第19話『幕間 II 想い出メロン』

 再戦分も合わせ、Lv72に到達した。

 獲得報酬は、武器強化アイテムと魔術ブースター。

 ちょっと当てが外れたが、使い慣れた武器をそのまま使えるのはありがたいと思い直す。


 基礎能力が底上げされているのも感じる。

 そしてやるなら、勝ちたい。折角なら、Lvだって今のうち、上げられるだけ上げておきたい。


 レヴィの家のリビングへ戻り。

 さてちょっと休もうかと思った矢先──部屋隅のカーテンの、こんもりとしたシルエットに気付く。

 

 レヴィが大きなクッションの上で、丸まっていた。

 何事。


「……寝てる?」


「いえ、起きてます。僕はもう人間が信じられません。酷い目に遭わされました」


 クッションの上で横になり、カーテンの影に隠れ、窓の外を眺め続ける。

 無理矢理風呂にでも入れられた猫みたいな雰囲気が漂っていた。


「何事?! え、どうした?!」


 はあ、とレヴィがため息をつき。

 悲しげに睫毛を伏せる。耳は上向きだが。


「──僕の心の傷は、傷心は、メロンの甘さでしか癒せないんですよ……」


(これ絶対演技だわ)

 メモリは何故か確信した。


「買ってきたら機嫌直る?」

 耳だけがこちらを向き、尻尾の先が期待に、ふる、と上を向く。


「メモリさんは、高級メロンってお好きですかね?」

(高いの要求して来た──)


 両耳がクロワッサンの中身をくりぬいたような形になって、こちらの反応を窺っている。

「えっと。具体的にどういうの?」


 らん、とした目がこちらに振り返った。

「ここアオイロには、『ラグラージュ』という品種がありまして。ご存じでしょうか?」

「俺が知ってる訳ないと思わない?」


 ふふ、とレヴィが笑い、目を細める。

「メモリさん。気付いてらっしゃいますか?」

「え? 何を? メロンの旬とか知らないけど?」


 違いますよ、といつもの調子でレヴィが言う。

「──メモリさん、最初よりも随分と打ち解けて来てくれたなあ、と。口調が」


「え?!」


「僕はですね、普段からボロを出さないように、丁寧な口調を保つようにしているだけなんですが。メモリさんは、段々他人行儀から、ごく自然体になってきたんだなあと。微笑ましくて」


 レヴィに微笑ましいって言われると……。

 なんだな、と思うけど。自分でも気づかなかった。妙に恥ずかしくなってしまう。


「じゃあレヴィの素ってどんな。俺、とか余、とか言うの?」

「余がぽろっと出るライフスタイル、羨ましいですね」


「かなり貴族だよな。──じゃなくてだ。ラグラージュってどんな?」



 で、だ。ルカ商店の謎のお取り寄せで、買って来た。あの店は凄い。高級品なら大抵なんでも取り扱っている。

 甘く蕩ける、柔らかな果肉。

 そう銘打たれた青いメロンに、流石にちょっと引いた。だって、中の身、光ってるし。


「あのさ、レヴィ」

「はい?」

「なんで光ってるのメロンが!?」

「あの、とても。希少。希少種なので」

「光ってるから?」

「そう、そうです。ソータさんには本当にご内密に」

 メロンの箱を抱えたレヴィが真剣に、怯えて居る。


「本当に本当に隠しましょうね、これだけは」


 多分、レヴィの好物なんだろうけど。

 ふと嫌な予感に襲われる。


「これって、ラングランの水、使ってるとか」


 資料で見た、恒久保存性と、防腐性。飲用可で、うっすら光る水。それって、つまり。

 ふわあ、とレヴィの全身の毛が立ち上がったような気がした。


「そのような。噂は。あるのですが……違うという、噂も……」


「ちょっと俺調べて見る」

 とメモリが端末を開く。販売元、品種ブランド畑の情報を開く。

 隈なくじっくりと読み込んで、メモリはなるほど、と端末を閉じた。


「サフィラ輝石、てのがあるんだ」

「? ああ、聞いたことは」


「ここの水源が、自然の輝石を通って来た湧き水で、もともと偶然にそういう性質が出た水、らしい」


 成分調査を依頼して、水質は違うものの、ある程度似てはいる──というもの。

 懐かしいと感じる人もいるかもしれない、と言葉を濁すような書き方で。

 ラングランの水とは『似て非なるもの』だとか。──似ては、いるのか。


「調べなかったんだな、レヴィ」

「……その。思い出の品なので。どうしても。……そうだとしたら、僕もちょっと、食べられませんから」


「思い出?」

「……。はい。ごめんなさい。その話は、また……いつかで」


 ありがとうございます、とレヴィが頭を下げる。

 出会ってすぐのあの事件で、メモリが、レヴィやった平謝りよりも、丁寧に、優雅に。


 『ラグラージュ』は甘く柔らかく、繊細な粉砂糖のごとく舌触りよく蕩け、軽やかな蜜を思わせる味がした。

 そして──何故か、不思議に郷愁を誘う、どこか切ない香りがする。

 青い星の、古い記憶の味がした。



「シノンちゃんのインスタンスバトル行ってみたんだけどさ、凄いね彼女の」


 レヴィの家のリビングテーブルで、メロンを食べながら世間話に興じる。

 上品に一切れずつ口に運びながら、その度に尻尾の先が微かに揺れていた。

 

 ──美味しいか~、そっかそっか、良かった。

 完全にもうふれあい動物ランドのおやつ餌やり振る舞い空間の気持ちである。うむ、よし。

 気付かれないように──いや、気付かれていることは承知の上で、メモリはその仕草を楽しく見守る。


「普通に物語として体感出来てさ。でも、自然に攻撃魔法? 混ぜてくるし」


「本来はそれもサービスなんですよね。コグニスフィア内でシノンさんは『スペル』に因らず、具現化出来るんです。アサハさん、ソータさん、シノンさんは特殊過ぎるので」


 横には浅い色の紅茶。香りは弱いけれど、甘さをさっぱりと流してどちらも美味しく感じられる。

 レヴィって、かなりグルメなんじゃないか、もしかして。

 レヴィはサイコロ状に切られたメロンを優雅に、一口一口、口に運んでいく。

「……え、そう、なの?」


「はい。ここの『スペル』は彼らの才能をシステム化したものに過ぎませんから」


 落とされた視線が彷徨い、メモリの皿のまだ残っているメロンの欠片で止まる。

 じっとそこから動かない。両手はテーブルの上に置かれたまま。


「え? え、え、え、どういうこと?」


 混乱しながらも、メモリがレヴィの皿に、自分の分のメロンを転がした。


「いえ、そんな。要らないんですか? ありがとうございます」


 辞退する素振りを押しのける勢いでフォークでキープしている。

 はいはい好きに食えって。


 いや、そうじゃなくてだ。

 

「ランクを上げて実際の害獣退治を請け負ったら、ご一緒することもあるかもしれませんね。きっと驚くと思いますよ?」

 特にアサハさんはインスタンスとはまるで違いますから、とレヴィが笑う。

 

「あと俺が直接会ってないのは、マサキGMだけか」

 少しだけレヴィの耳の先が、下に落ちる。


「そうですね、仲良く和気藹々というタイプではないので。何か切っ掛けがあればいいんですが」

「──ふうん。確かにひとりで黙々と作業してそうな感じ」

「感情制御システム、ですっけ。ああいうのを取り入れてるのかなと」


 どきりとした。

「あ、あるんだ。アオイロにも?」

「どうでしょう。他惑星の最先端企業では取り入れているとか、噂で聞く程度ですから。僕はそこまでして仕事したくないです」

「ん……、そっか。けどさ。重大事故を防ぐ為の、動揺せずに仕事を処理しなきゃいけない業務とかなら……あるんじゃないか」


「なんで自分の感情制御を、他人の作ったシステムに任せなきゃならないのか、分かりません」


「でも、無意味に腹が立ったり、無駄なことで悩んだりせずに。怒りをコントロール出来たらさ。あんなことしなきゃ良かったとか、そういう後悔はなくなるじゃないか」


「感情が刺激される原因は自分の中にあるものです。その原因と向き合う心の体力がないんですかね。徹底的に自分の中で怒りの原因を突き詰めたら、何が要因なのか、処理は出来ます」


「出来ないこともあるじゃん。このメロンとか」

 最後のひとかけを指差して言うと、レヴィがうっと詰まった。

 そもそもこのメロン、心が傷付いたというレヴィの為のものだ。


「まあ、その、確かに。ないがしろにされたな、みたいな時とか……そうですね。僕は恵まれていますし、僕の周りには善良な方がとても多いので。だから、そう考えられるのかも知れません」


 レヴィがしゅんとして、なんとなく微妙な空気が流れてしまう。


「あ~。なあレヴィ、メロンの他に好きなものってあるか?」

「え? うーん。桃とか……? 生クリームはだいたい好きです」


 桃かよ。高級志向──。

 けど、それなら桃とメロンのショートケーキとか、すごく喜びそうだ。

 誕生日とかに買ってきても、いいかもしれない。


「そういや、レヴィって本当は何歳なんだ?」

 何気なく聞いた一言に、レヴィが固まった。

「えっ……。そ、う、ですね、まだ……。秘密です」


「なんで??」

「僕の神秘性はまだ保っておきたい的な……えへへ」

 目を逸らしつつやけに可愛らしさを装った、嘘くさい笑顔で誤魔化された。

 これはもしかして思ったより年上か?


 ──実は三十路や四十路、とか言われたらどうしよう。いや、流石にないよな? 子どもの頃にタイセイさんが活躍してたって言ってるんだから──。

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