひとつ積み上げるように重なった悪条件。

 そして──外部からの干渉。


「……外。その、『外』からの、資金援助だとか。政情不安にさせるような、援助も、またあると考えて、ってことですか」


「そう。『アオイロ』は天然の通信制限で、そもそも閉鎖的にならざるを得ない」


 混乱の最初期、あるいは原因になったラングランの選択は、『情報の秘匿』『限られた閉鎖環境』からだった。

 

 ──起こりえる。

 ラングランの悲劇、滅亡を覆い隠して、風化して、何も残らなければ。

 誰も知らない過去になってしまえば。

 

「……起こり得る……。そこから、学ぼうとしなければ」

 何故か場違いに、タイセイの父の仇である男が、補修中の水路で死んだ話を思い出す。


『彼自身がもっと早く色々な事に気付いていれば、後悔や悔いを経て居れば、ああはならなかった』


「でも、事実を精査して、受け入れて、進み続けるのは──難しいですよ。リンゼイさん」


 この星だから、じゃない。

 その行為には全て、痛みが生じる。苦痛の先へ進むのは。

「そっちに向かうのは、難しい……」

 リンゼイが笑った。


「合格」


 サービスですよ、と残るコインを二枚とも、赤のエリアへ。

 

「これ、あなたの。惑星監視官ってのの、仕事ですか」

「ああ──、いや。興味と趣味、かな」

(ふざけんなよこのおっさん……!)


 にい、と目の奥を赤く滲ませ、リンゼイがなお笑みを深める。


「今の私は、惑星監視官の『ロアン・ヴォイド』ではなく──しがない公認会計士のリー・リンゼイですから」


「いや、それ、外見からその基本設定、絶対大失敗してるから……!!」

 思わず口走ってしまったメモリに、少しだけリンゼイが目を丸くした。

 

「……おや……。そうです、か……」


 これまでで最も意外そうな声を上げて、リンゼイが立ち上がる。

 視界が眩んだ。

 

(え、なに……が)

 リンゼイの術か、薬か、──くらりとした酩酊を覚えた後、急速に意識が闇に落とされる。


(ちょっと待て、このまま俺も、このこと忘れたら──やばい!)


「いえいえ。記憶はそのままに。あなたへの『仕事』の依頼は完了しました。どうぞ、気兼ねなく残りの報酬をお受け取りを」


 クリーンなお金ですよ、ご安心を。

 そう囁かれた声を最後に、メモリの意識はふつりと途絶えた。

 

(…………安心できる要素が微塵もない…………!)

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